第4話 俺はやっぱり変われない

時間はあっという間に過ぎ、日にちは授賞式当日を迎えていた。

小説家として認められる大事な式。

その日を迎えた俺はというと……


「なんでそんなに緊張してるんですか。ほら!せっかくの晴れ舞台ですよ!元気にいかないと!」


「いや、最後だよ最後。それに色んな凄い人達に囲まれるのは、なれてないんだよ」


もう、それはそれは体がガチガチに固まっていた。授賞式と題されたイベントに招待される人は数少なく、鋳薔薇の道をくぐってきたレジェンドだけが集まってくる。そんな空間に自分がいることが信じられなくて、余計に緊張してしまっていた。


(けどなんだろうこの感覚。今俺はとてつもなく緊張で死にそうなくらいだけど不安でもなければ恐怖感でもない別の緊張だ。今までの人生ではありえなかった感覚、これが躍動感っていうのかな?本当に俺は小説家になったんだな)


「それでは只今からライトノベル新人賞の授賞式を行います」


俺は胸を張って授賞式へ参加した。


「よし!」





とうとう俺の番が回ってきた。授賞した作家さんたちのコメントが思っていた以上にしっかりとされていて、若干焦っているのは内緒だ。


(なに?そんなにコメントするもんなのか?白井さんもOKですっ!とか自信ありげに言ってたけど、これも想定済みだったんですかね?)


そう思いながら白井さんの方を見てみるとごめんポーズを俺へ飛ばしていた。


(くぅぅぅぅぅ~~~ぬかしたことを~~~!!あとで覚えておけよ……)


初めて白井さんの嫌なところを垣間見た気がした。


そして時はやってきた。


「では最後に最優秀新人賞を受賞いたしました成瀬 ハルさんよろしくお願いします!」


(はぁ……なんとかするしかないか)


俺は少しため息をついてから登壇した。






予定通り授賞式が終わり、俺たちは電車に乗っていた。


「すみません私のミスで!けど何とかなってよかったです」


「あれは何とかなったと言えるのだろうか……」


案の定、言葉に詰まって外国人かのような片言でコメントをしてしまった。

あんなに緊張する中で考えてもいないセリフが急にインストールされるわけがないのだ。だが、陽キャだったらこの状況を乗り越えられたのだろう。俺は陰キャだが女子と話すことには双子の幼馴染に鍛えられたおかげで自分から話しかけないものの、話しかけられたら基本的におどおどせずに、会話することができる。しかし、俺の陽キャ能力はこれしかないために臨機応変に対応ができないのだ。


「ま、まぁ沈黙がなかっただけでも……」


コメントをし終えた時の拍手の薄さが頭をよぎる。

まぁ、一応しとかなきゃな 的な感じでなんとなく拍手している作者と関係者の顔なんてものは思い出したくもない。こっちだって予想外だったんだよ、そんな寒くて気まずそうな目で見てくれるなよ!!こっちが一番気まずいんだよ!!


「ま、まぁそうだね……」


俺は恥ずかしい思いを、もう二度とめぐり合わせないであろう栄光の舞台で炸裂するのであった。





それから出版社に挨拶したりといろいろとして、家に帰ってきたのは夜の7時を回ったところだった。


「ただいま~」


「お兄ちゃん遅い!!」



玄関の前で頬を膨らませて立っていた妹。奏美にとっては大変不本意だろうがそれが俺にはが愛らしいと思えてしまった。いつまでも可愛い妹だ。心配?されているだけありがたいことだが。シスコンではないぞ!!


「ごめん奏美 。ご飯買ってきてあるから自分の好きなの取って食べて。兄ちゃんは風呂に入る」


「お兄ちゃんがお風呂あがったら食べる」


「分かったよ。じゃあ入ってくる」



体を洗い終え、お湯につかりながら考えた。


「さて、どうするか」


とりあえず外出の仕事は終わったが私情の仕事は終わっていない。

結局、告白内容などわかんないままだった。


 いや、違う。告白を恐れているだけだ。


授賞式のコメントに当てがなく困っているときに白井さんは言った、“自分が取った時になんて思ったのかを言えばいい“と。俺はその言葉の通りに自分の素直な気持ちを表した。じゃあこの言葉の題材を告白に変換した場合、”自分が好きになった理由を言えばいい“ということになる。


好きになった理由。


俺は白井さんの言葉に胸が鳴った。

初めて話した人の言葉で何かを変えられた人は多い。だが恋をする奴なんて俺くらいだろう。大体の人は同じ時間を育んでいく中で恋をし、少しずつ少しずつ歩み寄って、そして告白をする。これが基本的な近づき方なのだろう。けど俺はそうじゃない。同じ時間を育んできたと言えるほど長い付き合いでもなければ、プライベートで話したことだってほとんどない。そして今では仕事のパートナーとして俺たちは進んでいる。ここでもし俺が告白なんてしたら関係が崩れてしまうかもしれないし、仮にしたとしても、そんな状況で仕事なんてしたくないはずだ。だから踏み出せない。


「まだまだ負け組だな俺は……」



お風呂から上がった俺は奏美と夕飯を食べ始めた。

どうやら妹は俺に何かを話したいらしい。夕飯を一緒に食べると言ったのが証拠だ。


「で、どうしたんだ?何かあったのか?」


俺はまっすぐにそう質問した。


「私、告白されたんだ」


「は!?マジで!?」


(ちょちょちょ!!マジか!!告白されたのか!性格が性格だからモテるだろうなとは思っていたけど俺が思っている以上に実はモテているのでは?)


「驚きすぎ。で、なんて断ればいいのかなって」


「断るのか?さては好きな人でもいるのか~?ほれほれ~兄ちゃんに言ってみ?」


「うるさい、殴るよ」


少しからかってみれば蔑んだ目で見てきたためにすぐに真剣に考えることにしたのだが……そんなこと俺に聞かれても分からんと5秒で思った。


「いや、な?それを兄ちゃんに聞くか?恋愛経験どころか告られたことだって一度もないんだぞ?そんなの分かるわけないだろ。お隣さんには超絶モテる美女がいるんだからそっちに聞いた方がいいと思うぞ。あの人たちがこの町で一番告白されてるだろうからな」


俺に聞いたところで何の結果も得られないのは確定しているようなもんだから告白マスターに聞いた方が一番手っ取り早い。それにあの二人のほうが理解しやすいだろう。


「お、お兄ちゃんだったらどうやって断るの……?」


どうやら俺の答えがききたいらしい。

最近俺への質問が増えてきているように思える。どこか積極性が出てきたというか、自分から聞いてくることが多くなった。最も、それで俺がどうこうするわけではないが。


「そうだな~、無難に俺よりいい人はいると思うから~的な感じじゃないかな」


「なんか適当~~もっと具体的にないの?恋愛もの書いてるんでしょ?」


「そう言ってもな~~」


いくら小説を書いているとはいえ自分の経験上を活かして書いている人はほとんどで、自分に起きた出来事をちょっと工夫、または真逆のことを書くということが基本だと俺は思っている。少なくとも俺はこの戦法で書いてきている。それに比べて自分の人生に起きなかった言わゆる“願望“を書くことは難しい。“こうだったら幸せだな“とか“これはキュンキュンするな“ということは考えられるものの、それをどういったときに、どういったシチュエーションで話を広げるのかを簡単に書くことはできない。そしてそれに加え、主人公の考えやヒロインの思いなどをプラスアルファで書かなければ話も薄くなって感情移入ができなくなることにより難易度が上がる。結局自分に実際起きたことじゃないとある程度の想像と変化をもたらすことができないのだ。


「素直に自分の思ったことを伝えればいいんじゃないか?付き合えない理由をさ。他に好きな人がいるならそれでいいだろ?多分嘘つかれる方が嫌だと思うぞ」


白井さんの言葉を自然と口にしていた。自分の中では印象深い言葉だったんだろう。人のいいところは吸収して使いこなせ!と良く父親に言われてた覚えがある。やはり人の凄いところはマネしたくなるものだ。別にカッコつけたくて言ったわけじゃないけど、この回答がベストアンサーだとそう思ったんだ。


「それもそっか」


俺の回答が奏美にとってのプラスになったのかは分からないけど他人の意見を聞けて少しホッとしているように思えた。やっぱり返事を返すのは告白された時くらいドキドキするものだし、相手をできるだけ傷つけないようにしたい。


「それはそうと告白してきた子、なんて告白してきたんだ?」


「そ、それきくの!?恥ずかしいから嫌だよっ!」


さりげなく聞いてみたけどダメでした。


「そこを何とか!!!俺も今困ってるんだ!!参考程度に!!頼む!!」


「なんで言わなきゃいけないの……」


「人助けだと思ってさ!!」


「えっと……だから……その……やっぱヤダっ!!」


あと少しのところで踏みとどまられてしまった。そしてなぜそんな質問をしてしまったのだろうかと自分に問いただした。


(結局告白なんて怖くなってやらないのがオチだろうに何でこんなこと聞いたんだろうな……)


「ごめん、言いたくもないことを。さ!ご飯食べ終わったならお風呂入ってこい」


俺はそう言って自分の真実を隠した。


言いたいって気持ちとその裏に恐怖心がある。入り組んだ俺の心の中は切っても切れない複雑な糸と化していた。小説家になったら告白すると決めていたのにこうして目の前に現れるとそれは想像以上に高い壁で、共に不安が体を襲ってくる。

そしてそれをいつまでたっても乗り越えられない自分に嫌気がさす。

だから俺は負け組のままなんだ。


(もう二の舞は踏まないってあれほど思ってたのに何やってんだよ俺は……)



              つづく

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