フーチ先生のカルテ

トウヤ

1

 部屋に入ったとき、フーチ先生は脚立にまたがっていた。先生の格好は、初めて会ったときからだいぶ変わっていた。伸びていた髪は耳下までカットされ、ワックスでくせ毛風に丸めていた。色は明るい金に染められ、天井のライトを逆光で浴びて、透けて光って見えた。服はワイシャツと折れ目がついたスラックス、黒く光る革靴を身につけている。このあいだ会ったときは、無印良品のシャツと七部丈のズボン、それに色が落ちたスニーカーという格好だったのに。

 先生は脚立に乗って、天井に取り付けられたフックの調整をして、照明の位置をリモコンで動かしていた。やがて部屋に入ってきた僕に気がつくと、待ってたよ、と声をかけてくる。

「鞄下ろして、服着替えて。寒かったらベッドの上にバスローブ置いてあると思うから、それ着てね」

「はい」

 オレは先生から目を外して部屋の中を眺める。ベッドにサイドテーブル、バスルームとトイレ。内装は普通のホテルだったが、ところどころ不吉な予感をさせるものが転がっていた。黒いテープ。ライター。封が開いたタバコの箱。短い鎖が二本。脚立の足元にはボストンバッグが口を開いたまま置いてある。そこからシュリンクに包まれた赤い蝋燭が見えた。多分、ほかにもいろいろ入っているんだろう。

 ぼんやりと立ち尽くすオレをよそに、先生は準備を進めている。タブレットを見ながら、赤い縄をたぐり寄せてフックにひっかけ、何度か引っ張り強度を確かめる。オレが見た限り、フックは天井に六つあった。

 それらは人間の四肢を吊すために、星座のように間隔をあけて取り付けられている。

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