第34話 弁護士 その九

 今まで私の人生で緊張する出来事は多々あったのだけれど、今回ほど緊張することは他になかった。

 どうにかしてその緊張をほぐそうと思ってみたのだけれど、窓から見える外の様子がいつもと違って人垣が出来てしまっていて落ち着かない。

 昼過ぎのワイドショーを見ても私の事を取り上げている局も多く、コメンテーターや司会者の人が割と好き勝手なことを言っているのだという印象を受けた。

 私の事を否定的に言う人は比較的少なく、まだ何もしていないはずなのにテレビの論調は警察が行き過ぎた捜査をしているのではないかという話題も出ているようだった。

 その件に関しては、私が今まで何度か取り扱ったことがある冤罪事件での警察の捜査方法を引き合いに出しているみたいなのだが、今回に関してはそのような事は一切ないみたいだし、全くの見当違いだという事になる。

 今でもテレビの中には普段見慣れたビルの看板が映されているのだけれど、これだけ私の名前の入った看板を映されるのは少し照れ臭かった。


 会場変更のお知らせをマスコミ関係者各位に送付したのだけれど、それに関する問い合わせが一斉に来ているみたいで電話もメールもパンクしているようだった。

 ワイドショーから数件の電話取材の申し込みも入っていたみたいなのだが、それを受ける可能性が無い事は考えもしないのだろうかとつくづく思ってしまった。

 夕方になっても電話は鳴りやまず、事務員さんたちも今日は仕事が進まなかった様子だった。

 それは仕方のない事だと思うので、今日は全員早上がりと言うことにして、明日からまた仕事をお願いすることにしたのだ。

 さすがに家庭のある人たちを拘束し続けるわけにもいかないし、私も外に出なければいけないということで、みなと一緒に外に出ていくことにした。

 バッジを見られなければ先ほどみたいに気付かれないと思っていたのだけれど、どうやらその考えは甘かったようだ。

 ビルから出ようと思っているとマスコミ連中が一斉に集まり、物凄い量のフラッシュがたかれ始めた。

 これはビルから出るのも一苦労だなと思っていったん戻ってみたのだけれど、戻ったところで何も解決策が見つかるはずも無かった。

 そのまま様子を窺っていると、ビルの管理会社の人から電話がかかってきて、ビルから出る時にはガードマンを付けるので必要ならばすぐに知らせて欲しいとのことだった。私はその電話を切ることなくすぐにお願いしておいた。

 しばらく待っていると歩道に規制がひかれ、マスコミ関係者は一般歩行者の邪魔にならないようにそこから出ないようにとくぎを刺されていた。

 よくよく見てみると、ガードマンとは別に警察も警備に来てくれているようだった。

 そんな事をしてもらえるのだとしたら、私はこれから会見で警察の悪口は言えなくなってしまうと思ってしまった。


 不思議なもので、マスコミ関係者は誰一人として規制されたエリアから出ることが無かった。

 テープと三角コーンで区切られているだけのモノなので突破することは容易だと思うのだけれど、誰一人としてそれを破らなかったのは自分たちはルールを守りますよと言うサインなのかと思った。

 駅が近付いてきたので、私は事務員さんたちと別れて会見場があるホテルへと向かうことにした。

 電車でもタクシーでも時間的にはそれほど変わら無そうだったのだけれど、なんとなく私はタクシーに乗って向かうことにした。

 カーラジオからは曲と曲の合間に私の話題が紛れ込んでいるようにも思えたのだけれど、そんなことは無いだろうと思って流れる車窓の景色を見つめていた。


 会見場のあるホテルについた私はフロントに行く前にホテルの人に呼び止められた。


「失礼いたします。お客様は花車雪様でお間違いないでしょうか?」

「はい、私は花車雪ですが、何かございますか?」

「お客様がお見えになられましたら控室へと通すように申し付けられていますので、今からそちらにご案内いたしてもよろしいでしょうか?」

「そうだったんですね。それは是非にでもお願いします」


 私はそのホテルマンの後をついて行ったのだけれど、途中に見えた会見場だと思われる場所は私の想像していた会場の四倍はありそうな大きさだった。


「会見は18時からとなっておりますが、会見場は17時から開きたいと思っています。座席等はマスコミ関係者の方々で決めていただきますので、花車様はゆっくりと会見をシミュレートしていていただいてよろしいそうです。必要なものがありましたら、何なりとお申し付けくださいませ」

「ありがとうございます。何かあったらお願いします」


 会見まではまだ三時間くらいあるのだけれど、完全にやることが無くなってしまった。

 それどころか、自分でやると言っておきながらも会見で話す内容がほとんどない事に自分でも驚きを隠せないでいた。

 そんな事を考えていると、陽三さんから電話がきていた。


「此方が想定していたよりも早い段階ではありますが、あの土地の事を調べている者がいたみたいですね。今のところは誰も相手にしていないような感じですが、割とよくまとまっていてわかりやすいし、こちらの想定しているような話になっていますね。先生が会見で話すことが無くなった時には、このネット記事を参考に話してみるのはいかがでしょうか?」

「もうそんな事を調べている人がいたんですね。これで百合さんの無罪に一歩でも近づいたのなら私も嬉しいです。それに、私は正直に言って会見を開いてまで何かを話すのはどうなんだろうと思ってみていました」

「とりあえず、今日は記者会見に慣れていただく事と、美味しいものを見つけることを目標に頑張りましょうか」


 会見まで残りわずかとなっていたけれど、何をイメージして会見を行えばいいのだろうと苦心していた。控室にあるモニターに映し出された会場の様子は空席が見つからない程の人が集まっており、後ろには数えきれないほどのカメラが私の登場を待ちわびているように見えた。

 結局のところ、その答えは出てこなかったのだけれど、会見が始まる時間は確実に近づいてきていた。


 事件があった土地の事が書かれている記事を持っているタブレットでブックマークしていると、会見の時間が近くなっていることを知らせにホテルの人がやってきてくれた。

 タブレットの映像を会場に映すことが出来るかと尋ねてみたところ、それは可能だということだった。

 私は今手に入れた新しい武器を片手に持ち、生まれて初めてあれだけの人数に向けて会見を開くことになるのだった。


 ホテルマンにタブレットを渡して会場にあるモニターに画面が映し出されるようにしてもらった。

 私はそれを確認すると、一歩ずつ確実に足を進め、会見場へと向かっていくのだった。


 私の姿を見かけたカメラマンが一斉にシャッターを切っているのだけれど、どうしてそこまでして私の姿を取りたいのだろうという気持ちしかわいてこなかった。

 そのまま用意されている席まで行くと、私は一礼してそのまま席に着いた。

 椅子に座った私がマイクの確認をしていると、さらにフラッシュの量が増えているように思えた。

 横からではなく真正面から焚かれるフラッシュは思っている以上に眩しく、少しだけ嫌な気持ちになってしまった。


「本日はたくさんの方にお集まりいただき誠に感謝いたします。本日は短い時間になってしまうと思いますが、私が担当いたします事件の概要と新たに見つかった事実について申し上げたいと思っています」


 私が何か発言してもフラッシュはたかれてしまうし、話し終わってもフラッシュはたかれ続けていた。

 そんなに短時間でたくさん撮られても何も変わりはしないと思うのだけれど、写真を撮ることで仕事をしているということがアピールできているみたいなのでいいのではないかと思ってしまった。


「事件の詳細等はこれから開かれます裁判の関係もありますので説明は控えさせていただきますが、お手元にございます資料でご確認いただくようお願いいたします。続きまして、本日新たに判明した出来事について報告いたします」


 会場にいる記者たちが一斉に配布してある資料を確認しているのだけれど、その資料には事件の概要と今後の弁護方針が書いてあるだけなのだ。

 当然、新たに判明したあの土地にまつわることは配布した資料には記載されていないのだ。

 なぜなら、配布した資料は私がホテルに到着した時点で作られていたものであり、先ほど見かけたネットの記事を記載することが出来るわけも無いのだ。


「本日判明したことなのですが、事件のあった土地で過去に起きていた事についての説明をいたします。各モニターに映し出しますのでそちらをご覧ください。ちなみに、これからお見せする記事内容はモニターに映し出すことの許諾は得ていますがそれ以上の許諾は受けていませんので、カメラでモニターを映す方はその点をご理解いただけるようお願いいたします」

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