第24話 不破は灰谷に嵌められた事実を識る

 その日の夕刻、童士と華乃は仲良く連れ立って大輪田芸能興行社へと戻って来た。

 童士の右肩には一俵(約60kg)の米が一つ担がれ、左手にも各種食材の入った袋が提げられている。

 一方で華乃の両腕には洋品店で購入された衣服や、日用品類が詰められたと思しき風呂敷包みが抱えられている。

 重い荷物は童士が、軽い荷物は華乃が受け持っているようだ。


「童士さん、こんなに一杯の洋服を買って貰って良かったん?

 あさヰで働いてるお給金が出たら、お返しするから……後で金額を教えてね?」


 買い物に付き合って貰ったばかりか、支払いについても童士が会計を済ませたとあって、華乃は恐縮しきりのようだ。


「いや……華乃には俺達の日常生活で世話を掛けているから、これらの品は俺と彩藍からのお礼だと思って受け取って欲しい。

 それに俺は………特に金の使い途がないような男だから、たまにはこうやって華乃が喜ぶことに散財するのも良い物だな」


 ニコリと男臭く笑う童士に、華乃はそれでも言い募る。


「そうやって言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱりアカンと思うねん。

 月賦ででも何でも、ちゃんと後でお返しするから。

 ホンマに………ね?」


 華乃の懇願にも似たお願いに、童士は根負けしたのか言葉を返す。


「判った、それなら食材以外の商品については貸付簿を作るから……給金の中から無理のないように返済してくれれば良いさ」


 童士の言葉に納得した華乃は、飛び切りの笑顔を見せて童士に頭を下げる。


「うん!

 アタシのお給金なんて大したことないと思うけど、少しずつでもちゃんとお返しするね。

 ありがとう、童士さん!」


 華乃の笑顔に見惚れていた童士だが、しっかりとした金銭感覚については好感を持ったようだ。


「それでは階上うえで夕食の支度とするか、今夜も華乃の料理が食べられるとは幸せなことだな。

 きっと彩藍のヤツも、腹を空かせて待っている筈だ」


 二人は階段を昇りながら、更に楽しげに会話を続ける。


「童士さんはやっぱり力持ちやねぇ、お米の一俵ぐらい片手でヒョイやもん。

 それに日持ちのする根菜やお芋さんも、ようさんうたのに………全然しんどそうじゃないし。

 アタシなんか軽い洋服とかだけ持って帰っただけで、腕がパンパンに張ってしもたわ」


 ニッコリと笑う華乃に童士は、心配そうに声を掛ける。


「済まない………そんなに疲れてしまったのなら、今夜は三人で外食でもするか?

 あちこち連れ回してしまったのが、悪かったんだろうか?」


 過保護な親じみた童士の発言に、華乃はコロコロと可愛い笑い声を出す。


「嫌やわぁ、童士さん。

 そんなん冗談に決まっとるやん!

 どっちか言うたら、アタシが童士さんを連れ回しとったんやんか。

 今日は良いお魚も買えたし、腕によりを掛けてご馳走を作るから………ゆっくり待っとってね」


 華乃の言葉に安心したのか童士は、笑顔を浮かべて語り掛ける。


「それなら安心だ。

 では、彩藍と二人で待っているとしよう」


 童士の見せる優しさに華乃は、眩しそうな表情で照れ笑いを浮かべると、パタパタと軽やかな音を立てて自室へ駆け上がって行く。

 他方で童士は、米俵を含めた食材の一切合切を……炊事場に隣接する食品貯蔵庫パントリーへと収納している。

 執務室の長椅子に寝そべっていた彩藍が、忙しなく立ち働く童士の姿を横目にチラリと見ながら独り言ちる。


「ほっほぉー、鬼のお兄さんは忙しく働いてはりますなぁ。

 いやぁ………可愛い女の子の尻に敷かれて、幸せそうにしとりますやんか?」


 長椅子に寝そべり自堕落の極みを体現するような彩藍の態度に、童士はやれやれと軽く首を振りながら返す。


「彩藍よ……下らないことをくっちゃべっている暇があったら、こっちを手伝えよ。

 華乃が降りてくる前に片付け終わらないと、晩飯の時間が遅くなるだけなんだぞ」


 童士の言葉に仕方ない風の態度で彩藍は、食品貯蔵庫に向かって歩き童士に助太刀する。


「ところで童士君?

 逢い引きの方はどないやったん?

 何か………こう、進展とかあったんかいな?」


 下世話な彩藍の物言いに童士は、やれやれと溜息を吐くように応える。


「何が進展だ、今日は二人で買い物をしただけだ。

 お前が考えているような、下品なことなど起こる筈もなかろう」


 肩を竦めて呆れたように童士を見る彩藍は、童士の不甲斐なさを責め立てる。


「あ〜あ折角、僕がお膳立てしてあげたのに……手ぇの一つも握らんと帰って来たんかいな?

 な〜んや、もあらへんってかいなぁ」


 チェッと舌打ちしながら残念そうにボヤく彩藍に、童士は忌々しそうな声を出す。


「二人とも両手に大荷物を持っていたんだ、手を握るもへったくれもある訳ないだろうが!

 ………待て……彩藍………『ハルさんに報告するネタ』とは何のことだ?

 まさか………お前……俺と華乃のことを、ハル婆さんに密告する仕事でも請けていやがるのか?」


 彩藍の軽口に惑わされそうになった童士だが、聞き捨てならない一言の真意を彩藍に問うた。


「そら………ねぇ……ハルさんからの直々の依頼やから……弱味を握られてる僕としては断られへんやん?

 理由は何や知らんけど、童士君と華乃ちゃんのこと………ハルさんは興味津々みたいやねぇ」


 彩藍の言葉に童士は頭を抱えて、語気荒くさらに詰問する。


「それで、俺と華乃の情報の見返りに、お前は一体何を得るんだ?

 そもそも……相棒の情報を売り渡すなんて、俺達の信頼関係に悪影響を及ぼすとは思わんのか!?」


 童士の剣幕もどこ吹く風の様子で彩藍は、さらっと軽いノリで言葉を返す。


「いやぁ……ハルさんもあれで面倒見の良いお姐さんやから、いざとなったらお二人の仲人でもしたいとか思っとるんとちゃうんちゃう?

 情報を売り渡すとか人聞きの悪いこと言わんといてぇなぁ、おめでたい話になるかも知れへんし………まぁ僕の利息のためにも、ご両人に進展があったら、僕を通して報告してくれたらありがたいなぁっとね」


 いけしゃあしゃあと悪びれる風もなく彩藍は、童士と華乃の情報を売り渡していた事実を告げる。


「彩藍、お前……借金のカタに俺と華乃を売り飛ばすつもりなのか……………。

 なんて野郎だ……………」


 彩藍の行状に呆れ果てた童士の呟きも届いていないのか、彩藍は見惚れるような素敵な笑顔で親指を立てる。


「売り飛ばすなんて、更に人聞きが悪いなぁ。

 僕は童士君と華乃ちゃんの幸せを、心の底から願っているんやで。

 そこにちょびっとだけでも、僕に余録が発生するんやったら……自然と乗っかっちゃいますやん。

 これぞ、一石三鳥の方策ですやんか」


 やれやれと首を振りながら彩藍の方を窺う童士だったが、一瞬その顔を強ばらせて動きを止める。

 その童士の動きに違和感を感じて童士の視線の先へと振り返る彩藍、その眼前には顔を怒りで真っ赤に染めた華乃が、全身に怒りの空気オーラを漂わせ、その身を震わせて立っていた。


「おい……彩藍…………、ワレは何をやらかしてくれとるんじゃ!

 言うに事欠いて、我がの借金減らしのために……童士さんとアタシを売り飛ばすやとぉ?

 このボケがっ!いっぺんその性根を叩き直したるから、そのスカスカ頭をこっちに持ってこんかいっ!」


 怒りの余り……いささか地金を出してしまった華乃の柄の悪さに、彩藍は顔色を変えて脱兎の如く逃げ出した。


「ゴメンやって華乃ちゃ〜ん。

 ほんの出来心やってんて〜、僕も困っとるんやから………助けてくれてもエエやないのぉ〜」


 事務所内を逃げ回る彩藍に華乃は、こちらも怒りの表情を崩すことなく追い掛ける。


「アホかオッさん!

 乙女の純情で商売しようとしくさってからにっ!

 最低っ!!

 こすい!!

 いやらしいっ!!!」


 華乃からボロクソに貶されながら逃げ惑う彩藍の姿を見つめて童士は、今夜も夕食の時間が遅くなるのだろうと考え………苦笑いしながらも食品貯蔵庫の片付けに精を出すのだった。

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