第22話 不破と灰谷は説法を聴く②
静寂に包まれた本堂の中に、華乃がしゃくり上げる嗚咽の声だけが変わらず響き渡っている。
そうこうする内に、母家から本堂へと繋がる襖がカラリと開かれ、お盆にお茶を淹れた湯飲みを乗せた五十絡みの上品な女性が入室する。
「あらまぁ……旦那さま。
こないに可愛らしい娘さんを泣かすとは、お説教も程々にしとかなアカンのと違います?
お嬢ちゃん、そないに泣いたら可愛いお鼻が真っ赤になってしまうよ」
女性はお茶の乗っているお盆を脇に置くと、優しく慰めるような手つきで華乃の背中をさする。
「ち……違う………んです。
お住さ……んの………せ……いやな…………いんです。
アタ……シが、勝………手に………泣いて……るだ………けなんです…………」
華乃の言葉に女性はキッと強めに、五島学仁住職を
「ホンマに違うんやって、儂はこの子の亡いなったお袋さんの話をな…………」
しどろもどろに言い訳をする五島学仁住職は、悪戯が見つかった子供のような顔をしている。
「そんなんはどうでも宜しい、旦那さまが
更なる追撃に、先程までの泰然とした風情は失われ、五島学仁住職はシュンと肩を落とす。
「奥様……ホンマにお住さんは悪くないんです。
ホンマに悪いんは、アタシのお母ちゃんを殺した奴等なんやから…………」
華乃の声に女性はハッとしたような表情になり、華乃を優しく抱きしめる。
「まぁ、貴女が勘七君の引き取ったご遺体の娘さんなんやねぇ。
お母さまが酷い亡くなり方をしたと言うのに、しっかりとした立派なお嬢さんやわぁ」
抱き締められ少し顔を赤くした華乃だが、女性にはっきりと告げる。
「アタシなんか立派やないです、お母ちゃんの話でボロボロ泣いてまうし……童士さんや彩藍には迷惑の掛けっ放しやし…………」
それでも女性は華乃を抱きしめたまま、優しく語り掛ける。
「お母さまを想って泣くのは良いんよ、それに頼るべき人が居るなら甘えれば良いの。
貴女はまだまだ小さいんやから」
華乃は女性の抱き締める手にそっと触れると、それでも力強く言葉を返す。
「ありがとうございます、奥様。
でもアタシは子供やからって、甘えるだけなんはイヤなんです。
童士さんや彩藍には手伝って貰うけど、お母ちゃんの仇討ちもちゃんとやりたいんです」
女性はニッコリ微笑むと、華乃の両肩にそっと手を置き華乃の眼をしっかり見つめる。
「こちらこそ申し訳なかったわねぇ、貴女はしっかりとしたお嬢さんやのに……小さな子供みたいな扱いをしてしまって」
素直に謝罪する女性に、華乃は慌てて頭を下げる。
「奥様………謝らんといて下さい。
アタシが子供なんはホンマのことやし、周りの人に甘えんと何も出来んのもホンマやねんから」
女性は笑顔のまま一つ頷くと、慌てたように全員のお茶を配る。
「あらあら、私ったら……皆さまにお茶をお出しするのを忘れてましたわ。
ごめんなさいねぇ」
女性は楚々とした所作で、お茶を配り終えると住職の隣に腰を降ろした。
「あー、皆さん………これはウチの妻で、
住職の威厳も見栄も踏み付けにされた五島学仁住職が、三人に向かって妻女を紹介する。
「五島静江でございます。
皆さま、よろしくお願い申し上げます」
慈愛に満ちた笑顔で頭を下げる住職の妻に、童士も彩藍も華乃も気圧されたように頭を下げる。
「不破童士と申します」
「灰谷彩藍と云います」
「漆原華乃です」
三人の顔を満足そうに見渡すと、五島静江はニコリと笑う。
「不破さんと灰谷さんが、華乃さんを守ってらっしゃるのね?
お母さまにご不幸はあったけど、頼りになりそうな保護者の方が
五島静江の言葉に童士は重々しく頷き、彩藍は満面の笑顔を浮かべ、華乃は少し顔を赤らめコクリと首を傾ける。
五島静江は、更なる言葉を紡ぎ出す。
「それで……華乃さんの良い人はどちらなのかしら?」
唐突な発言に童士は顔を赤らめ、彩藍は童士を指差しながらニヤリと笑い、華乃は首筋まで真っ赤に染めて俯くのみ。
それを見た静江は、ニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「そうなの、童士さん?って仰ったかしら。
華乃さんはお母さまを亡くされ、まだ日も浅いのやから、大切になすって下さいましね」
五島静江の言葉を受けて、童士は戸惑いながらもしっかりと深く頷く。
その童士を見上げて、華乃は顔を綻ばせる。
一方彩藍と云えば、ニヤニヤと下品な笑顔を見せたところで……五島静江の鋭い視線に晒され、首をすくめた。
そんな様子を見ていた五島学仁住職は、三人に向かって威厳を損なわれたことを忘れたかのように語る。
「任部勘七………世間では何やら悪い風評もあるが、奴もそこまでの悪党ではないんや。
苦界に沈んだ身寄りのない女達が亡くなると、遺体を荼毘に伏した後でウチの寺にある供養塔で供養してくれる。
そして毎月末には、勘七が訪れて……ウチの寺で法要を営む。
華乃ちゃんも、お墓を建立する予定がないんであれば………ウチの供養塔でお袋さんを供養してあげればええ。
勘七には、拙僧から口利きをしてあげるから」
童士と彩藍は顔を見合わせ、銭勘定だけが生きる術の冷血漢であると考えていた任部勘七の……情に篤い一面を垣間見たことで、何だか居心地が悪いような気分になった。
華乃はと云えば、難題が片付いたようなホッとした表情を浮かべて、ペコリと五島学仁住職に頭を下げる。
「今回の仇討ちが終わって、お住さんの言う通りお母ちゃんが成仏出来るようになったら………是非とも供養塔で供養させて貰えるよう、任部勘七さんにお願いして下さい」
五島学仁住職は、ニッコリと笑って華乃へと言葉を続ける。
「そこは任せておきなさい、勘七の月末法要の費えは……当寺に於いても貴重な収入源やからね」
五島学仁住職の悪戯っ子のような笑顔に、華乃はプッと吹き出す。
「うん………やっぱり華乃ちゃんは笑顔が素敵な娘やね。
泣かしてばかりやったら、ウチの妻に叱られてしまうでな。
それと……やはり華乃ちゃんのお袋さんだが、人外の妖魅に殺されてしまったことで、遺骨に魂が封じられているような状態になっているようや。
大元の妖魅を倒しさえすれば、或いは成仏させられるのやも知らんが…………」
童士は覚悟を決めた声で、五島夫妻に向かって告げる。
「遺骨は一旦、こちらで引き取らせていただきます。
華乃のお袋さん……漆原泉美さんを殺害した妖魔は、俺と彩藍の二人で必ず片を付けます。
そしたらもう一度こちらを訪れますので、泉美さんが成仏できるか確認していただき………供養塔に安置して貰いたい。
宜しいでしょうか?」
童士の台詞に華乃は真剣な面差しで力強く頷き、彩藍も流石に真顔を作って肯定の姿勢を示す。
三人の顔を笑顔で眺める五島夫妻は、嬉しそうな顔でこちらも頷く。
「うむ……その希望は確かに幸泉寺住職、五島学仁が承った。
宿願を果たされた暁には、ご遺骨を抱いて再訪しなされ。
気を入れて法要を営み、漆原泉美殿の供養をさせていただこう」
少し芝居掛かった五島学仁住職の後頭部を、五島静江がスパーンと叩いて………華乃が再び噴き出したことで、三人の幸泉寺参りは完了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます