第19話 灰谷は機甲研究所にて研究員に吠える

「せやから言うとるやろっ!

 アンタの作った右腕も右脚も……僕の戦闘速度アジリティに追いつけてないんやって!

 強度と反応速度と最大出力の継続時間、全てが足りとらんのやっ!

 ……ただ、右腕に仕込んだ自爆装置、アレだけは良い出来やった。

 アレのおかげで生命を拾えたからな、まぁ……次の右腕にはもうちょい威力が強い火薬を仕込んどいて欲しいかな?」


 先日の戦闘からそう間も開けぬ翌早朝、彩藍は川佐機造船所の機甲研究所第三研究室にて、主任研究員の蔵部麻郎くらべ あさろうに掴み掛からんばかりの勢いで吠え立てていた。


「ですが……灰谷さん、装着時での試運転テストは貴方の動作に基づいた測定数値で設定しているんですから。

 どちらかと言えば、貴方が試運転時に手を抜いた可能性がありますよねぇ…………。

 確か……『面倒臭いわぁ、早く終わってぇなぁ』とか仰ってましたよね?」


 唾を吐き掛けられそうな剣幕で捲し立てられながらも、のんびりとした口調を崩さない蔵部麻郎。

 小柄で細身、白衣を着ているからこそ研究者に見えるが、寝癖がついたままの頭で銀縁眼鏡を掛ける蔵部麻郎は……見ようによっては出来の悪い学生にすら見える。

 その姿に毒気を抜かれた感のある彩藍は、勢いを削がれながらも言い募る。


「そんなん言うたかって、試運転なんて面倒臭いし。

 見て聞いて理解しとるんやったら、僕の動作で空気を読んで……遊びの部分って言うか、ちょっとぐらい性能に上乗せして計算したら宜しいやん」


 自分勝手な言い草で、機能設定の不備を突こうとする彩藍に、蔵部麻郎は気負うこともなく平然と告げる。


「一応ですね、灰谷さんのやる気のなさと言うか、非協力的な姿勢を見積もって……こちらも耐久性については上乗せをさせて頂いたんですが………灰谷さん自身の身体能力が高過ぎて、我々の想定すら飛び越えちゃったんですよねぇ」


 アハハと笑いながら彩藍を褒めそやす蔵部麻郎に、彩藍はまんまと引っ掛かった様子で得意満面の顔を晒す。


「何や〜、そうやったんかぁ。

 僕の能力値ポテンシャルが高過ぎたんが、今回起こった不調の原因なんなんやぁ。

 ゴメンゴメン……もやしみたいにひ弱い蔵部さんには………僕の隠された能力を推し量んのは難しかったんやねぇ」


 こちらもアハハと笑いながら、蔵部麻郎の見解に乗って見せるが……反省の意思がまるでない彩藍の謝罪であった。

 蔵部麻郎もニッコリ笑って、彩藍の言葉に追随する。


「そうですよ、私みたいなひ弱なもやし研究者には、灰谷さんの身体能力なんて想像が及びませんからね。

 お願いですから次こそは本気で、試運転に臨んで下さいよ」


 いつの間にやら立場は逆転し、機甲の不調マシントラブルは彩藍が怠慢であったせいにされてしまう。

 当初は苦情クレームを申し入れに来た筈の彩藍も、完全に誘導されてしまい、重ねて軽い詫びを蔵部麻郎に述べる。


「ホンマにゴメンなさい。

 今回は真面目に全力で試運転に取り組むから………堪忍したって下さいよ、蔵部さん」


 蔵部は困った顔で、仕方がないなぁとボヤきながらも彩藍の謝罪を受け入れる。


「それじゃあ、前回の試作機で動作試験を行いますので、試運転室テストルームへお入り下さいね」


「了解しましたぁっ!

 一所懸命に頑張りますんで、動作指示を宜しくお願いしま〜す!」


 調子に乗りつつ、試作機である零号機甲を右腕と右脚に装着した彩藍は飛び跳ねるスキップする勢いで試運転室へと向かう。

 のっそりと立ち上がり、彩藍の後へと続く蔵部麻郎。

 その瞬間、照明の反射で銀縁眼鏡がキラリと光り………蔵部麻郎の口が三日月形のタチの悪い笑みを浮かべたのだが、既に蔵部麻郎へ背を向けていた彩藍が気付く余地はなかった。



_________________



「灰谷さんっ!そこで壁を蹴って上に跳んでっ!

 違うっ!

 左脚の次は右脚を使って踏み切って!

 そうっ!

 そこで模擬刀を右で縦切りっ!すかさず横切りっ!

 左で払って!

 右で突きっ!」


 試運転室には拡声器マイクロフォンを通した、蔵部麻郎が発する指示の声が響く。

 彩藍は指示通りに飛び跳ね、設置された擬人試験装置ダミー人形を模擬刀で攻撃している。

 試運転の開始より早くも二時間は経過しようとしているが、未だに完了する気配はない。


「良いですよっ!

 灰谷さんっ!

 ほらっ!

 動きが鈍くなってますよっ!

 限界を超えて下さい!

 もっともっと!」


 全身から汗を流し、肩で息をする彩藍。

 その彩藍を煽り、更なる指示を平然と飛ばす蔵部麻郎。


「ウフフ……良いですねぇ、灰谷さん。

 ここまでの運動能力が発揮させられる、稀有な人材だとは思いませんでしたよ。

 これならば………機甲の出力値を、この水準まで引き上げられますねぇ」


 拡声器の電源を落とした蔵部麻郎は、彩藍の動作記録データを確認しながら、戦闘状態に近い一連の行動履歴から導き出した、次世代機甲の運用を脳内で構築しながら邪悪極まりない笑みを浮かべる。

 蔵部麻郎の姿はまさしく『機甲研究室の狂乱の技術屋マッドエンジニア』の二つ名に違わぬ、科学技術悪魔に良心も道義心も売り渡し……常軌を逸した研究者の末路とも言うべき姿であった。


「はいっ!

 そこで止まらず!

 脚捌きで回避してっ!

 右!!

 左!!

 擬人装置を踏み台に!

 そこで、上っ!」


 再度、拡声器に通電し…彩藍の動きに指示を飛ばす。


「何……やねんっ!

 滅茶苦茶………キッツいやん!

 いつまで………やらせる……ねんっ!」


 息も絶え絶えな彩藍であったが、蔵部麻郎の指示には従い右へ、左へ、上へ、さらに上へと疾り続ける。


『ガキキッ……ギッ………ギリリッ……………」


 湊川隧道での死闘の最中を再現するように、右脚に装着した機甲が耐え切れずに断末魔の悲鳴を上げる。


「ハイッ!最後に右で、擬人装置を叩き切って!!」


 最上段から切り下ろされた模擬刀の一撃が、擬人装置の頭部を叩き潰した瞬間……右腕の機甲も右脚と同様の異音を発し機能を停止した。


「灰谷さん、試運転はこれにて終了です。

 記録は作成しましたので、お帰り頂いて結構ですよ」


 ホクホク顔で紙に出力プリントアウトされた彩藍の記録を両手一杯に抱え、疲労と機甲の不調に耐えかねて崩れ落ちた彩藍を、見捨てるかのように試運転室から退出する蔵部麻郎の後ろ姿を、彩藍は茫然自失の体で見送る。


「ハァ………ハァ……ハァ…………終わりってか……………」


「………ッ!?

 今日は終わりって……嘘や〜ん。

 蔵部さ〜ん、ちょっと待ってぇなぁ……………」


 情けない声と表情で、蔵部麻郎の後を追う彩藍。

 追いつかれた蔵部麻郎は、平然とした顔で彩藍に告げる。


「そうですねぇ、灰谷さんの場合……連続の高機動状態を計測してみないと、最終的な強度設定が難しいですから。

 やはり後二回は、同様の環境で試運転を行わなければならないのではないでしょうか?」


 銀縁眼鏡をギラリと光らせ、蔵部麻郎は彩藍に非情な宣告を通知する。


「そんなぁ………あと二日も同じことせなアカンのぉ?」


 ヘナヘナとその場に崩れる彩藍を尻目に、爽やかな笑顔で研究室へと歩み去る蔵部麻郎であった。

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