第14話 灰谷は想定外の事態で危機に瀕する

「……灰谷彩藍………貴方の能力を、少しばかり侮っていたようですね。

 神代の剣に使われているだけの、ただの器という評価は取り消しさせていただきますよ」 


 変化により発声器官が失われたまま……耳障りな音声を発することが面倒だったのか、それとも自身の美的感覚とそぐわなかった為なのか、頸の付け根に人間の口を出現させて、這い寄る混沌ナイアルラトホテップは彩藍に告げる。


「評価を上げてくれるんは、ありがたい話なんやけど。

 以前まえのままやったら持ち主の僕よりも、黒烏丸と小烏丸の方が有名で有力な存在やったてことやろ?

 道具以下の評価っちゅうんは、納得がいかん話やなぁ!」


 言い終わるなり彩藍は、黒烏丸と小烏丸を交差クロスさせて這い寄る混沌の触手を断ち切りながら、次の大打撃ダメージとなる攻撃を当てようと急所を狙う。


「やはり先程からの術は、退魔剣と封神剣の属性を一時的に入れ替える術だったようですね。

 申し訳ありませんが、種の割れた奇術マジックはもう通用しませんよ」


 笑いを含み余裕を感じさせる言葉で、這い寄る混沌ナイアルラトホテップは彩藍の急襲を防ぐ。

 三本の触手である左腕からは、稲妻のような雷光がバチバチと音を立てて迸る。

 右側から生える四本の触手からは、禍々しい色の針が撃ち出される。

 多種多様の攻撃を素早く躱し、的確に弾き返しながらも彩藍は、間隙を縫って斬撃と刺突を交互に加える。


「種が割れたって?

 アンタの言っとる奇術の種は、ええトコ半分しか当っとらんで。

 知ったかぶりで人のことを舐めとったら、赤っ恥を掻いてまうよっ!」


 不敵に笑う彩藍、今度は小烏丸を触手に突き立て、抜く間もなく黒烏丸で傷付けた触手の根元部分を斬り飛ばす。


「!?」


 小烏丸に刺された部位と黒烏丸に斬られた部位、どちらからもブスブスと白い煙が上がり、肉を焦がす異臭を漂わせる。


「どちらも同一属性だとっ!?」


 自分自身の想定と違う結果が下されたことに、這い寄る混沌ナイアルラトホテップは戸惑う。


「だから言うたやん、知ったかぶりの生兵法はケガの元やって。

 な〜にが『種の割れた奇術はもう通用しませんよ』やねん。

 フツーに通用してますやん、あ〜ぁ、恥ずかしい恥ずかしい」


 這い寄る混沌ナイアルラトホテップの口調まで真似て、彩藍は更に敵の怒りを煽り立てる。


「……………ッ!」


 無言ではあるが、図星を突かれたのであろう這い寄る混沌ナイアルラトホテップは、全身から繰り出す攻撃の速度を上げて、彩藍の軽口に対して応酬する。


「照れ隠しで他人さんをに来るなんて、アンタはどんだけ恥の上塗りがしたいねん。

 間違えとったんやったら、素直にゴメンなさいせなアカンやろ?」


 薄笑いを浮かべて彩藍は、敵の猛攻を二刀を使って捌き続ける。

 彩藍は更に速度を上げて、回転しながら斬る突く疾る……自身の全戦力フルポテンシャルを発揮して這い寄る混沌ナイアルラトホテップに対応していた。


「ガキッ………ン。ブゥシューーーー」


 暗闇に翻る黒い旋風か……白刃の稲妻かと喩えられるような、人智を超えた速度で攻防の舞を続けて来た彩藍から発せられた異音が戦闘に水を差す。

 彩藍の右脚が小刻みに痙攣し、その膝と足首から機械油オイルが燃焼したような異臭と共に、ジリジリと白煙までもが立ち上っている。


「ほぅ……灰谷彩藍さん。

 体術も剣術も速度が命運を握る貴方から、下半身の速度が失われつつあるようですね。

 機甲の不調マシントラブルとは運に見放されてしまったようですが、運も実力の内と言う言葉もあるからには……残念ですが仕方ありませんねぇ…………」


 残念との言葉とは裏腹に這い寄る混沌ナイアルラトホテップは、先程までの戦闘で煮湯を飲まされ続けた半妖に、報復が出来る悦びに身を震わせている。


「フン、まさしく足枷ハンデキャップとしては丁度良いんちゃう?

 これでやっとこさ、互角の闘いになると思わへん?」


 顔を顰めながらも負けず嫌いの減らず口を叩く彩藍に、這い寄る混沌ナイアルラトホテップは速さを捨て、触手を一本に撚り合わせて重く鋭い必殺の攻撃を繰り出す。


「これを受けたら……貴方はどうなるんでしょうね!」


 頭上から叩きつけられる太く重い触手に、先刻までの見切りではなく……不恰好にさえ見える頭からの滑り込みヘッドスライディングで間一髪に避けると、彩藍は不調を抱えた右脚を庇うように立ち上がる。


「無様ですね、早々に楽にして差し上げましょう」


 這い寄る混沌ナイアルラトホテップは振り上げ束ねられた左右の触手を同時に振り上げ、そのままの勢いで同時に振り下ろす。

 今の彩藍にとっては見切りも不可能、跳んで避けるのも不可能な間合いから放たれる、二連続の一撃に見えた。


「ゴキリッ………バキッ!」


 彩藍は素早く黒烏丸と小烏丸の二刀を鞘に納め、二本の触手を見据える。

 右側の触手を左脚の捌きで躱すと、左側の触手が彩藍の頭部を直撃するかに見えた瞬間。

 彩藍は素早く右手を上げて、頭部を庇うように貫手で構える。

 激しい破砕音が、這い寄る混沌ナイアルラトホテップの触手と彩藍の右腕の機甲が、接触し貫いた瞬間に隧道内に響き渡る。

 壊滅的な打撃を被った右腕を、彩藍は触手の勢いを受け流すように振り払いながら切り離す。


「蜥蜴の尻尾切りですか、貴方の死すべき運命は定まっていると言うのに……見苦しいにも程がありますね…………」


 二度の決定機を逃した苛立ちからか、這い寄る混沌ナイアルラトホテップの言葉は彩藍を蔑み、無駄な足掻きを否定するものだった。

 彩藍は右腕を失った機甲の接合部から、血と機械油の混合液を滴らせながら左脚一本で後方の上流側に飛び退る。

 二度三度と同様の所作で、這い寄る混沌との間合いを空けながら……それでも彩藍は不敵な笑いを顔に貼り付けている。


「灰谷彩藍さん……私から逃れられるとお思いですか?

 悪足掻きはもう止めましょう…………」


 這い寄る混沌ナイアルラトホテップがにじり寄るように、彩藍に向かって歩を進めようとした瞬間、哄笑を伴い彩藍は叫んだ。


「自分……ホンマにドタマの中がぬくいなぁっ!

 何で僕が右腕を無料ただで捨てやなアカンねん!

 ………ほれっ!弍ぃ・壱ぃ・零ぉっ!」


 彩藍が秒読みカウントダウンを終えると同時に、這い寄る混沌の左側触手に深く突き刺さったまま遺棄された、彩藍の右腕であった機甲から『ピィィーッ』と甲高い警報音が鳴り響く。


「ズズッ!………ドッゴォーーーーッン!」


 瞬時に爆発の副産物として……太陽の光よりも眩しい閃光と、鼓膜を突き抜ける轟音と、更には隧道の上下流を貫く衝撃波が同時に巻き起こる。

 這い寄る混沌ナイアルラトホテップに向けて叫びながらも、もう一段の跳躍で距離を稼ごうとしていた彩藍にも、爆風が一直線に襲い掛かる。

 空中で爆風に晒されたのが功を奏したか、後ろ跳びの姿勢のまま百米突近くの距離を吹き飛ばされる。

 閃光により視力と、轟音により聴力を一部損傷したのみで……彩藍は隧道の壁を頼りに立ち上がった。


「エ……エラい目にうた。

 機甲の自爆装置に………爆発系の妖術を同調させたら……こないなことになるんや。

 ぶっつけ本番で試してみたけど、予想以上の……効果やったな…………」


 爆心地から遠く離れて窺う、隧道の一部崩落により発生した土煙。

 置き去りにした狐火の灯りが、濛々とした埃の向こうで揺らめいている。


「流石に……あの爆発では生きてない………よなぁ……………」


 確信は持てないものの、希望的観測から縋るような思いで、狐火の向こうの視界が晴れるのを待つ彩藍。

 右腕の機甲を失い、右脚には致命的な不調を抱えた上で……爆風に晒され全身からの出血も止まらない。

 二刀は手元にあるものの、これ以上の戦闘継続は即死亡に繋がるとの判断は揺るがない。

 眼を凝らすと、土煙は次第に晴れて来て……………。


「う………嘘……やん…………」


 瓦礫の向こうに這い寄る混沌ナイアルラトホテップであったモノが、ユラユラと起立しているのが見える。

 左腕を中心に、爆発の影響が遠目にも確認できる。

 頭部は辛うじて残っているが、左腕から胴体の左半身……それに左脚にかけては殆どの部位が欠損している。

 右脚と右半身の触手で地面を支え、何とか立てているような有様であった。


「灰……谷………彩藍…………ふ……ざ……けた………手……妻で…………我を……疵付け………たな……………。

 ハイド……ラの種が………目……覚めた……故に…………今は……去……ろう…………

 次……は………汝……の死を………以て……贖…………え……………」


 途切れ途切れの声であったが、確実に彩藍の頭蓋に直接響くように聴こえる。

 次の瞬間………這い寄る混沌ナイアルラトホテップは自らの影に取り込まれるように、その姿を掻き消した。


「た………助かったぁ……………?」


 安心し切った彩藍は隧道の壁に凭れかかりながら、眠りに落ちるように意識を失ってしまったのであった。

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