終わりの始まり
健康丸
第1話 終わりの始まり
仄暗い空間を歩いている。どれだけ歩いてきたかは分からない。ただ、途方もない距離を歩いている。もう随分前から疲れている。何度休もうと思ったことか。それでも歩みを止めないのは、止まろうと思えば思うほど「止まるな、前にしか道はない」という声がこだまするからである。それはまるで呪いのようですらある。
僕は自分がこの世に生まれ落ちた日を知らない。親の顔も知らない。物心ついた頃にはただ独り、この暗闇をひたすら歩いていた。何度か来た道を振り返ってみたりもした。僕の通ったあとは気流が生まれ腹の底に奇妙な音を響かせるが、そこには足跡一つない闇の世界であった。目を凝らし、その存在を疑ってみたりでもしたらすぐさま飲み込まれてしまいそうなほど純粋な闇である。幼き頃の僕はそれがどうしようもなく怖く、逃げるように歩みを進めた。
〇
僕は喜んだりする。孤独を知った少し後、暗闇の中に消え入りそうなほど小さな灯りではあるが、当時の僕にとってはこの上なく眩しい光を見つけた。灯りの近くは暖かかった。灯りから離れていけばいくほど周りは冷たくなり、闇がさらに怖くなった。僕はそれから灯りを求めて歩くようになった。最近では灯りも徐々に大きくなってきている。路の終わりが近いのかもしれない。
僕はよく怒る。漠然と寂しいこの空間でなぜ自分は孤独であるのか。親はどうしていないのか。僕の他にも誰かがいることは知っている。時折誰かの声がするのである。近いような、遠いような。こちらからどれだけ叫んでも向こうには届かないようである。暗闇の壁が僕の声を包み込んで離さない。そうしているうちに、僕の発した声たちはしぼんでいき、そして泡のように消える。他に認知されないのなら他の存在など関係ない。僕は孤独に憤る。
僕は哀しい気持ちになる。暗闇が、孤独が怖くて涙が頬を伝って地面に落ちる。歩くことにつかれて汗がしたたり落ちる。しずくが落ちたところからは緑色の波紋が暗闇中にこだまして、一瞬だけ穏やかな空間が現れる。僕はそれが哀しい。暗闇が僕の涙を、僕の苦労を喜んでいるような気がして哀しいのだ。
僕は楽しくない。生きていて楽しくない。せめてここに独りでなければ。
〇
ずいぶん長らく歩いてきた。とてつもない距離を歩いてきた。
「ゴホゴホ」
咳込む音がした。しかし、おかしい。何しろ今僕は気分がいいのだ、咳込むはずがないのである。
「ゴホゴホ」
また咳込む音がした。音のなる方を見てみると、年の頃の似通った女性がいるのだ。これには僕も驚いた。なにせ生まれて初めて見る他人である。これには僕も喜んだ。生まれて初めて孤独から離れられたのである。
彼女はとても透き通った青に身を包んでいる。肌は心配になるほど白く、ひどく痩せているせいか、鎖骨が浮き出ている。しかし、不思議と僕には彼女がとても綺麗に見えた。
「大丈夫ですか?」
僕は彼女に訊いた。彼女は驚いたように僕を見つめた。新緑の目を大きく見開き、この場にあって似つかわしくない白髪を揺らしながら辺りを見渡した。
「あの…ここは?」
彼女が遠慮がちに訊く。しかし僕も答えに窮する。ここは、と聞かれても私にはどう答えることも出来ないのだ。顔を見合わせながら僕らはお互いの困った顔を見つめ合った。
〇
僕らはお互いのことを話した。
僕には親がいないこと、この暗闇を延々と歩き続けていることを話した。すると彼女もぽつぽつと彼女自身のことを話してくれた。彼女にも親がいないこと。彼女はここではない別のどこかから来たらしいこと。そこでは陽気な男の子を中心に、身寄りのない子が兄妹のように仲良く、遊んだ暮らしていること。彼女には双子の妹がいること。
彼女の話は全部がとても面白かった。なにせ僕には知らないことばかりである。外にも世界はあるのだと激しく心動かされた。彼女も僕の話をとても楽しそうに聞いてくれた。僕は楽しそうに彼女が話を聞いてくれることが嬉しく、生まれて初めて楽しいと思った。生まれて初めて幸せを感じた。
それと同時に僕はとても悲しい気持ちになった。彼女が元の世界に帰ってしまえばまた独りだ。暗闇の中に独りだ。彼女のころころと笑う声が聞こえなくなるのだ。僕は悲しさのあまり泣いてしまった。
「綺麗。」
涙する僕を見て彼女はそっと一言、そう呟いた。そしてその細い指の背で僕の頬を拭い、そのまま僕の頬に優しく口づけした。すると涙がまた一段と溢れてきた。その理由は分からないがどうしてもせき止めることができないことだけは分かった。彼女はその胸に僕をそっと抱いてくれた。
どれほどの間そうしていたのだろう。僕の涙はやっと止まった。
「涙を初めて見た。」
彼女は言う。僕を見つめるその目は常に僕よりも潤んで見えるが、嘘を言っているようには見えない。涙に乾ききった目で彼女を見つめ返しながら僕は問う。
「君は泣かないの?」
「ううん。泣けないの。なんでかは知らないんだけどね。周りのみんなにも涙を流せる子はいないの。ただ、たまに何の前触れもなく雨が降ることがあるの。私たちが水と接することができるのはその時だけだから、雨が降るとみんな嬉しくて大はしゃぎするの。」
彼女は少し遠くを見ながら続けた。
「だからあなたの涙を見て驚いたの。あなたからは何だか雨上がりの時と同じ香りがするし、何よりも単純に綺麗だったわ。私が今まで見てきた何よりも。」
僕はなんの話なのか、彼女の発する言葉をうまく意味を成すように脳内で並べることが叶わずに、それでもなぜか分からないが少しだけ胸の内を何かで包み隠してしまいたいような気持に襲われた。
〇
彼女が僕の隣に迷い込んでからも大分歩みを進めた。横を歩く彼女はやはり時折咳込む。咳込み方も僕が初めて彼女に会ったときよりも大分ひどく思われた。どうやらここの所暫く調子が優れないようで、彼女曰く体構造が変わろうとしているのかもしれないのだそう。なにせ親がいないのでこれが果たして正常な成長なのか、体構造の過渡期なのか本人にも分からないそうで、どれも彼女の憶測に過ぎない。
「君は元居たところに戻らないのかい?」
僕は彼女に訊いた。僕の隣を歩くよりは兄妹のみんなのいるところの方がきっと心休まるだろうと思ったのだ。
「そうだね。けど、もう暫くはいいかな。」
「どうして?君の症状は明らかに悪化しているじゃないか。ここにいるより元居たところでゆっくりした方が良いに決まっている。」
彼女は困ったような顔をしていた。そしてうなじをさすって、少し視線を外しながら答えた。
「でも、帰り方が分からないからなぁ…」
分かりやすい嘘であった。彼女が帰り道の検討をつけていることには僕も薄々気づいていた。僕は耐えられずに言った。
「嘘だ。君は多分帰り方をもう知っている。具体的な帰り方は僕には分からないけど、あの灯りを使えば帰れるんだろう?」
新緑の目は大きく揺らぎ、彼女の動揺が手に取るように分かった。しかし、間もなく彼女の眼光は鋭利になって僕に迫った。
「じゃあ、あなたは?私が帰ったとしてあなたはどうするの?また独りでこの暗い中を歩き続けるの?また寂しさになくの?また孤独に憤るの?あなたがまた辛い道を歩くことになるのを分かっててどうして私がのうのうとあそこに戻れるのよ。」
初めて彼女が声を荒げるのを聞いた。空間が少し震動したように感じた。気が付くと彼女は泣いていた。泣けないといっていた彼女が泣いていた。僕はどうしていいか分からなくて、彼女が僕にしてくれたようにした。
〇
それからも僕と彼女は暗がりの中をひたすらに歩いて行った。辺りは依然肌寒いが、彼女の左手を握る僕の右手は温かい。横に誰かがいて、自分を確かな優しさで包んでくれる。その心地良さは筆舌に尽くしがたく、僕は彼女の好意に甘えた。彼女を失う覚悟は闇に溶かされ、彼女を失うことがただひたすら怖くなった。僕はそれから彼女に元居たところへ帰るよう勧めることは一切なくなった。
「あの灯りはさ、多分向こうにいるお兄ちゃんの火だと思うんだ。」
灯りを見つめながら彼女がおもむろに語りだした。僕は彼女が帰る気でいるのかもしれないと心の中で言いようのない焦燥に駆られ、自分の目元に涙が集まってくるのを感じた。
「お兄ちゃんは体から炎を出せる変わった体でね、私たちはそれで暖を取ったり、遊んだりしてるの。それでね、その炎はいつでもお兄ちゃんに繋がっててね、話しかければいつでもお兄ちゃんが答えてくれるの。」
「それじゃあ、あれは優しい火なんだね。」
それが僕の絞り出せる精いっぱいの言葉だった。彼女は優しく微笑みながら頷いて続けた。
「確かに君の言った通り、あの火を利用すれば私は向こうに戻れると思う。この肌寒い暗闇の中でもあそこだけ暖かいのは、お兄ちゃんの炎が空間を焼いて空間の壁を薄くしているからだと思うの。あれに語り掛けて火力をあげてもらえば多分穴が開けられるし、そこから帰れると思う。」
「帰っちゃうのかい?」
僕は溢れ出る涙を止める術を持たない。彼女の人生にとってより良い選択をと思って彼女に帰るように勧めたが、やはり彼女には僕の近くにいてほしい。彼女の幸せを思えば尊重すべき選択なのであろうが、ここにきて意地汚くも僕は彼女の幸せの中心にいたいと願ってしまっている。彼女はあの時のように細い指の背で僕の頬をなぞりながら言う。
「一緒に来ない?」
〇
この暗がりから出ることなんて一度として考えたことがなかった。不本意ながらここで一生を終えるのだと思っていた。しかし、今ここに彼女が新しい選択肢を僕に示してくれた。考える間もなく僕は彼女の手を握りしめ「行く」と言った。
準備にそれほど手間取ることなく、程なくして灯りは大火へと成長し、空間の歪は大きく広がっていった。僕らが通り抜けるに十分な大きさになると、彼女は振り返って言った。
「じゃあ、行こっか。」
僕らはお互いの手を固く握りしめ、穴に飛びこんだ。
〇
気が付くと僕はいつまでも見慣れることのない、慣れた暗闇の中を歩いていた。何か大きな手のようなものに頭を強くつままれたみたいな鈍い痛みがする。右手には彼女の小さな手の感触と温もりが確かに残っているのに隣に彼女はいない。話に聞いていた世界は眼前に広がっていない。そこには際限なく続く暗闇だけがある。僕は彼女と共に行くことができなかったのである。世界に拒まれ、戻されたのだろう。
また独りである。辺りは寒い。彼女とともに歩いた距離は今までに歩いてきた距離に比べれば短いものだったかもしれないが、彼女がいるというのを普通であると僕に認識させるには十分に長い距離だったといえる。普通を取り上げられた。残っているのは忌避していた怖れだけ。絶望である。僕は泣いた。ひどく泣いた。子供に立ち戻ったかのように泣いた。なんとかしてもう一度彼女に会えないかと灯りに声の限り叫んだが、なにも起こらなかった。当然である、僕の声は暗闇の壁に吸収され届かないのだから。仮に届いたとしても、彼女の兄が縁も所縁もない僕のために何かしてくれるかと言われれば、何とも言えないのである。疲れ切った僕は、落ちていく涙を見つめながらひたすらに歩いた。
俯きながら歩いていると、地面がいつもより近くにあることに気づいた。異変はそれだけでない。先ほどは必死で気づかなかったが声が少し高くなっている。歩幅も小さくなっている。俄かには信じがたいが僕は子供になっていたのである。そのことに気が付くと暗がりに無造作に光る灯りたちの配置にも何だか見覚えがあるような気がしてきた。
僕は絶望した。自分の歩いてきた道を、あの途方もない距離をまた歩かなければならないのである。この空間を出ようとしたことに対して罰が下ったのだろうか。信じがたい話ではあるが、そうとでも言わなければ説明がつかないのだ。僕はどうしようもなく悲しくなってまた泣いた。
〇
魂が抜けたように、気の遠くなる距離を歩いてきた。見覚えのある見慣れない暗闇をどのくらい歩いただろうか。
「ゴホゴホ」
咳込む音がした。聞き覚えのある音だ。
「ゴホゴホ」
再度、咳込む音がした。音のなる方を見てみると、年の頃の似通った女性がいるのだ。驚きはしたが、しかしどこかで予想していたことでもあった。そこには僕の見知った、生まれて初めて見た他人が立っていた。暗闇にあって似つかわしくない白髪の彼女はとても透き通った青に身を包み、肌は心配になるほど白く、鎖骨が浮き出ている。そしてやはり彼女は僕の目にはとても綺麗に見えた。僕の視線を感じたのだろう、彼女は僕の方を向いた。新緑の目を大きく見開き、辺りを見渡して遠慮がちに訊いた。
「あの…ここは?」
彼女がその問いを僕に投げかけることは容易に想像できた。しかし、その質問に答えるのはやはり困難で、僕は答えに窮した。僕らはお互いの顔を見合って笑った。笑っている内にまた彼女に会うことができた喜びに僕は涙した。彼女は僕の涙に見とれるようにして呟いた。
「綺麗。」
〇
奇妙なことである。彼女の反応を鑑みるに、今の彼女は僕に会ったことがないようである。しかし僕は彼女の仕草、声、話すことの一つ一つを覚えているのだ。
僕は考える。前に彼女と一緒に穴に飛び込んだことを。暗闇の中、自分の体が縮んでいたことを。見覚えのある灯りの配置を。気のせいかと思っていた。白昼夢を見ていたのだと思っていた。しかし、どうやらそうではないようだ。僕は同じ道を歩いている。二度目の人生とも言えるだろうか。そうであれば僕はこの先を知っている。
〇
「あの灯りはね、」
彼女がこちらに迷い込んできてどれくらい歩いただろうか、彼女は語り始めた。僕は彼女を失うことが怖くて、彼女の故郷の話は積極的に避けた。もちろん、帰ることが彼女の幸せであることも、故郷が恋しく、時折彼女が寂しそうな顔をしていることも分かっていた。しかし、僕は彼女を失うことがどうしても怖かった。彼女にとっての一番の幸せでなくとも、彼女にはここで僕と暮らす幸せの形を受容してもらおうとした。
しかし、それでも彼女は語り始めた。彼女の話の内容も、周りの灯りも、すべてに身に覚えがある。
「一緒に来ない?」
やはり彼女は同じ提案をした。しかし僕は知っている、どれだけ切に願おうとも、ここを離れて彼女と暮らす未来は永劫訪れないことを。この空間から一歩出たが最後、罰が下って次に目を覚ませばまた幼いころの自分に戻っている。また同じだけ辛くて寂しい思いをして、それでも歩みを進める。そして僕だけが知っている初対面の彼女と思い出を作っては別れるを繰り返す。
「僕はいいや。」
僕は耐えられなかった。彼女はしきりに何故と聞いた。僕が孤独を、暗闇を怖れているのを彼女は知っている。そうであればこそ、僕の決断は彼女にとって到底理解できないことであっただろう。しかし、僕は彼女が納得できるだけの答えを持ち合わせていない。彼女に真実を話したとして信じてもらえるなどとはどうしても思えないのである。当然と言えば当然であろう。なにせ僕自身が長い距離を歩いている間、どれだけ考えても自分の身に起こったことに何一つ納得していないし、信じられていないのだから。僕は頑なに彼女の提案を断った。そして泣けないはずの彼女はまた一つ涙をこぼした。
それでも僕は彼女がここに残ることを頑として認めなかった。彼女と一緒にこの闇の中を一生歩いていこうと考えたこともあった。実際に僕は積極的に彼女の故郷の話題は避けていた。しかし、彼女の口から向こうへの帰還の話が出たということはすなわち彼女が帰りたがっているということである。それならば今度こそ自分ではなく、彼女の意志を尊重したかった。彼女との思い出さえあれば、この先の暗闇も幾ばくか明るく見えるかもしれない。それに灯りを道標に彼女がまたこちらへ遊びに来る可能性もないわけじゃない。
「灯りの数だけ希望がある。」
そう言うと、彼女はやっと納得した。灯りは彼女の呼びかけに呼応するように大きくなり、炎は暗闇に穴を開けた。
「必ずまた会いに来るから。」
彼女は涙に腫れた目で力強く僕に誓って、去っていった。これでよかったのだ。僕はまた暗闇を歩き出した。
〇
彼女が去ってからどれだけ歩いただろうか。彼女は元気でいるだろうか。相変わらず辺りは仄暗いし、肌寒い。独りは辛く、寂しい。しかし、それは漠然と孤独を怖れているからではない。彼女の温もりを、横にいる時の心の安らぎを知っているからで、それを心のどこかで求めているからである。孤独と絶望と畏怖に満ち満ちたこの暗闇も、今は灯りの数だけ希望に溢れている。彼女は必ずまた会いに来る、と言った。その一言が嘘か真かそんなことはどうだっていい。僕は彼女を信じているから。彼女と再会できるまで僕は歩みを進めよう。
〇
一瞬の出来事であった。大きな手のようなもので頭をつままれる激痛は以前感じたそれと全く同じものであった。しかし、そんなことを考える間もないほどに僕は意識を失った。
意識が戻ると僕はいつまでも見慣れることのない、慣れた暗闇を歩いていた。言いようのない悪い予感が体の芯を舐める。周りの景色には既視感を覚えるものばかりである。視線は低く、歩幅は小さい。僕は現状を理解し、高くなった声で泣き叫んだ。今や希望でもなんでもなくなった見覚えのある灯りは涙で滲んでよく見えない。僕は限りなく止まっているに近いような速度で歩みを続けた。
何がいけなかったのだろうか。今にも溶けだしてしまいそうな小さな頭で僕は考える。今回に限って言えば僕はこの暗闇を出ようなどとは考えてはいない。彼女との幸せを望みはしたが、しかし自分を押し殺して彼女を見送った。僕は希望を胸に歩くことすら許されないのだろうか。僕は分からなくなってしまった。しかし、どうしても考えることはやめられなかったのである。
ひたすら考えながら歩いた。どれだけ歩いたかは分からない。すごく長い距離を行脚したような気もするし、そうじゃないような気もする。思案に暮れる中、僕は考え方を根本的に違えていたのではと思うに至った。
僕が何度も来た道を歩いているのはそもそも罰なのだろうか。そうだとして何の罰であろうか。一度目はこの空間から出ようとした罰、二度目は希望を抱いた罰だと思っていた。しかし、腑に落ちないことがある。それは二度目のことである。たしかに僕は灯りの数だけ彼女との再会の希望を持っていた。しかし、それは彼女が去った直後からあの激痛を感じるまでの長い間ずっとだ。それがなぜ、急に起こったのか。一度目は出たその瞬間に罰が下ったのだから、二度目も希望を抱いた瞬間に下るはずでないのか。否。これは罰ではない。罰であれば誰が、何を根拠に僕を罰するのか。頭の片隅をこだまする声の主が罰しているのかと思ったこともあったが、僕はその言いつけだけは真摯に守っているのだ。
堂々巡りである。考えれば考える程、真実は深い霧の中に隠されていくようであった。僕は考えるのをやめてしまった。
〇
「ゴホゴホ」
もうそんなに歩いていたのか。彼女の咳であることは間違いない。彼女は僕を覚えているだろうか。愚問である。
「ゴホゴホ」
隣を見やればそこには彼女がいた。三度目のはじめまして。僕はこの先を知っている。辿る道に多少の景色の違いはあれど、終着点は一つである。彼女はきっと唐突に灯りについて話し、向こうに戻る。その後少しして僕は頭痛に見舞われ、気づけば来た道を戻っている。
もう散々だ。僕は膝をつき、泣いた。もう疲れた。彼女の顔は見れていないが、彼女が困惑していることは間違いなかった。状況の飲み込めない彼女は初めて見る涙に「綺麗。」とつぶやき、僕をそっと抱きしめた。
どれくらいそうしていたかは分からない。僕らは腰を落として隣り合った。彼女は自分について語り、僕もまた自分を語る。時折咳込む彼女に僕は自分の身に起こったことを包み隠さず話した。彼女は信じられないというような顔をしていたが深くは追及しなかった。
頭の中から声が聞こえる。「進め、止まるな」と。僕の本能もまた止まっていることを認めたがらない。しかし、僕は腰をあげなかった。
もういいじゃないか。もう辛いのは散々なんだ。僕は彼女と灯りの前に座って暖を取り、話の続きを始めた。
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