第68話 ミジンコさん×消しカス
……き、既読がつかないよお……。い、池田さん、もしかして、本気でドア開けてくれないのかなあ……。「お手洗いに行きたいならさっさと告白すればいいじゃない」みたいなこと思っているのかなあ……。
ううう、でも、でも、尿意まみれで人生初めての告白をするなんてそれはそれで嫌というか……。わ、私ごときが何言っているんだって話だけど、やっぱりそれなりにちゃんとしたというか、なんというか……。
「……? 井野さん? どうかした? さっきからそわそわしているけど」
「っっひゃい、ななな、なんでもっ、ないよっ」
やっ、八色くん、こういうのほんとに目ざといよ……妹さんがいるからこそなのかもしれないけど……。
今日散々吐き散らかしてきたうえに、さらにお手洗いまで我慢しているなんて知られたら、ただでさえ幻滅されているのに、もっと幻滅されちゃう……。
今は辛うじてミジンコレベルかもしれないけど、もしおもらしなんてしようものなら、ミジンコじゃなくて、プランクトンとかになっちゃう……。いや、それはミジンコさんにもプランクトンさんにも失礼かな……じゃ、じゃあ机の上に一週間くらい放置されている消しカスとか、それくらい……。
そうこう頭のなかで考えているうちにも、何度も何度も池田さんにラインや電話で開けて欲しいことを伝えているのですが、ただの一度も返事はありません。
……も、もしかして、寝ちゃっている……? 車の運転で疲れていたのはあるだろうし、考えられるケースではあるけど……。
よりにもよって、こんなときに……。
い、池田さんんん! 起きてくださーい!
「ひぅっ!」
「……ほ、ほんとに大丈夫?」
……心のなかで池田さんに叫んだら、その反動で一瞬我慢が途切れそうになってしまいました。危うく、楽になってしまうところでした……。
「だ、だいじょうぶだいじょうぶ……あはは……」
で、でも、そろそろ限界だよ……。
池田さんが寝ているとなると、私が八色くんに告白したとしても、ドアが開く保証はありません。むしろ、「好きです」って言ってからおもらしする女子なんて、多分世界中探してもどこにもいないです。
……そ、そうなると……。
「ごくり……」
私は、今までの作業時間で飲み干して空にした、五百ミリリットルのお茶のペットボトルを視界に捉えます。
……いやいやいやいや。それもアウトだよう。この間読んだ漫画でドS上司が主人公にそれを要求するシーンあったけど、八色くんはドSじゃないし実際になんてできるわけないよう……。
……だ、第一、八色くんと同じ空間にいるのに、下着まで脱いで下半身裸になるのも恥ずかしいのに、ペットボトルになんてしたら、お、音が……。
そんなことしたら、もうお嫁に行けない……。もとから行けないだろって言われるかもしれないけど……うう……。
「ひぃんっ!」
……ううううう、でも、でも、もうそんなこと言っている余裕なんてないよ……、も、もう漏らすか、ペットボトルにするかの二択──
「──ほ、ほんとに大丈夫? 顔色悪いし」
「ひゃぅっ!」
すると、様子を見て心配してくれた八色くんが、側に近寄って私の肩を叩いてそう尋ねます。けど。
「……ひぅぅ……うっ……うぅ……」
瞬間、今まで堪えていたものがするすると漏れて、そして、
「……えっ、いっ、井野……さん?」
「……お、お願い……お願いだから……見ないで……ぅぅ……」
考えるうちで、最悪なことを、私はしてしまいました。
〇
……いや、ただ、僕は井野さんの様子を見ようとしただけだった。特に、何かをしようって意図はどこにもなくて。
でも、僕が彼女の華奢な肩にそっと触れた瞬間、ビクッと震えたと思ったら、みるみるうちに顔色をピンク色から真っ赤に染めては、自分の足元を眺めるように俯いてしまう。
「……お、お願い……お願いだから……見ないで……ぅぅ……」
そして、続いて井野さんが発した悲鳴で、僕は今何が起きているのかを察した。
「……えっ、いっ、井野……さん?」
あまりの出来事に、僕はしばらくの間、その場に立ち呆けてしまった。泣きじゃくる井野さんを、眼下に置いて。
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