第66話 ○○○○するまで出られない部屋×本音

 入ったコテージは大学の設備だからか、それなりに綺麗な作りになっていて、広々としたリビングに部屋がふたつ、あとこんなキッチンが家にあったら嬉しいなってくらいのシステムキッチン。


「……やべ、こんな空間で生活したら二度と家に帰れなくなるかもしれない……」

 僕が発した一言目は、まさにそれだった。

「八色君、主婦じゃあるまいし……もっと別のところではしゃいだほうがいいんじゃ……」


「いや、だって綺麗なキッチンで誰だって生活したいじゃないですか。水回りだって、なんだって。安いアパートはそこらへんを犠牲にしているんで僕あまり得意じゃないんですよ……虫とか湧くと特に」

「そ、そうなんだ……珍しく八色君が熱く話し出したと思うと、なんか……うん、高校生から苦労しているんだね、色々」


 何か慈しむような眼差しを池田さんに向けられた気がする。井野さんは井野さんで物珍しそうな目で建物のなかをあちこち歩き回っている。……まあ、ザ・モデルルームみたいな内装だから、気持ちはわかる。僕も現在進行形でそうだし。


「そんでまあ、今回の主題の缶詰部屋はあそこの物々しいタイマーがついている部屋なんだけどね」

 そして、池田さんはリビングに置かれているソファに荷物を置いて、なるほどドアノブにこれは時限爆弾ですと言われたら信じてしまいそうなデジタルタイマーがついた部屋を指さす。


「ギャグのつもりなのかそれとも本気なのか知らないけど、あそこの部屋、タイマーをセットするとそれが終わるまで絶対に部屋の中からはドアが開かない仕組みなんだよねー。だから、ウチの大学の文芸系のサークル御用達の缶詰スポットらしくて」

 ……これでガチだって言われたらむしろ別の用途を思い浮かべますよ、監禁とかそっちの……。


「まあ、もちろん非常時には解除できるけどねー。で、その部屋を私たちは使いたいわけなのだけど……順番どうしよっか?」

「え? じ、順番とは……?」

 三人一緒に使うのじゃ駄目なのだろうか……?


「いやー、私の卒論のテーマで使う材料、あまり人目につくところでは触れないからさー」

 ……そ、そうなんですか? 事前の話のイメージとは違う気がしないこともないこともない気が……?


「まあ、といっても、使うのは井野さんと私だから、ふたりで決めればいい話だけど……。井野さん、どうしよっか?」

「わっ、私はどっちでも……」


「……ふっ」

 瞬間、意味ありげな笑みを浮かべた池田さんは、サッと右手で緩んだ口元を隠し、


「じゃあ、先に井野さんたち、使っていいよ。私はその間リビングでちょこっと卒論進めるし、晩ご飯も用意してあげるからさ」

 にこやかな表情でそう口にした。


「わ、私は別にそれで大丈夫ですよ……」

「よーっし、そうと決まれば必要な道具持って缶詰部屋にどうぞー。一応飲み物と軽くつまめるお菓子くらいは持ち込んだほうがいいと思うよ? あと、本当にまずくなったら私のスマホに電話かけてねー。開けてあげるからさ。それじゃ、入った入った」


「おっ、おわっ」「ひっ、ひぅっ!」

 池田さんは僕と池田さんのリュックをポンポンと缶詰部屋に放り込んで、僕らの体を部屋に押し込む。

 ……な、なんかやけに強引なんだよなー。


 缶詰部屋は缶詰のためということもあり、スタンド付きのデスクが二台置かれていて、確かに作業環境はよさそう。

「ではではー。……時間はそうだなー、午後十時くらいまでにしておこうかな?」

「えっ? じっ、十時?」「そっ、そんなに遅くまでなんですか?」


「んー、もしかしたらそれより長くなるかもねー、まあ、それは井野さんがちゃんと本音を話す次第かなー」

 い、井野さんの本音? って、池田さんは何がしたいんだ?


「それではー、巷でよく見かける○○○○するまで出られない部屋の出来上がり―。井野さん、期待しているからねー、バイバイー」

「いっ、池田さんっ! ひっ、ひぅぅ……ほっ、本音って……そ、そんなの……ぅぅ……」


 僕が質問をする間もなく、池田さんは扉を閉めて、ガチャリと鍵をかけた。

 僕らは呆然と顔を見合わせて、それからまじまじとドアノブをじっと見つめる。


「……十時までって、ざっと六時間くらい……だよね?」

「そ、そうだね……ひぅ」

「……ほ、本音がどうとか言ってたけど、なんかあったの? 井野さん」


「ひゃっ、ひゃいっ! な、ななな、なんでもにゃいよ! そ、それより、原稿! 原稿しないと!」


 そうして井野さんは持ち込んだ荷物から漫画の道具を取り出し始めるけど……。

 ……な、なんか引っかかるなー。これ。

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