第61話 帰省フラグ×拘束

 〇


「……え? 缶詰旅行で山に? それに僕も一緒に行くんですか?」

 井野さんと映画を見に行ってから少し。夏休みまであと僅かとなったある日の放課後。僕はまたまた真っ赤な顔で俯き気味の井野さんに放課後連れ出されて、高円寺駅のファストフード店にやって来ていた。


 そこに待っていたのは、小難しそうなテキストとノートを広げている、大学帰りらしき池田さんだった。

 そこで言われたのは、夏休みに近くの山に行ってコテージに泊まろう、ということだった。


「いや……まあ、井野さんの原稿がやばくて缶詰したいっていうのはわかりますけど……、それに僕もついていく必要あります……?」

「んー、缶詰には監視役が必要でしょ?」

「か、監視役って……そんな、ガチガチに拘束するつもりなんですか……?」

「えー? でも、井野さん拘束されたくない? 拘束」

「こっ、こうそく……ひぃん……」


 ……あの、あんまり普通のトーンで拘束とか使わないほうが……一応まだ明るい時間だし、ファストフード店だし……。

「んー、まあ、それに、私も卒論書かないといけないしで、なんだったら私も缶詰したい立場の人間だから、監視役もうひとり欲しいっていうのが本音なんだよねー」

「……な、なるほど……」


「それで、私が所属しているサークルで、大学が持っているセミナーハウス借りてたんだけど、突然みんなアルバイトとか法事とか入って集まれなくなっちゃってねー。キャンセルもできないみたいで、余らせるのもったいないから好き勝手使うってなったんだよ。あ、もちろん高校生のふたりからはお金は取らないし、車も出すよー」


「ち、ちなみに場所は……どこなんですか?」

「へ? 山梨だよー」

「ぶほっっっっ!」


 ……あれ? これ、僕の地元にニアミスしますか……? 帰省フラグが立つ、とかそういうことにはなりませんよね……?

「八色君? どったの? 豪快に吹いちゃって。何かあった?」

「いや……べ、別に……。へ、へー、そうなんですね……」

「それで、ふたりはお暇なのかな? 暇だよね?」


 ダン、とテーブルに両手をつき、ニコニコとしたまま僕らふたりの顔を見まわす池田さん。……これ、予定があるなんて言ったら予定元のほうに直談判しに行きそうな勢いだな……。

 まあ、特に予定はないんですけど、夏休みに。


「ぼ、僕は暇ですけど……い、妹が……」

「あー、それならノー問題だから安心していいよ。八色君がいない間はよっくん先生のところで面倒見てくれるようにするから。っていうかさせるから」

「は、はあ……」


 ふんす、と鼻息をまくしたてる池田さん。……上川先生の家族計画、プレゼントバイ池田は今も進行中みたいです。

「井野さんは? 井野さんも暇だよね? どうせ暇だよね?」

「え、えっと……は、はい……ひ、暇です……。ぼ、ぼっちなので……」


 最後にぼそっと付け加えられた理由が切なすぎる。……そんな悲しそうに言わなくてもいいよ……。

「よーし、そうと決まれば決定だね。詳しいことは追々伝えるから、楽しみに待っててねー。それじゃ、私はそろそろ家帰らないとだから、バイバイ」


 ふたりの合意を確認すると、池田さんは満足したふうにうんうんと頷いては、席を立って風のようにお店から出て行った。

「……な、なんか、みるみるうちに決まったね」

「そ、そうだね……」


 残された僕と井野さんは、注文していたポテトをもぐもぐとリスみたいにつまみ、顔を見合わせる。

「……っていうか、日帰りなのかな……? 一泊二日、なのかな……?」

 このまま黙っているのも気まずいので、とりあえず僕はさっきの話を膨らませる方向性にする。


「……と、泊まり、なんじゃないかな……」

「……まあ、そうだよね……」

 さっき、僕がいない間、っていうふうに幅を利かせた発言もしていたし……。

 ……女子大生と女子高生と泊まりで旅行? ……あれれ?


「……ひぅぅぅ……」

 井野さん、なんかすっごく蒸気発して小さくなっているけど、僕も、僕もそんな感じだよ……?

 んんんん? ……あれれれれ……?

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