第45話 ふたりの参謀×作戦

「とりあえず、夏にはなんかしら動くこと。毎週、進捗の状況を聞いちゃうからね?」

「ひっ、ひぅ……」

 女子会も終盤。お互い注文したデザートを口にしつつ、そんな話をしていました。


「だってね? なんだかんだ言っても八色君は好物件だよ? 絶対彼はこっそり好いている女子が何人かいるタイプだって。それこそ、井野さんみたいな目立たない子に」

「そっ、それは……」

「……唇の端、クリームついているよ」


 池田さんは、私の顔を指さし、アイスクリームがついていることを教えてくれます。

「あ、ありがとうございます……」

 私が備え付けのティッシュでそれを拭いとると、


「それに、八色君は図書局に入っているんでしょ? もしかしたら、同じ局員の子にはモテているかもしれないし」

 テーブルに両肘をついて、ちょっと渋い眼差しを私に差し向けながら、ストローでクリームソーダのソーダを飲み込みます。


「あーと、夏って言ったって、高三の夏に自由なんてこれっぽっちもないだろうし、思い切り遊べる夏はこれが最後。そういう意味でも、動かないと損損」

「でっ、でも……八色くんは、妹さんいますし……そんな自由に動き回ることなんて……」


 い、一緒にお風呂入ったり、同じ布団で寝るくらいお兄ちゃんに懐いている美穂ちゃんが、やすやすと八色くんをひとりで出かけさせるはずはないだろうし……。

「あー、あの可愛い小学生の妹さんね。その子なら大丈夫大丈夫。井野さんが八色君とよろしくしている間は私たちで面倒見てあげるから」


「へっ?」

「邪魔は入らないから、普段ひとりで悶々としながらしていることを八色君としても──」

「けほっ、ごほっ……きっ、急にな、にゃにを言い出すんでしゅか、い、池田しゃん」


 一瞬だけでも、頭のなかで八色くんが私にそういうことをしてくるのを想像してしまい、思わず鼻にツンとした感覚がこみあげて来ました。たまたまティッシュを手にしていたので、垂らさずには済みましたけど……。


「噛み噛みだよ? それに、八色君を誘い出す口実なら私、もう考えてあげているから」

「ひゃ、ひゃい……?」

「だって、今日よっくん先生の家に来たの、漫画研究会の会報に書くためのものだよね? なら、会報の原稿の執筆のために、八色君と一緒に缶詰になればいいんじゃない? これでワンアウト」


「そ、それはそうかもしれないですけど……」

「あと水着でツーアウト。それに……そのこっそり隠れた大きい果実でスリーアウトでゲームセットだよ。対戦ありがとうございました」


 最後に池田さんは、片肘はテーブルに残したまま、少し顔をニヤつかせて、

「女の私は誤魔化されないからなー。井野さん、隠れ巨乳だってことは、わかっているぞ」

 浮かせたもう片方の手で空にお椀の形を描きます。


「ひっ、ひぅっ……」

「ま、心配しない心配しない。井野さんはいい子だから、きっと八色君もわかってくれるって。むっつりスケベなところも人によっては加点要素だしね。へーきへーき」

 そ、そういうものなのかなあ……。私は不安です……。


「あ、もうこんな時間。さすがに夜遅くまで女子高生を連れ回すわけにもいかないし、そろそろ帰ろっか」

 池田さんは腕時計を確認してから、最後のクリームソーダを飲み干して、いそいそと帰り支度を始めます。伝票を右手に取って、


「それじゃ、私会計しているから、先お店出てていいよ」

 右目でウインクしてみせ、私にそう言いました。

 ……色々と弄ばれた気がする女子会は、そうやって終わりました、のはいいんですけど。


「ただいま……」

 家に帰って、疲れた私が玄関にへなへなと座りこんで靴を脱いでいると、

「おかえり円、珍しく遅かったんだね」

 もうお風呂を済ませたのであろうパジャマ姿のお父さんが迎えにきました。


「そうそう。最近八色君とはどうなんだい? まだ汚れを知らなさそうなあの男の子とは」

「どどどどっ、どうって、べっ、別に八色くんとはただの友達だしっ……」


「……本当に友達なら、夜な夜な湿った声で彼の名前を口にしないで欲しいんだけどなあ」

「ひっ、ひぃんっ! どっ、どうしてそれをっ」

「……いや、夜トイレに行くと、声が聞こえるから……」


 ……人生最大の失敗かもしれません。恥ずかしすぎて消えたいくらいです。お、お父さんに、そんな声を聞かれるなんて……。

「そんな夜に名前を呼んじゃうくらい、ベタ惚れの八色君とさ、これ。使いなよ」

「へっ、へ……?」


 お父さんは、座っている私に、ある二枚のチケットを手渡しました。ニコニコした顔で。

「僕は八色君なら歓迎だからねー。あんないい子を息子にできるなんて、幸せだ」

「ちょっ、だから友達だって言ってるのに……うう……」

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