第41話 童貞処女夫婦×私物調査

 八王子駅から少し。池田さんに案内されて、僕らは上川先生の愛の巣……ゲフンゲフン。アパートに到着した。

「……って、あれ? ワンルームの部屋に同居されているんですか? 先生」


 ふと、僕はそんなことに気づいて前を歩く池田さんに尋ねる。……なんていうか、その、アパートの外観が僕が今住んでいるそれと似通っていたから。


「……うん。なんだったら、大学生のときからずーっとここに住んでいるよ。よっくん先生上川先生は。そして、大学生のときから結婚する前までほとんど由芽ちゃんはここで寝泊まりをするという、半同棲みたいな状況だった」

「……そ、それはまた……」

 フィクションみたいな人生を送られていることで、上川先生。


 アパートの敷地内に入って、トントンと音を立てて先生の号室へと三人で向かう。

「大学三年生のときから付き合い始めて、今年で七年目? その間のほとんどを同じ部屋で寝泊まりしたっていうのに、未だ童貞と処女の三十路間近の夫婦だから、まあすごいよねー。そんな学生の恋愛じゃあるまいし、子供できちゃったって責任取れる年なのに」


「どっ」「しょっ、しょっ、ひぅん……」

 ……えっと、本日二度目の鼻血を頂きました。


「あれ? そんなに刺激強かった? 鼻血出してるけど」

「ひゃっ、ひゃいえっ」


 ひゃいえっ? ……ああ、いえって言ったのか。もう悲鳴が独特すぎてよくわからないよ。あと池田さん、これが通常運転なので、気にしたらきりがないと思います。


「んー、でも高校生って性欲真っ盛りの頃じゃない? 私も一度よっくん先生のこと押し倒したことあったし」

 池田さんは、「上川」と書かれた表札がかかった部屋の前で立ち止まって、カバンから合鍵を取り出す。


「おっ、押し倒す、ひぅぅ……」

 え、えっと……色々突っ込みたいところがあるんですけど……。そもそもなんで鍵を持っているのかってことと、そんな高校生を猿みたいに扱わなくても……。いや、経験談なのか。……そっちのほうが尚更問題なのでは?


 ガチャ、と音を立てて鍵を開けると、なるほど予想通りのワンルームの先生の家が僕らを出迎えた。

「よっくんー、連れて来たよー」

「……ああ、ありがとう。助かったよ」


 中からスーツ姿ではない私服の先生が出て来ては、僕らのことを迎える。

「……部屋に、ひと通り先生が持っている漫画本が入ったカラーボックスを置いておいたから、好きに読んでもらって構わないよ。あと、本棚にも多少は入っているし。……あ、でも、それ以外のは、触らないでもらえると助かるかな……」


 先生は僕と井野さんに視線を配って、そう話す。そして、

「さすがにこの狭い家に五人は入らないから、僕らは出かけちゃうね。綾、あとはよろしく。……くれぐれも、僕の生徒に変なこと吹き込まないでくれよ?」


 ちょっとやつれた顔で池田さんに釘を刺した。まだ、何か不安なことがあるのだろうか。

「わかってますってよっくんー。ちゃんとお留守番はするから、安心して由芽ちゃんとデートしてきてください。あ、なんだったら朝までお留守番しているので、由芽ちゃんと長―い夜を楽しんできても」


 あ、台詞ひとつで伏線回収した。


「──だからそういうことを生徒の前で言わないのっ。ったく……じゃあ、もう行くね。由芽さんー、出かけましょうかー」

 先生はコツンと池田さんにデコピンをお見舞いしてから、僕らと入れ替わる形で、八王子駅へと向かいだしていった。


「えへへ、善人くんとこんな感じでデートするの、いつぶりだろうねえ」

 すれ違い際、とても幸せそうに蕩けた表情をしている奥さんの様子と、それを眺める先生の優しそうな顔が、かなり印象的だった。


 部屋に入ると、僕のひとり暮らし先と似たような作りをしたワンルームが広がっていた。せいぜい違うのは、勉強机に国語辞典とか古語辞典とか、あるいは付箋がぎっしりつけられた教科書とかがあることと、


「……え、このカラーボックスの中身、全部漫画なんですか?」「……しゅ、しゅごい量」

 僕と井野さんが軽くドン引きするレベルの量の漫画が、そっと床に置かれていたことくらい、だろうか。


「まあ、今でもよっくんはガチのオタクだし……。暇なときはアニメ見るか漫画読むかだから、むしろ由芽ちゃんと外でデートするのが珍しいくらい。……大抵いつもお家デートしてたから。あ、置いてあるクッション適当に使っていいよ、ふたりとも」


「「あ、ありがとうございます」」


 僕らは池田さんのすすめに従って、隣りあわせに座る。すると、池田さんは途端に顔をニヤつかせ始めては、


「……じゃあ、よっくん先生が、どんなエロ本持っているか、調べちゃおうか」

 意味ありげに押し入れの前で両手を揉みだした。……あ、結局そうなるんですね。

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