第40話 良心の呵責×ペットな井野さん

 それから数日と経たずに、上川先生から家に来ていい日を何日か伝えられた。別に僕まで行くことはないのかなとか思ったりもしたけど、いい機会だしたまには漫画を読むのもいいかなと思い、バイトが確実に入らない日を先生に伝えておいた。


 ……ただ、どうしてもひとつ乗り越えないといけない障害ってやつが僕にはひとつあるわけで……。

「……美穂になんて説明しようかな……」

 極度のブラコンの美穂にどうやって外出しよう、ということだ。


 これまでの傾向からして、井野さんと出かけるなんて言ったら確実について来るだろうし、これまでの傾向からして井野さんの鼻から大量の血を噴射させるに違いない。


 ……僕の家ならまだいいけど(いや、社会通念上僕の家でもさしてよくはないのだろうけど)、さすがに上川先生の家を鼻血まみれにするわけにはいかない。となると、リスクにしかなり得ない美穂を連れて行きたくはない。


 ……なんだこれ、考えていること、犬とか猫のペットみたいだけど。……井野さんってもしかしてペットだったりするのか?

 なんて言うと、きっと彼女のことだからまた鼻血を出すのだろうけど。


 とまあ、失礼なことは一旦置いておいて。

 となると、一番無難なのは、バイトって嘘をついて夕方くらいまでに帰る、だろうか。

 武蔵境の駅について、ポタポタと歩いていると、スマホがブルブルと震え、そこには、


いの まどか:次の土曜日にどうって、先生が聞いてますけど……どうですか?


 日程もちゃんと決まったことだし、

「よし、美穂にはそう説明しておこう」

 学校から家に帰る道の途中、僕はそんなことを考えて歩いていた。


「ただいまー」

「お兄ちゃんお帰りー」

 玄関に入ると、まず真っ先に美穂が僕の両足にしがみついてくる。

 例によって僕とスキンシップを取る美穂に、早いうちに説明をしておこうと思う。


「あ、あのさ美穂。次の土曜日、急にバイトが入っちゃったからさ、また留守番して欲しいんだけど……」

「……え? またなの? この間もバイト入ってなかった? お兄ちゃん」

 部屋に入りつつそう言うと、美穂はちょっと渋そうな顔をする。


「う、うん。なんでもシフトに穴が開いちゃったとかなんとかで、僕が代わりに入ることになって、それで」

「……ふうん。せっかくこの週末は一日中お兄ちゃんと一緒にいられると思ったのになあ」

「……んぐ」


 ここ最近、まあまあバイトに入る頻度は増えていた。それゆえ、休日に美穂がずーっとひっついている時間も減っていたから、恐らくは土日どっちもバイトが入っていないこの週末を美穂が楽しみにしていた可能性は理解できる。

 ……しかも、今回に関してはバイトでもないという。


「でも、本当にバイトなら仕方ないよね。うん、わかった、お留守番してるね」

 うっ……胸が痛む……。良心の呵責が……。っていうか、「本当に」を強調しているあたり察していそうなのが怖いというか……。


「ん、うん、お願いね……」

「ねえねえ、お兄ちゃん。今日の晩ご飯は何?」

「え、えっと……じゃ、じゃあハンバーグにしよっか」

 せめてものお詫びというか、代わりというか、今日は美穂の好きなものにしておこう。


「ハンバーグっ? やったやったっ」

「ひき肉ひき肉……あっ、やべっ、冷凍してたの使い切ってたんだ。それじゃ買いに行かないと……」

「お買い物? だったら私も行くっ」


 無邪気にはしゃぐ妹の姿を見て、なんとなく、バイトって嘘をついてどこかに行くのはやめておこうと心のうちに思った。


 そして迎えた件の土曜日のお昼過ぎ。僕と井野さんは、先生に言われたJR八王子駅の改札前に集合していた。

 五分ほど待っていると、僕らのもとにやって来たのは、上川先生……ではなく、この間食事を一緒にした先生の幼馴染だという池田さん。


「おっ、時間通り時間通りー。感心感心。それじゃ行こうかー。ちゃんと井野さんも言いつけ通りおめかししていて偉いぞー」

「ひっ、ひぅっ……そっ、それはっ」


 ……池田さんの言う通り、今日の井野さんも見るからに気合が入っているというか、時間がかかっているんだろうなって感じるというか。少しずつ季節が夏に近づいていて、気温が上がってきているからか、今日は半袖にしているし。


「まあまあ。とりあえず、よっくん先生たちの愛の巣に向かいましょー」

「あっ、愛の巣……ひゃうぅん……」

 ……あと、鼻血もアクセル全開に踏んでるし……。

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