第37話 先生の頼みごと×(井野さんのナニかの)罪悪感
〇
翌日。次の日も軽く起きている井野フィーバーは続いていて、僕が学校に登校すると、廊下にはどこかそわそわしている男子生徒がチラホラ。
……まあ、さすがに一日やそっとじゃフィーバータイムは終わらないか。井野さんは相変わらず居心地悪そうにもじもじしているけど、昨日みたいに逃げ出すってことはなさそうだ。
二日連続でフォローしに行くのもそれはそれでまあなんかね。とにかく彼女が欲しいクラスの友達に怪しまれても不思議ではないし。
今日は接触はしない方向性でいとこう……。って、思っていたんだけど、その決意はあっさりとその日の放課後のうちに崩された。
帰りのホームルームが終わって、僕はすぐに家に帰ろうとすると、未だ疲れ切った表情が抜けていない上川先生に呼び出された。
「あ、八色君―、ちょっとだけいいかな」
「は、はい、なんでしょう……」
「いや、そんな悪いこと、ではないから大丈夫? だよ……」
なんで先生がそんな自信なさげに言うんですか……こっちが不安になりますって。
放課後の掃除が始まる教室のなか、教卓の近くに顔を向かい合わせる僕と上川先生。
「多分、井野さんと仲が良い八色君なら知っているかもしれないけど、漫画研究会、今年の学祭で会報を発行するんだけど、どうにもページ数が埋まりそうにないって井野さんから相談を受けてね? 部員じゃない八色君にお願いするのも変な話なんだけど、協力して欲しくて……」
……おう、なるほど。それは大変だ。
「……先生もちょっぴり書くことになったんだけど、それでも足りそうになくて」
先生も書かれるんですね。……ますます大変ですね。
「図書局が忙しくなければでいいから、お願いできないかな……?」
沈痛そうな面持ちで上川先生にお願いされて、僕にもはや断るという選択肢は残されていない。……ただでさえ、奥さんとの関係で胃を痛めているのに、これ以上胃痛の種を増やさせるのも気が引けるし……。
「……ぼ、僕は別に大丈夫ですけど……」
「本当に? ありがとう……めちゃくちゃ助かるよ……」
僕が承諾の意を伝えると、心の底からホッとした顔をした先生が、安心したようにため息をついた。
「……このままだと、教師になったのに僕と井野さんで夏休みにどこかで缶詰になるところだったから……ほんと助かるよ。詳しいことは、またそのうち話すから、よろしくね」
「は、はい……」
あれ、今缶詰っていうなんか不穏な単語が聞こえたんだけど……それ、もしかして僕も巻き込まれたりします? 手伝うくらいでいいんですよね? そんな、十ページも書けとか言われませんよね?
「それじゃあ、話はこれで終わりだから、もう行っていいよ」
……なんとなく心配な気持ちになった僕は、先生に挨拶をしたのち、漫画研究会の部室に向かうことにした。放っておくと、本当にとんでもない量のページが割り当てられそうだし。こういうのは早めに確認しておくに越したことはない。
教室から特別棟に移動して、一階の隅にある部室の扉を軽くノックしてから、僕は部室に入る。
「ひゃっ、ひゃいっ! あ、や、八色くん……」
僕の姿を認めた井野さんは、もはや隠す意味があるのかどうかわからない原稿用紙を大慌てで机の下に突っ込んで、僕から見えないようにしている。……この間、もう見ちゃったんだけどなあ。男同士の濃厚な絡みをしているシーンとか。
「さ、さっき上川先生に頼まれたんだけど……って」
会報の話をしようかと思ったのだけど、なぜか目の前に座っている井野さんは僕の顔を見てはポッと頬を火照らせては、呼吸するように鼻血をポタリと垂らし始めていた。
「……は、鼻血出てるけど……大丈夫?」
え? 何か鼻血出す要素どこかにあった? もしかして、僕のズボンのチャック開いてる? それとも存在自体がいかがわしかったりするのかな僕、だとしたらちょっと悲しいというか。
「ひぅっ! しゅ、しゅみましぇんっ、そっ、そういうつもりじゃ……」
「そ、そういうつもりって……?」
サラッとズボンを確認したけど、チャックはちゃんと閉められていた。だから僕は悪くない、はず。
「ひゃうっ、そ、その……な、なんでもないですっ、なんでもっ。わ、私の個人的なことなのでっ」
体を丸く小さくさせ、そしてスカートの裾をぎゅっと掴んではもぞもぞとする井野さん。
「……ん?」
どうかしたのかな……? まあ、正直井野さんの性に対するスイッチ、よくわからないところもあるし……別にいいんだけど……。
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