第30話 困らせたい×弄びたい
顔を真っ赤にした井野さんは、かくついた動きで僕のほうを見ては、両手で自分の胸を隠そうとする。……なんやかんやで耐性はそんなに強くないんですね、わかってましたよ。
「……こら、美穂。こういう場所でそういうこと聞かない。井野さん困っているでしょ?」
コツンとおでこに軽くデコピンをして注意すると、「いてっ」とそこを押さえた美穂は僕を見上げながら、
「でも、お兄ちゃんだって気にならないの? 他に高校生のお兄ちゃんがいる人も、そういう本持ってたって友達言ってたし」
至極純粋な瞳のまま尋ねる。……おいどこのどいつだ、小学四年生に見つかるようなエロ本の管理をしている高校生は。もっとわかりにくいところに隠せ。母親にも見つかっているぞきっとそれ。
「……いや、まあ、興味があるかないかで言えばある、ってことになるけど、それを聞いていいかどうかとはまた別問題だし」
「ふーん、そういうものなんだね」
なんだろう、お説教の内容が思春期男子に対するものな気がする。知らないけど、僕はそういうことで親や先生から怒られた経験ないから、わからないけど。
「じゃあじゃあ、井野さんは普段どういう生活しているの?」
「へ、へっ? え、えっと……そ、それは……」
すぐさま話題を転換する美穂。……いや、これはもしかして。井野さんの胸のことを聞きたかったのではなく、
「……ただ単に、井野さんを困らせたいだけ、か……やりかたが回りくどいよ……とほほ」
「……? お兄ちゃん? 何か言った?」
「いや、なんでも?」
妙な機転も利くようになってしまったなあ、僕の妹は……。と、心身両面での成長を感じる一日になってしまった。
「ふ、普通だよ? 普通。漫画読んだり、テレビ見たりして、お風呂入って、寝る。……くらいだよ?」
(怪しい)漫画読んだり、(怪しい)テレビ見たり、っていう注釈がついてそうな気がするのは僕だけでしょうか。
「へー、じゃあ私も普通に生活していれば、井野さんくらいまで大きくなるのかなあ」
「…………。そ、そうじゃないかなあ、よくわからないけどね」
何? 今の不自然な間って何? まだ何かあったの本当は? 誤魔化すならもうちょい上手に隠してよお願いします。
なんか妙な疑念が生まれたような生まれていないような。
そんなふうにして、美穂の下着選びは無事終了した。
ショッピングモールを出て、再び待ち合わせた駅前のロータリーで立ち止まっては、
「今日はありがとうございました……。おかげで助かりました……」
改めて、井野さんにそうお礼を言っておく。
「いっ、いえっ。そっ、そんな私は特に何も……」
「また、このお礼はそのうちどこかでするんで」
「でっ、でもっ──あっ」
すると、突然スマホの着信音が僕らの間に鳴り響いた。僕のものでもなければ、美穂のでもない。となると……、
「すっ、すみませんっ、ちょっと出ますね──も、もしもしお父さん?」
……あ、はい、お家からの電話でしたか。
「──で、デートっ、そ、そんなんじゃないってっ、か、勝手なこと言わないでよお……」
……そして、電話越しでも弄ばれているんですね井野さん。左手が忙しなく動いてますよあわあわと。
「えっ? これからお母さんと出かけるの? 帰るのは十一時……う、うん。わ、わかった。え? なんでちょっと声ニヤついているのお父さん? お、お父さん? あっ……」
お、お疲れ様です、と内心労いの声を掛ける。
「お、お父さんからでした……すみません、話の途中だったのに」
「いや、全然全然」
「それでは、私はこれで帰りますね……。今日はありがとうございました」
井野さんはそう言って、トートバックのなかからICカードを取り出して、改札口へと向かおうとした、のだけれど。
「……あれ?」
そんな不穏な声を発して、バッグの中身をごそごそと漁り始める。
ど、どうかしたのだろうか……?
「……え? う、うそ……。し、しかもお父さん電話出てくれないし……なんで?」
「な、何かあった……?」
右手に美穂がべったりとくっついたまま、僕は井野さんのもとに近寄って、事情を聞く。
「……その、家の鍵を、忘れちゃって……家にも電話繋がらなくて……」
……ニヤついたお父さんの声、繋がらない電話。……あっ。
電話越しどころか、電話がなくても弄ばれているんだね、井野さん……。さすがに不憫。
「……うちで晩ご飯、食べてく……?」
かわいそうだったので僕はつい、そんな提案を彼女にした。
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