第29話 下着売り場×爆弾投下

「……お兄ちゃん? 何ちょっと顔赤くさせているの?」

 あまりにも長い間、僕らが黙りこくっていると、しびれを切らしたのか、美穂がやや冷めた口調で僕に突っかかる。


 いや、だって……ねえ?


 まず目を隠していた前髪が短くなっているんですよ? そのおかげで、くっきりと赤いフレームの眼鏡と、フレームの下に浮かぶほくろに、ちょっと自信なさげに俯いている目が見えるわけで。その時点で「あれ?」ってなるわけでございまして。


 髪に関しては前髪だけじゃなくて、三つ編みからポニーテールに結びかたが変わっているし、なんかちょっと白色の花飾りがついたシュシュ使っているしで。


 ……え? この間のバイトのときといい、休日に呼び出したときといい、全然印象が違くないですか? あれ? 僕の目が壊れたかな?


「……うう、や、やっぱり変でしたよねっ、ちょ、ちょっと私、駅のお手洗い行って直してきますっ」

 僕がずっとあんぐりとしていたことで、逆に井野さんは不安指数が溜まりに溜まって、たまらず僕らから離れようとしてしまう。


「あっ、いやっ、そ、そういうことじゃなくて……」

 反射で僕は井野さんを呼び止めると、彼女は眼鏡のレンズ越しにうるうると瞳を揺らしては、あっちこっちと視線を飛ばして最終的にまた足元を見つめる。


「……に、似合っている、と、思います……うん……か、髪型も、服も」

 変わったのは、何も髪型だけではない。今まで見たことのある私服は、どこか単調というか。よく言えばシンプル、悪く言えば飾りっ気がない感じだったけど。


 今日のは、こっそりと胸元に蝶のような模様が咲いたクリーム色の……これはワンピースと言っていいのかな。トップスとボトムスが一体化しているし……。

 それに、足元に伸びる目に優しい緑色のカラータイツが、より井野さんの温和な雰囲気をよく醸し出しているというか……。


「って、あっ、ちょい美穂っ」

 などと水面下で色々考えていると、とうとうご機嫌斜めになった美穂が、むすっとした表情になり、僕の手を強引に引っ張っては、

「もう行こ、お兄ちゃんっ」

 と、先にお店に行こうとしてしまう。


「ちょ、ちょ、力強っ、待て待てっ、僕だけだと何もわかんかいからっ、落ち着いてっ」

 歩きたがらない犬を強引に引っ張るような様は、まさに異様。……っていうか、こういうのって駄々をこねる子供を親がなんとか動かそうとするケースにあるんであって、これは立場が逆なのでは……?


 なんてスタートを切った今回の妹のはじめての(下着の)お買い物は、しかしまあ予想の範疇には収まったものだった。どっかしらで美穂が井野さんにこういう反応を見せるとは思っていたし。……出だしからだと、この先が大分心配ではあるけど。


 女性用の下着にも色々あるみたいで(井野さんが美穂に説明していたのを聞いていたのによると)、ほんとついて来てもらって正解だったと内心思っていた。


 今回お買い物をするのは、駅前にあるショッピングセンターにある下着売り場です。ええ。多分そういう専門店とかになったら真面目に一万円札を井野さんに預けてお願いしますって土下座するところだった。ここだったらまだ、視線の逃げ場って奴が存在するからなんとかなる、はず。


 目的の売り場に到着した後、休憩用に設置されているベンチに僕は座って、持ってきていた図書室から借りた本を読んで暇を潰していたのだけど、まあ、ここでも美穂はやはり予想通りのムーブをかましてくれた。


 僕を呼ぶでしょ? 行くでしょ? 絶対それ大人用のだよね? って突っ込みを入れたくなるのを見せてくるでしょ? 井野さんが困り笑いをするでしょ? でワンセット。これを何回か繰り返すことになった。


 ……どうせ洗濯するのは僕になるから、今見ようが大した違いはないのだけど、慣れないうちはやはり恥ずかしいものはある。多分。

 というわけで、大体を「……うん、そういうのはもうちょい大人になってからねー」と軽くいなして、またベンチに戻るの繰り返し。


 僕が塩対応を繰り返しているうちに、美穂も飽きたのか諦めたのかは知らないけど、手ごろなものをとりあえず三セットかごに入れた状態で、僕を会計に呼び出した。かかった時間、約二時間。予想よりかは早い。


「ありがとうございましたー」

 なんか生温かい目線を店員さんに向けられつつ、僕らは下着売り場を後にしようとしたのだけれど、


「じゃあ、井野さんは、ここに売ってるようなの、つけてるの?」

「え、えっ……?」

 最後の最後に、美穂はそんな爆弾を僕らの間に放りこんできた。


「それに、高校生になったら、これくらい大きくなるのかなーって」

「ひっ、ひぅっ!」

 ……重ね重ね、うちの愚妹がほんとすみません……後で説教しておくんで……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る