第27話 年上の先輩×応援宣言

 〇


 う、うう……知らない人がいっぱい……。まだ美穂ちゃんにも慣れていないのに……。

 ひょんなことから先生にご飯をご馳走していただけることになりましたけど、今のこの環境は、人見知りの私にとっては辛い以外に言葉が見つかりません。まともに話せるのは先生と八色くんだけなんですが、先生は両脇に幼馴染さんと奥さんに囲まれてそれにかかりっきりになっているし、八色くんに話しかけようとすると、決まって美穂ちゃんが邪魔をしてくるというか……。


「あ、お兄ちゃんお水ちょうだーい」「ティッシュあるー?」などと、いいタイミングで八色くんを取られてしまいます。こうなると、私はただひたすら無言で目の前にあるカレーを食べるだけの機械と成り下がります。


 ……あ、このカレー、美味しい……。お金に余裕ができたらまた食べに行こうかなあ……。多分、ひとりでだけど……。


「それじゃ、よっくんごちそうさまー、今度はもっと高いの期待してるねー」

 ご飯も食べ終わって、もう夜も深い時間なので現地で解散することになりました。高円寺に家がある私と先生の幼馴染の池田さん、八色くんと先生たちの電車に乗る人たちに別れ、それぞれの家路へと歩いていきます。


「よし、それじゃあ帰りますか、えーと、井野さん、だっけ?」

「ひゃっ、ひゃいっ。い、井野です……」

 見ている私が眩しくて溶けてしまいそうなくらい朗らかな笑みを浮かべた池田さんは、そう言って電車組の皆さんとは反対側へと向かいはじめます。ぼ、ぼっちで陰キャの私には今の笑顔は直視できません……うう。


「今二年生だっけ、じゃあ一番楽しい時期かもねー」

 スマホをポチポチと触りながら、ゆっくりとした速度で歩く池田さん。駅前は人で賑わう高円寺とは言え、ちょっと駅から離れて、住宅街に入ると閑静な街になる。私たちの歩く音と、声しか辺りには響かない。


「は、はい……そうかも、ですね……」

 実際問題、三年生になると受験とかで忙しくなるし、楽しい高校生活を送れるのは二年生まで、とはよく聞きます。じゃあ、私の今が楽しいのか、と聞かれると。

 ……楽しいは楽しいですけど、別に多分大学生になってもこの楽しさは継続していそうっていうのが、実感というか……。


「彼氏いるの?」

 などと、頭のなかで長々とひとりごとを呟いていると、スマホをジーパンのポケットにしまった池田さんが流れるように尋ねてきました。


「へっ、へっ? そっ、そんなわけないじゃないですかっ、わ、私なんかにそ、そんな」

 突然の質問にびっくりした私は、その場に立ち止まって両手をわちゃわちゃとさせながら何度も否定します。すると、


「えー? そうなの? 周りの男子見る目ないねー。これだからお子様は」

 そう言って池田さんは私のもとに近づいては、髪や眼鏡を手に取って、

「確かに、見た目はなんかおとなしめだけど、ちょっと垢抜けたら印象がらっと変わりそうだよ? 素で可愛いからだよ、そんなに卑下することないない」


 いつか、八色くんが私にしたことと、似たようなことをしてきました。八色くんは眼鏡だけだったけど、池田さんは髪の毛まで……。


「そっ、そんなことっ……」

「じゃあじゃあ、好きな人はいるの? 高校生なんだし、いないってことはないと思うけど。あっ、もしかして、今日一緒にいた男の子とか?」

 外した眼鏡を戻しつつ、池田さんは矢継ぎ早に質問を投げてきます。


「何回か、チラチラと視線が追いかけてたから、もしかして、とは思ってたけど」

「ひっ、ひうっ」

 ……み、見られてました……は、恥ずかしい……。って言ってもただ単に話しかけるタイミングを窺っていただけなのでそ、そんな勝手に目が向いていたとかそういうことではなくて……。


「ち、違いますっ、そっ、そんなっ、すっ、好きとかそういうのじゃなくてっ……」

「そういうのじゃなくて?」

「……わ、私みたいな人にも、分け隔てなく接してくれるってだけで……。そ、それに、私なんかに好かれたって、迷惑なだけでっ……」


 あわあわと焦りつつも答えると、池田さんは「ふーん」と大げさに頷いてみせては、

「でも、そういう言葉が口から出てくるってことは、少なからず好意は持っているってことだよね?」

 ばっさりと告げる。私は、何も言い返すことができない。


「沈黙は肯定とみなしますねー。なるほどなるほど……。よしっ、決めたっ」

「ひゃっ、ひゃいっ!」

「私が、ちょっと拗れかけている井野さんの淡い恋心を応援してあげよう!」

「……はひ?」


 夜の人通りのない住宅街。月明りに街灯が照らす道に、私の間抜けな声がこだました。

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