第17話 ブラコン×匂い
井野さんを送り届けて、自宅がある武蔵境駅に着いたのは予定より一時間遅い時間。
「……一応、美穂に連絡は入れたけど、帰ったら機嫌取らないとかもなあ……。帰りにちょっと高いプリンでも買ってくか……」
なんて、ボソボソとひとりごとを呟きながら、夜の七時過ぎに、電車を降りて改札を通ろうとすると、
「なっ……へっ、へ?」
「……お兄ちゃん、遅い」
改札前の柱に、ハリセンボンと見間違えそうになるくらい頬を膨らませた美穂が僕のことを待っていた。
「な、なんでここに……? 留守番してるんじゃ……?」
「待ちきれないから、迎えに来たけど……一時間も遅くなるなんて思ってなかったもん」
……僕は妹のブラコンぶりを少々舐めていたかもしれない。
先に言ったように、ほっぺたに風船は作っているけど、僕が改札を出ると同時にこちらにやって来て、美穂は僕にひっついて手をしっかりと繋いでくる。
これは……怒っているというよりかは、寂しがっていた、というべきだろうか……。割合にすれば一対九くらいの。
「……お兄ちゃん、最近急に帰りが遅くなること増えてきたよね? 何かあるの?」
ギュッとシャツの裾を掴んで、僕の顔を見上げる美穂。下ろす視線の先には、妹のつぶらな瞳がばっちり映る。
「……え、えっと……た、たまたまだよ、たまたま」
多分、この急に帰りが遅くなるっていうのは、警察署に事情聴取に行った日、井野さんとメックに行った日、それに今日、ってことなんだろうけど……。
全部井野さん絡みだ……。
ただでさえ僕にべったりな妹に、同じ女の子が一枚噛んだ上で帰りが遅くなっていますなんて言ったら……面倒になること請け合いだ。
「ほんとに? たまたまなの?」
ジーっと純粋な表情のまま僕を見つめる美穂。……こ、これは単純に疑われてますね……ははは……。
「でも、最近お兄ちゃんからいつもと違う匂いがするんだよなあ……。家の柔軟剤と違う香りっていうか……なんというか。今日もちょっとしているし」
これ完全に井野さんの香りのこと言っているよね? あれ、やばくない? 気づかれるのもしかして?
「いつもお兄ちゃんの側にいるから、匂いが混ざるとわかるんだよねー」
「……はは、そっか。ところで美穂、お高―いプリン、食べたくない?」
これ以上踏み込まれると本格的にまずい、と判断した僕は、ひとまず食べ物で美穂の興味を釣ることに。
「えっ、プリン? いいのっ?」
「ああ、いいとも」
プリンという単語を口にした途端、瞳を輝かせて子供らしくはしゃいでみせては、さらに僕にひっつく美穂。
……よし、釣れた。これでなんとかなる……。
「あ、でも、今度また同じ匂いがしたら、そのときはちゃんと説明してもらうからね、お兄ちゃん」
……なんとかなりませんでした。とほほ……。
〇
「……すんすん、こ、これ……八色くんの匂い、かな……」
単発のバイトが終わって、晩ご飯も済ませた後、私は自分の部屋のベッドで横になっていました。
足はまだ痛むので、とりあえず今日のところはもうゆっくりするつもりです。
そんななか、シャワーを浴びたあと、パジャマに着替えたのですが、そのときに脱いだセーターをふと嗅いでみると、私の家のとはまた違った香りが少しだけしてきました。
恐らく、今日駅から家までおんぶしてくれたことによって、多少香りがついたのだと思います。
「……い、いい匂い……」
ベッドの上で自分のセーターを嗅いでクルクルと寝返っている私。端から見れば完璧に変な子です。こんなところ、誰かに見られたら……。
「円―、入るよー。足の調子は……」
思っていると、コンコンとノックをしたのちに、お父さんがそう言いながら部屋のドアを開けて入ってきた。両手には、薬の匂いがするカラーボックスを持っている。多分、湿布とかそういうのが入っているんだろうけど……。
「……ご、ごめん、まさかこんな時間からとは思ってなくて……と、取り込み中だったみたいだね……出直しまーす」
「ひぅっ! おっ、お父さんっ、こっ、これは違くてっ! 違うってばー!」
……結局、また両親に恥ずかしいところを見られてしまいました。……うう……。
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