第2話 誤解×お願い
その次の日。春の陽射しが暖かい朝、僕はひとりで駅から学校までの道のりを歩いていた。早くもなく、遅くもない時間に学校に向かっているので、近くには同じ高校の制服を着た生徒がたくさんいる。
「…………」
が、いるはいるんだけど、なんか妙に後ろから視線を感じるというか……。
僕はふと、背中を振り返ってみる。みるけど、視線の主を見つけることはできない。ただ、あるのは友達と一緒に談笑している朝の登校風景だけ。
……気のせいかな。でも、なんか見られている気がするんだよな……。
その誰かに見られているような感覚は、校門を通って並木道に囲まれた遊歩道を歩いているときも、生徒玄関に入って外靴から上履きに履き替えているときも、そこから階段を上がって教室に向かっていくときも、なくなることはなかった。
さすがに授業中にその視線を感じることはなかったけど、やはり休み時間や、昼休みになると、どうも今度は横から視線が飛んでいる気がする。
そんなことが一週間くらい続いたある日の昼休みのこと。一緒に弁当を食べるクラスの友達から、
「なあ、八色。お前、あの子と知り合いなのか?」
教室の外を指さしつつ、そんなことを言われた。
「へ? あの子って……あ」
いきなり言われたので、反射で廊下に視線を移すと、ひょこりとドアの影に隠れていく女の子の姿が視界に入った。
「なんか、ここ最近ずーっとドアの影に立ってチラチラと八色のこと見てるからさ。もしかして、お前のファンとか?」
「……冴えない図書局員に女の子のファンがつくとでも思うか? 漫画の登場人物じゃあるまいし」
自分で言っていてなんか辛くもなるけど。
……というか、あの目もとまで隠れている三つ編みの子、この間のひったくりの子だよ……。何か僕に用でもあるのかな……。
「ま、それもそうだな。そういうのは体育系の部活の奴らにおまかせだよ」
少しは否定もしてくれよ……。
「いや、一応顔見知りではあるから……。ちょっと出てくる」
恐らく、ここ最近気になっていた視線の主も、彼女のことだろう。ちょうどいいや。僕は食べかけの弁当のフタを閉じて、いそいそと教室の外に出る。ドアの物影をそっと覗きこむと、
「ひっ、ひうっ……」
僕の登場に驚いたのか、かたつむりみたいに首をすくめて小さくなっている井野さんが目の前に立っていた。
「えっ」
僕もそこまで驚かれるなんて思っていなかったので、ちょっと慌てて両手を出して何もしないよってジェスチャーを取る。
「えっと……何か僕にあった? ここ最近、ずっと教室に来ているみたいだけど……」
とりあえず、単刀直入に尋ねると、さらに井野さんはキュウっと音を立てて小さくなっていく。
え、ええ……? ちょっと質問しただけなのに……?
僕が何も言えずに困惑しきっていると、井野さんは何を思ったのか突然僕の両手を掴んでは、いきなりどこかへ早足で歩き始めた。
「え、えっ? ちょ、ちょっとどうしたの? ね、ねえっ」
わけがわからないままついていくと、連れて来られたのは教室と同じフロアにある空き教室。普段は立ち入りを禁止されているので、ここに生徒は誰もいない。
井野さんに手を引かれたまま空き教室の中央まで行くと、
「……あっ、あのっ!」
今までだんまりだった彼女がようやく口を開いた。顔は俯いたままで、体の前で合わせている両手はどこか震えているようにも見える。
何? このシチュエーション。いきなり何が起きているの僕?
「……あっ、あのことをっ、だ、誰にも言わないで欲しくて……!」
頭の回転が追いつかないまま、彼女の二の句を聞くと、ますます意味がわからなくなってしまった。
あ、あのこと……? って、何?
「……それって……、この間、ひったくりに遭ったこと?」
僕が聞き返すと、井野さんはちょっとだけ困ったように眉をひそめて、
「そっ、それも……そうなんですけど……」
それも、ってことは他にも何かあるんだ……。でも、僕それ以外で井野さんのこと何も知らないよ? 誰かに言いふらせるようなことなんで何も。
「そのっ……な、なんでもするのでっ、お願いですから、あのこと誰にも言わないでくださいっ!」
軽く爆弾発言な気もするけど……。あのことって、本当に何ですか……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます