学食の二人

口一 二三四

学食の二人

 うちの学食は広い。

 どれくらい広いかと言うと、学食棟なる建物を立てて二階建てテラス席有りにするぐらい広い。

 それで閑古鳥が鳴いていたら箱物作って入れるモノ無しになってしまうのだが、そうならないどころかいつも満席なぐらい昼になれば生徒で賑わう。

 特に午前の授業が終わってすぐなどは混みに混んで人がごった返しているほど。

 お弁当を持ってきて教室で食べる人もいるのにこの盛況っぷりは、さすが近隣で唯一の学校だなと人波に揉まれながら思ってしまう。

 入口の券売機で目当ての定食を買い、食事を配膳してくれるおばちゃんのところへ持って行く。


「はいお待たせ」


「ありがとうおばちゃん」


 安くて美味しいカラアゲの匂いがこっちまで漂ってきたと思ったらすぐ出てくるほど早いのだから、少ないお金でお腹を満たし昼休みを有意義に過ごしたい生徒達に受けないはずがない。

 小盛りにしてもらったご飯とカラアゲとお味噌汁が乗ったトレーを両手に席を探す。

 スタートダッシュが遅れたためか室内は既に満席で、窓の外のテラス席を見ても座れる可能性は低そうだった。

 相席するにも今ひと一人分以上空いている席と言えば一か所ぐらい。

 どこかが空くのを待つのも手だけど、それでは折角のお昼ご飯が冷めてしまうし、なにより。お昼休みが減ってしまう。


「はぁ、仕方ないか」


 観念してため息を吐く。

 周りからの「おいおい正気かあの子」って視線が面倒だから控えたいのだけど、と。

 心の中で呟いて学食に入った時から見えていた空席に向かう。


「すみません今日も相席よろしいでしょーか?」


 学食の端っこ。空いている時間なら教科書とか持ってきて勉強するのに最適なそこには、仏頂面でカレーを食べる彼がいた。


「……チッ、またかよ」


 素行が悪く校内外での問題も多い彼は私の幼馴染だ。

 乱暴者で顔つきも悪い彼は私が知る限り全校生徒から恐れられている。

 その証拠に、彼に近づくと学食内の視線が一瞬私に集まる。

 例え満員でそこだけしか座る場所が無いとしても、彼が座る四人席を選ぶ者は誰もいない。

 いたとしてもそれは彼に用事(ケンカ売るとか)がある人や昔から彼を恐れていない人ぐらい。


「はいまたです。ごめんなさいね」


 私がどちらかと言えばケンカが弱いので当然後者である。

 カラアゲ定食の乗ったトレーを先に置いて椅子を引く。


「……今日はカラアゲか」


「そっちは今日もカレーなんだね」


「うるせぇ文句あんのか?」


「なんで私がカレーに文句つけないといけないのよ」


 スカートを押さえながら座り、「頂きます」と両手を合わせる。


「昨日はエビフライだったな」


「邪険にするわりにはよく覚えてるよね」


 お味噌汁を一口飲んでご飯にお箸を伸ばす。

 よく噛んでからカラアゲを一つ掴み、ひとかじり。


「揚げ物ばっかで太るぞ」


「うるさい毎日カレー男」


「んだと?」


 オラつきを真正面に受けながらサラダを食べる。

 太る太らない気にしているわけではないけど、野菜はドレッシングがかかっていない方が好ましいのでそこだけはおばちゃんにお願いしている。


「大体カレーばっかりで飽きないの?」


「……好きなんだよカレー」


「それは知ってるけど」


「じゃあ聞くなよ」


 私達の会話はいつもこんな具合だ。

 このお昼の間だけ、ではなく、昔からいつも。


「はい、これ」


「……んだよ?」


「カラアゲ一つあげる。座らせてくれたお礼」


「……チッ、んじゃあオレも」


 特別仲がいいわけではない。だからと言って別段仲が悪いわけでもない。

 ただ私は小さい頃の彼を知っていて、彼は小さい頃の私を知っている。

 私の方が乱暴者で、彼の方が大人しかった時期を。


「いらないわよ食べかけのカレーなんか」


「んだよクソッ!」


 それを知っているからこそ、私は彼に対して恐れを抱かないし、彼も私を許容してくれる。

 友達でも、同級生でも、恋人でもない。

 この関係性を表す名称を、私は知らない。

 きっと彼も知らないだろうから。


「…………」


「……なんだよ、急にジッと見て」


「袖にご飯粒付いてるよ?」


「!!」


 こういうのを、『腐れ縁』と言うのだろう。

 それがなんともしっくりきて。

 彼の様子がおかしくて。


「ふふっ」


「笑うなよっ!」


「えーだって、ふふっ」


 お水の入ったコップを持ちながら、思わず笑みがこぼれた。

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