第69話
「黒乃? キスとかしちゃだめだ、いいな?」
「で、でも……。私、先輩ともっと……」
「ダメだ」
「は、はい……。我慢します……」
よかった。これでエロいことはしてこないだろうな。それにキスも。そもそもこの一番人に見えやすい場所で、そのようなことはしないと分かっている。すぐ隣には宵坂がいるし、入口には司書さんがいるのだから。
宵坂は、本を読む僕に話しかけてくる。もはや邪魔をしていると言っても過言ではなかった。なんか、さっき会った神木さんが頭に浮かぶ。あの子の場合は、自分が構って欲しいからであるが、宵坂はどうなのだろうか。同じだったら、ちょっとだけ距離を取ろう。
「拓? 最近どうよ?」
「なんだよその質問……。別にどうもしてないけど?」
「五十嵐と別れたらしいな」
「お前、それどこで聞いた? てか、なんで付き合ってたこと知ってんだよ」
「昨年に黒乃ちゃんから。別れたってのはこの間聞いた」
「いや、全然知られてもいいんだけどな? そのこと知ってたの、黒乃くらいだし……」
「あとは同じ小学校のやつらだろ? そりゃあ当然か。なんせ小学校の頃からラブラブだったらしいからな!」
「うるさい」
ハッ、と鼻を鳴らして宵坂は真剣な顔になる。
「どっちからフッたんだ?」
「僕」
「おーすっげー。あの五十嵐をフッたやつ、多分だけど地球上でお前が初めてかもな。多分じゃないか、絶対か」
「そうかもなー」
「……まあ、俺もふると思うけど」
「は? なんで?」
「流石に彼氏を監禁するのはよくないだろ?」
「お前、知ってたのかよ……。どうだった? それ聞いて……」
「はっきり言うと幻滅だな。俺も好きだったからなー、五十嵐のことは……」
そう。宵坂は白乃のことが好きだった。だから僕に、『好きな男のタイプを聞いてきてくれ』と頼んできたのだ。
僕も、白乃のことは初恋の少女であり、異性としても意識してたから、聞くことはなかった。もし、あの時宵坂の頼みをやって教えていたら、どうなっていたのだろう。白乃と宵坂は付き合っていただろうか。
いや、ないな。当時の白乃は、学校ではあんまり関わることがなかったけど、遊んだり一緒に帰っていた時は、好き好きオーラが溢れ出るほどベタベタしてきたし、言葉で伝えてくることもあった。考えたら、その時から付き合えたはずだけど、やっぱり心の底では勇気がない自分がいたのだ。
「でも、白乃は変わったんだよ。僕と別れてからは、強引にすることもなくなった。当然監禁も。僕がチャンスを与えたからね」
「チャンス?」
「そう。別れたけど、また付き合うかもしれないって伝えたんだ。そしたら、『本気でオトしに行く』って言ってたよ」
「へぇ……。いつまで経ってもラブラブなんだな……」
「先輩? お姉ちゃんのこと、まだ想ってるんですか?」
「分からない。色々ありすぎて、分からないんだ」
黒乃は一つため息をついた。
「さっきからすごくイライラする話ばかりなので、少し話題を変えていただけると助かります。そうじゃないと、私の持っている本のページが全てクシャクシャになっちゃいますので……」
本は大切にな。それ、図書館のやつだから。僕は紙のために話を変えざるを得なくなってしまった。
****
「最近、サッカーやってるか?」
「やってない」
「なんでだ?」
「意味がないし、理由もない」
「あー……。あの時お前言ってたな。色々と不安定で、荒れ始めた時期に」
「別にそういうのじゃなかった。受け入れることが難しかっただけなんだよ」
「それで不安定になったんだろ? だからヤンキーをぶっ飛ばして問題になった」
「やめろ、その話は」
宵坂は小さく『すまん』と言って、無言になって図書館に置いてあるサッカー漫画を手に取った。
本を読んでいても、全く内容が入ってこない。当時を思い出していたからだ。僕が荒れるようになった時期。家庭で色々とあって、不安定になってしまった時期。僕が、サッカーをすることに疑問を感じた時期。
母が出て行った。それはとても大きなことだった。
僕は、その時の父と母の仲を知っていた。久しぶりに会えばすぐに口喧嘩をする二人。僕の進路について、言い争いを繰り広げる二人。
思えば、喧嘩をしなくなった時はもう、離婚すると決めていたのかもしれない。会話をすることもなく、静かに行動していたからだ。まるで他人のようだった。
サッカーをしなくなったのも、これが原因かもしれない。大好きなサッカーの意欲が薄れたのは、母が出て行ったから。僕も母もサッカーが好きだった。僕はサッカーをするのが好きで、母は見るのが好きだった。だから試合に見にきてくれるだけで、僕はとても嬉しかった。母が楽しいと思える、そして母の嬉しそうな顔を見れる。それだけで、サッカーをする理由にはなり得るはずだ。
でも結局、話し合いによる話し合いの末、親権は父に渡ることとなった。これの理由は分からない。何か決めてとなる理由があったのか、母が折れたのか。後者だったら流石に悲しい。子供の意見を尊重される場合があるかもしれないが、僕は当時中学二年生、すなわち十四歳。意見が反映されるには、あと一年必要だったのだ。
離婚をしても、僕は母に会いに行くことがあった。最後に会いに行ったのは、いつ頃だろうか。中二の秋だったかな。確かそのあたりだった気がする。用事があって駅にいた、というのはそういうことだ。
僕は、母がある一人の男性と、その周りを囲む子どもと楽しそうに話しているところを目撃してしまう。そこで僕の母に対する気持ちは吹っ切れてしまった。ショックを受けた。
その場から見つからないように走り去り、帰るために駅にいると、ヤンキーに絡まれている女の子を発見したため、助けに入った。先ほどのショックから、人を殴っても何も思わなくなってしまい、ついついオーバーキルしてしまった。それを、僕を知っている誰かが見ていたのか、学校に通報され問題となった。僕は悪い意味で目立ってしまった。
高校でそのことを知らない人はいないのは当然のことである。教師たちからは警戒されていた。
そして、もっと目をつけられてしまうようなことが起きてしまうのだ。入学当初に……。
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