第50話(わからせ注意)

 さて、何をしようかな。神木さんは僕に対抗できないし、というか力の差が分かっているため抵抗はしてこない。なら、そうなっている今がチャンスだ。さっきまで僕の首元を舐めた罰を与えてやるぞ! 覚悟しろ!


 まだドキドキしているが、だいぶ落ち着いてきたくらいだ。僕は押さえつけている神木さんを睨みつける。彼女はビクッと震えた。


 やはり怖いだろうな。なぜなら神木さんは怖がりだから。人に圧をかけられると、それを打ち返すことができないほどに押されやすい。小動物のようになることがとても多い。それはつまり弱いということ。今だって、僕の圧にも負けている。


 そもそも神木さんは優しい子だと思う。人の傷つくようなことを平気で口にしている印象は全くない。いや、僕には一回ぐらいある。だがたった一回だけだ。


 そんな優しい子に僕は何をする? 何を仕返す?


「何よ……。はあはあ……。何、するのよ……」


 ええい! 神木さんと同じことしてやる!


 僕は神木さんに顔を近づけてみる。顔が、変わらず赤い頬になっているのが分かるだけ。鼓動を確認するには、心臓の音が一番伝わるところに手を当てないといけないのだが、神木さんの豊満な胸がそれを邪魔している。


 最初は躊躇していた僕だったが、もう吹っ切れた。そうだ。胸を触るわけではないのだ。あくまで心臓がメインだということを忘れてはいけない。


 ゆっくりと神木さんの体に触れる。


「あっ……」


 やめろ! 卑猥な声を出すな! 色々と頭に入ってきて、重要な鼓動が分からんだろうが! 『んっ……』とか、絶対に出さないでほしい。僕の心が乱されてしまう。


 真剣になって脈拍の強さを確かめる。すごいな。かなりドクンドクンと手に伝わってくる。この時点でもう、神木さんの言っている惚れてるかは分かるのだが、もう少しこの状況を楽しみたいと思う僕は、ちょっとだけイジワルしてみる。


「あれー? 全然ドキドキしていないみたいだけどー? 大丈夫かな、ちゃんと心臓動いてる?」

「う、動いてるから! というか、だいぶドキドキしてるから! ねえ、ちゃんと好きだから!」

「神木さーん? 嘘はよくないよ?」

「う、嘘じゃないぃ……。嘘じゃないもん……」


 やばい。なんだこの可愛い生物は。そしてその子に迫り来る僕は、一体なんなんだ。


「うーん。そうだなぁ。元々鼓動が小さいのかもしれないからなぁ。僕に分かるくらいまでドキドキさせないといけないのかなぁ」

「い、いい……! そんなことしなくても、いいから……!」

「ダメだよ。ちゃんと確かめないと。神木さんだって僕にしてきたじゃないか」

「んぅぅ……」

「僕も神木さんと同じことしてあげるからさ。安心してよ」

「お、なじこと……?」

「そうだよ」

「まさか……!」


 僕は神木さんにもっと近づき、匂いを嗅いでみる。これも神木さんと同じことをしているのだ。


 そして……。


「それじゃ、神木さんの首、舐めるね」


 彼女の首を舐め始めた。



 ****



「んっ……! んっ……! あっ……!」


 僕は舌で神木さんの肌の感触を感じる。スベスベしていて、ツルツルしていて、なんか気持ちいい。


「ご、ごめん、なさいぃ……。ごめんってばぁ……。松風、ごめんなさいぃ……」


 謝っていても、僕は容赦なく続ける。やめてたまるか! これで神木さんに罰を与えてやるんだ!


 神木さんの『はあはあ』という吐息が、僕にダイレクトに当たってくる。しかも耳に。責めているはずなのに、なぜか僕にもされているんだけど……。まあ、そんなのに僕はダウンしないのだがな。


 にしても、耳か……。


 僕は首元から舌を離してみる。


「はあはあ……。ほらぁ……。ドキドキしてるよぉ……。分かるでしょぉ……?」


 手を取って、自分の心臓あたりに触れさせる神木さん。


「分かんない」

「うぅ……。嘘言わないでよぉ……。いじわるぅ……」


 とろん、としているのがまたいやらしい。吐息が荒いのもいやらしさを加速させる。


「ねぇ、もういいでしょ……?」

「いいや、まだだよ……」


 僕は彼女のあるところに、フゥッと息を吹きかけた。


「んっ! に直接、息やめっ……!」


 それを繰り返すと、神木さんはまた喘ぎ始めた。


 するとその瞬間に、


「ただいまー! 姉ちゃーん!」


 と、玄関から誰かの元気の良い小さな子の声が聞こえてきた。姉ちゃん、ということは弟か妹か。声だけでは分からなかった。


 慌てて神木さんは、僕の下半身に覆い被さって隠すようにする。でも、それだと胸が当たっているんだよ。その豊満な胸が。


 その感触に頑張って我慢していると、声の主が僕たちのいる場所へ来た。


「姉ちゃんが! 男連れ込んでるー! しかも抱きついてるー!」

「お、おかえり、玲太れいた……。これにはちょっとしたわけが……」


 体温が上昇して、熱くて汗をかいていたけど、すぐにその体温は低くなり、今度は冷や汗が出てきた。

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