心臓の在処

2121

マンドラゴラの心臓

 マンドラゴラには心臓があることをご存知でしょうか。マンドラゴラは収穫する際に悲鳴を上げて人類を死に至らせます。その悲鳴を止めるためには、マンドラゴラの心臓を刺さなければいけないのです。

 僕はマンドラゴラの心臓を刺すアルバイトをしています。慣れてしまった今ではナイフを根に刺すだけの簡単なお仕事なのですが、耳栓をしていなければ最悪死ぬため時給はかなり高いです。

 しかし時給が高い割に、人はあまりこの仕事をやりたがりません。この仕事に挑戦する人を何人も見てきましたが、みんなすぐに辞めていってしまいます。正確には、仕事を始めたとしても精神を病んで辞めてしまうのです。

 理由は簡単で、マンドラゴラの心臓を刺すことは人を殺すことにも似た感覚があるせいです。

 マンドラゴラの悲鳴は、赤子が産まれたときの悲鳴と似たものがあります。外気を吸う際に発される声という点では同じなため、周波数も産声に近いそうです。

 研究により、マンドラゴラには痛覚が存在することも分かってきました。つまり心臓を一回で刺せなかった場合、無闇に苦痛を与えてしまうということなのです。事実、心臓から外れた場所を刺した場合、悲鳴が大きくなります。

 誰だって赤子を殺したくはない。

 マンドラゴラを引き抜くと、耳をつんざくような悲鳴が上がります。すみやかに心臓を刺すと、悲鳴の最後に断末魔のようなグシャリと何かが潰れたような声を発して悲鳴が止まります。続く、無音。その一連がこの仕事の全てなのですが、堪えられない人が多いようです。

 植物とはいえ、苦痛を与えたくはない。人とは優しいものですね。

 耳栓ごしからも微かに聞こえる悲鳴に驚き、中々心臓を刺せない人をこれまでによく見てきました。そんなとき、僕はひどく居たたまれない気持ちになります。なぜそんな気持ちになるか分かりませんでしたが、それは悔しさに近いことが最近分かってきました。

 ──僕ならば、一瞬で殺せるのに。

 誰かがこのマンドラゴラ達に苦痛を与えるくらいなら、僕がこの手で痛みを極力与えず殺してあげよう。それが僕の最大限の優しさです。躊躇いなく心臓を刺す僕に、同僚は「人の心があるのか」と言いますけどもね。優しさ故に殺せるということが、世の中にはあるのですよ。

 昨日、大学を卒業したら正社員として就職しないかと提案されました。少し考えさせて欲しいと回答を待ってもらいましたが、心は決まっています。

 だってこの仕事を他の人に任せられないですから。

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