夢見るマンドラゴ

五三六P・二四三・渡

第1話

 そろそろ引きこもってないで外に出ようかと、数か月ぶりに私は思った。

 養ってくれる年下の女性を奇跡的にも見つけ、ヒモに甘んじてはいたけれども、何もしないということに辛さを感じ始めていたので、日の当たる場所に出て空気を吸う程度の行動をしようと私は重い腰を持ち上げながら決心したのだった。

 同居人が毎日部屋を掃除してくれているので、部屋の中は清潔感にあふれていた。その当人は既に大学へ行ったのだろう。テーブルに朝食が置かれ、ラップでくるまれている。先に顔を洗おうと、洗面所へ向かう。

 正直今の状況を鏡で見るのはいやだなあと思う。この数か月間自分のすっぴん顔を見るのが嫌で、鏡から目をそらしながら行動をしていた。食事に対しての健康管理は、恋人のおかげでそれなりにちゃんとしていたものの、多分他人には見せられない顔をしているのだろう。とはいっても恋人に私のどこが好きと聞くと顔としか返ってこないので、追い出されていない現状を考えると、ラインは下回っていないはず。そう思いたい。


「……て、なにこれ」


 自分の顔に対しては「まあいけるいける」と鏡に映った二十代後半の女性に向かって言ったわけだけど、それはそうとして頭に奇妙な物が生えていた。つむじのあたりから、緑色の物体が伸び出ていて、すさまじい寝ぐせだと一瞬思ったものの、どうも違うようだ。ごわごわとしたその質感は、草のようだというか、草そのもので双子葉植物と思われる存在がショートヘアーをかき分けて肩のあたりまで生えていた。抜こうとしても、頭蓋骨の内側まで浸食しているような感覚があり、引っ張ると脳味噌ごとズボッといきそうだった。

 どうやら引きこもっている間に私の頭蓋を苗床として、何やら植物が育ったらしい。植物のように生きていたいとは思ったことはあるが、植物は植物で生存競争が大変だと怒られて認識を改めたことがあった。その時の罰が今頃当たったのだろうか。せめて表面で切ってしまおうかと思ったが、医者に診てもらうために一応残しておくことにした。とりあえずは恋人にメールをして病院へ向かうことにした。


「あなた死んでますよ」


 レントゲンを撮り、その結果を見た病院の人があわただしく動き回り、CPR検査を行い、数時間ほど私を待たした後、医者は開口一番にそう言った。


「えー」


 と私は間抜けな声を出してみれば言ったことの意味が分かるかもしれないと思ったけれども、意味はなかった。


「あなたの頭にはマンドラゴが巣食っています。マンドラゴラともマンドレイクとも言いますね。脳味噌がすでになく、頭蓋骨の内側がマンドラゴで満たされていました。人型の根が抱き合っていて、半球状になっている状態ですね。あなたが自分のことを自分だと思っているのは、マンドラゴが脳味噌を喰らいつくした過程で記憶をも喰らっただけなはずです。いわばあなたは自分のことを人間だと思ってるマンドラゴなんです」


 すごい衝撃的なことを言われた。そのはずだが、どうも実感がわかない。これはおそらくマンドラゴが驚きを与えないように脳内物質のようなアレを操作してるからじゃあないだろうか。いや脳はもうないのか。私はSF小説が好きで泥男とか死んだ息子の記憶を引き継いだロボットとかの話が好きだったので「記憶を引き継いでいれば本人と一緒だろう」という考えを持っているからかもしれない。その考えはマンドラゴの考えかもしれないが、どちらでもよかった。


「えっと、それじゃあ私はどうなるんでしょうか……私を殺した罪で駆除とか……?」

「そのあたりのことは倫理的に議論が続いている状態です。法改正がされるまで、おそらく本人として生きていけるでしょう。しかしご家族がどう思うかは別なので、よくご相談してお決めください」

「……」


 家出してこの町に来たので、両親とは疎遠だった。もし相談して、じゃあ死ねよとか言われたら、どうしようもないので報告はしないことに決めた。あの人たちに自分の生き死にを決められたくない。

 となると同居人のことだけど……

 家に帰り診断結果を報告してみる。一回ではよく理解できないようだったので、漫画やアニメを例えに説明した。ようやく納得したようでどうするかって聞いてみたところ


「別に今まで通りでよくないですか?」


 とのことだった。


「いいのかな?」

「別に花さんの内面に惚れたわけじゃないですからね」

「そっかー」


 というわけで今まで通りの生活が続くことになった。

 そうは言っても何らかの切り替えが欲しいということで、自分の葬式を簡単に上げることにする。割とマンドラゴに寄生される人が増えてきたので、生前葬とは別の形で葬儀を行えるそうだった。まあ正式なのは高いのでやらないことになったのだけれども。

 焚火をしていい広場を探して、そこでそこそこ大切だったものと手ごろな供花を燃やす。何故そこそこなのかと言うと、本当に大切ならまだまた使うからだ。集まったのは同居人と私含め二人だけで、わびしい葬儀となった。

 近くで子供たちがランニングをしていた。手を合わせてみるも誰も泣いてはいない。特に悔しくも悲しくもなかったが、何となく泣かないといけないかもしれないと思い、焚火の煙を大きく吸って咳き込んでみる。ようやく泣けたねとか言ってみたけど、同居人は奇妙な目でそんな私を見ているだけだった。

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