マンドラゴラの育て方
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第1話
俺をいきなり部屋に呼び出した高校の同級生は、困った顔で俺に助けを求めた。
「なあ早瀬、コレどうしたらいいと思う?」
南の言葉に、俺は呆れたため息をついてから言った。
「そもそも、何でこんなものがお前のクソ狭い部屋にあんの?」
こんなもの、というのは玄関先に置いてある大きな鉢植だった。それは一人でなんとか抱えられるくらいのサイズで、そこからは巨大な大根の葉っぱのようなものが生えている。観葉植物というには美しくないし、何より六畳一間のに対して大きすぎた。
「えっと、なんか、たぶん大学の先輩からもらったんだと思う」
「たぶん、とは」
曖昧な物言いを指摘すれば、南は気まずそうに後頭部を掻いた。
「先輩の家で飲んでた筈なんだけど、気が付いたらあってさ。あんま覚えてないんだよね、酔ってて」
ハハ、と誤魔化すように笑われて、俺は再びため息をついた。
南が酔って記憶をなくした挙句、おかしなことをするのはいつもの事だった。全裸になって脱いだ服を全部冷蔵庫に入れて寝ていた事も、店先のペコちゃん人形を持ち帰った事も、道路の脇で眠っていて所持金がゼロ円になっていた事もある。まあ、その辺に比べたら、変な観葉植物を持ち帰ってくるくらいマシかもしれない。
「っていうか、よく持って帰ってこれたな」
「なんか、たぶん先輩が車で送ってくれたし、たぶん運ぶのも手伝ってくれたんだよね」
記憶は曖昧なんだけど、と南は言った。
「なるほど……」
それくらい押し付けたかったという事か。確かに、かなり大きいし要らないと言っても普通に捨てるのも難儀するかもしれない。
「何の植物はわかんないわけ?」
「えっとねえ、たしか、マンドラゴラ」
言われた言葉に俺は「はあ?」と大きな声を上げた。
「何考えてんの? 許可証あんの?」
「えっ、許可書……? そんなんいるの?」
「危険植物だから、確かいるよ。役所に届けないといけない筈」
「えっと、何もしてない」
「まあ、だろうね」
確かに、目の前にある植物はマンドラゴラの葉にそっくりだった。見るのは初めてで、こんなに大きいとは知らなかったけど。
「とりあえず、役所に届け出たほうがいいと思うけど」
俺は言いながらスマートフォンでマンドラゴラを育てるためのページを調べる。やはり、思った通り、万が一土から根っこが露出した場合その叫び声で死者が出る可能性もある為、観葉植物とする際には届け出が必要との事だった。
「めちゃくちゃ面倒臭いじゃん!」
南は今やっと気が付いたようでそう大きな声を上げる。
「まあ、だから先輩が押し付けて来たんじゃない?」
こんなもの、デカい大根の葉っぱのようなものにただ部屋を占領されるだけなのだから。先輩とやらも、どうしてこんなものをわざわざ手に入れたんだろう。マンドラゴラなんて外来植物でホームセンターで簡単に買える類のものではないのに。
「えー、どうしよう早瀬ぇ」
「まあ、届け出ないと問題になるし、とりあえず役所行ったら」
「書類とかめんどくさいじゃん」
そう言う南に俺は検索したページを見せてやる。そこには、届け出を出ていなくて問題になったケースも紹介されていた。六か月以下の懲役または百万円以下の罰金だそうだ。中々キツイ罰則だ。
「えっ、そんなことになんの?」
「こうなりたくなかったら、とりあえず届け出るしかないだろ?」
「でも、別に育てたいわけじゃないもん。こいつがあると部屋も狭いしさあ」
六畳一間の隅っこに置くには確かにこの鉢植はデカすぎる。市から許可を得てまで育てたいものかと言われると、違うだろう。
「じゃあ、他に貰い手を探すとか」
俺の言葉に、南はいいことを思いついたような顔をした。
「なあ、これ、早瀬が」
貰ってくれないか、という続きの言葉を察して俺は言う。
「断る」
「えー、何でだよ。お前の部屋の方が広いじゃん」
「それでも嫌だよ普通に」
俺の部屋は立地の関係もあって、この部屋の倍くらいの広さはあるが、何で南の代わりに俺がこんなよくわからないデカい鉢植を部屋に置かないといけないんだ。
「ちょっと待てよ、何か考えるから」
俺はそう言いながらスマートフォンをタップする。そこで見つけたページに俺は「なあ」と南に声をかけた。
「とりあえず市から許可を得なくていい方法ならあるみたいだけど」
それは実際は別に良い提案でもなかったが、「えっ、何々」と南はすぐに飛びつく。
「引っこ抜いて飼育するなら許可書がいらないそうだ」
調べたページによると、マンドラゴラが危険植物とされるのはうっかり抜けたときが危険だからというだけであって、抜いてしまえば危険植物には当たらないとの事だった。
「えっ、引っこ抜くと死ぬんじゃないの?」
「だから、死なないように耳栓とか、ちゃんとして抜くんだよ」
俺はそのままマンドラゴラの安全な抜き方を調べると、親切な人もいるものでYouTubeの動画も上がっていた。それは風呂場でマンドラゴラを抜く動画だ。見れば案外簡単に抜けそうだった。
「とりあえず、抜くなら手伝うけど」
「まあ、この鉢植置いとくくらいなら、抜くか」
南は決心したというよりかは、このまま市役所に届け出ずに問題になる事をとにかく避けたいみたいだった。
俺達はまず風呂場にマンドラゴラの鉢植を運ぶと、音が出来るだけ外に漏れないようにガムテープで内側から目張りした。換気扇も忘れずに、との動画のコメント通り、換気扇も丁寧に塞ぐ。それから、お互い耳に小麦粉を練って丸めたものを詰めこんだ。確かにこれで、かなり音は聞こえなくなる。
「聞こえなくなるって言っても、割と聞こえるけど大丈夫なのかなあ?」
耳元で南が不安そうに言った。確かにその声はばっちり聞こえている。
「まあ、最近のマンドラゴラは昔のと違って多少聞こえても死にはしないって書いてあるけど」
とはいえ、マンドラゴラを抜く経験なんて初めてだし、完全に手探りだ。不安が無いわけではない。だけど、マンドラゴラを引き抜くのに失敗して死んだなんて事故聞いたこともないし、俺は大丈夫だろ、とは思っていた。
「止めとく?」
しかし、一応そう尋ねてみる。別にやめるならこいつの部屋が狭くなるだけだ。南は少し考えたけれど、「でも、ここまで準備したしやろう」と言ったので、結局抜くことになった。マンドラゴラを引き抜く怖さと、市役所に書類を提出するやらなんやらのめんどくささを天秤にかけて、引き抜く方が勝ったんだろう。
俺が鉢を抱えて、南が葉を引っ張ることになった。
「「せーの!」」
声を合わせて鉢からマンドラゴラを引っこ抜く。抜けた人型大根に口が付いたようなものが、ギャーっと叫んだ。が、その声は小麦粉を練って作った耳栓の外から多少聞こえるものの耳を覆うほどうるさくはなかったし、特に発狂することも死ぬこともなかった。南も同様だ。危険が無いわけではないだろうが、もしかしたら、声を聴いたら死ぬというのは多少の誇張表現なのかもしれなかった。
「なんか、案外簡単でよかった」
「動画の通りにできたな」
俺達は口々にそういうと耳から耳栓を取り出して、風呂場の床をうごうごと蠢く奇妙な植物を眺めた。
「えっ、で、抜いたこいつはどうすんの?」
「乾燥させて薬にしたりするみたいだけど」
マンドラゴラはうごうごと南の足元に近づいて、そのまま頭と思わしき部分を足に擦り付けた。
「殺すってこと、こいつを?」
その動きは確かにフェレットか何か、普通の動物みたいに見える。それを縛り付けて乾燥させるのに抵抗がある気持ちはわかる。
「嫌なら、飼うしかないだろ」
南はマンドラゴラを抱き上げると、言った。
「なあ、何食べんのこいつ、早瀬ぇ」
早々に育てることに決めたらしい。俺は、今度はマンドラゴラの育て方を調べるためにスマートフォンをタップした。
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