アルバイト
ピート
私がこの仕事を始めて、もう三ヶ月になる。
内容は至って簡単なものばかりだ。
メモに書かれているとおりにすればいいだけ、月に数回仕事をするだけで、コンビニでマジメにバイトしてた頃の倍以上のバイト代が手に入る。
そんなオイシイ話、なかなかないんじゃないかって?
別に気にしないわよ。
私は仕事をこなしているだけ、そして今日も……。
渡されたメモの内容は、このビルの四階の西側の窓を開けて、その後に南の窓を開けるだけ。
時間の指定があるけど、その時間にはまだ一時間近くある。
所長は気のいい感じの中年……いや、まだ青年といった感じだ。
たかだか窓開けるだけで数万のバイト代が手に入る。
有り難い話だ。
さて、向かいのオープンカフェで時間でも潰すか。
「有野さん」
席についたところで背後から声をかけられた。
この声は……。
「向居さんじゃないですか!バイト急に辞めるから、みんな心配してたんですよ」
「その事で話があるんだよ。時間大丈夫かい?」
「仕事の途中ですから、それに間に合うなら構いませんよ」
話し相手ができた。一人で時間潰すのって苦手なんだよね。
「あの事務所には関わらない方がいい」
「何言い出すんです、急に?」
「君は気にならないのか?メモのとおりに働いて、あんな高額なバイト料がもらえるのを」
「別に気にしませんよ。自由な時間が持てて、高給が手に入る。言うことないじゃないですか」
「僕も最初はそう思ってた。いつだったか、たまたま事務所に来てた依頼主を見たんだよ」
「そりゃ依頼がなきゃ事務所は機能しませんからね。それがどうかしたんですか?」
「依頼主を見送った後に、所長からメモを渡された。公園の清掃活動のボランティアに参加して、ジョギングコース脇の側溝を外しておく。って内容だ」
「契約違反じゃないですか!私たちはお互いのメモの内容を話しちゃいけないし、ましてやメモは処分しなくちゃいけないのに」
「聞いてくれ。翌日のニュースだ。その側溝に男の子が落ちて死亡したって報道された」
「別に向居さんの責任じゃないでしょ?ただの事故じゃないですか」
「俺も最初はそう思った、そう自分に言い聞かせたんだよ。でもその報道には続きがあった」
「続き?」
「男の子の母親が出てきたんだよ。子供を失った悲しい母親だ」
「別にいつものニュースと変わらないじゃないですか」
「……依頼人だったんだよ、その母親が。こんな偶然があるか?」
「偶然ですよ。たまたまです」
「なぁ、絶対に仕事辞めた方がいい。考えてみれば怪しい事だらけじゃないか」
「そんなに気になるなら、私の仕事についてきますか?」
「いいのか?」
「私の仕事をする場に、たまたま向居さんがいただけでしょ?そもそも向居さん仕事辞めちゃってるんだし」
「それは有難い。無理にでもついて行くつもりだったんだよ」
偶然に決まってるじゃない、事故なんだから。
向居さんと一緒にさっき確認した現場に戻る。
「こんな古いビルで仕事なのか?」
「えぇ。この時間に。向居さん、その窓開けてもらえますか?」
「この窓かい?」
「その窓を開けてから、こっちの窓を……」
窓を開けた瞬間だった。
ガシャーン!!
大きな音と共に、ビル風が一気に吹き抜けていった。
「凄い風でしたね、向居さ?」
何処にも向居さんの姿は見えない。
「さすが有野さんだ。優秀な人材がいて我が事務所は安泰ですねぇ」
「所長!!」
「たまには社員の仕事ぶりを確認しにこないとね。向居君も優秀な人材だったんだが、いかんせん彼は気が弱いというか、好奇心旺盛というか」
「向居さんは……。所長?」
「古いビルだったからね。ほら、非常灯がさっきの風で落ちてしまったようだ」
さっきの音?……窓は開いたままだ。
「有野君、事故ってのはいつ起きるかわからないものだね」
所長はそう言うとニッコリと微笑んだ。
私は……。
「……所長」
「事故には気をつけないとね。有野君、私は優秀な人材は失いたくないんだ」
所長は優しく微笑む。
私は…………。
Fin
アルバイト ピート @peat_wizard
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