第2話 2

「美咲さん理由を説明してください」


「そうねぇ……てか美咲社長だから……じゃなくて新井社長だから」


 衝撃的な仕事の依頼を電話で受け取り、すぐに事務所へと戻ってきていた。

 事務所は自宅から歩いて10分ほどの近くにある。


 俺の素性や状況をすべて知っている美咲さんは、雇ってくれたのはもちろん親身になっていろいろな相談にものってくれる姉貴分みたいな存在なので、ふたりの時はこのように遠慮のない会話がされている。

 美咲さん自身もいろいろと苦労してこの仕事に就いたようだけど、詳しいことは一切話してくれない。


「実を言うと、今までもきみが担当した依頼人から同じような指名が入っていたのよ。ただ、うちはあくまでも『別れさせ屋』が専門だからお断りを入れていたんだけど」


「じゃあ今回も断ってくれれば良かっただけですよね?」


「それがね、いま時代の流れは『恋人代行』になりつつあって『別れさせ屋』の依頼も年々減ってるのが現状で厳しいわけよ。3ヶ月近くの長丁場に派遣して依頼が失敗すれば成功報酬は半分くらいしか入らずかなりの収入減でしょ?そこできみの出番ってわけ」


「そんなの会社の勝手な都合じゃないですか。それに女性が苦手だから『別れさせ屋』を素でやってる俺が彼氏の真似ごとなんて出来ないの知ってますよね?」


「そうよ、会社の都合だからきみは絶対に断れないのよ。借金まみれになっても構わないなら別にいいけど。相手が無理言って指名してきたんだから気を遣わず素のままでいいんじゃない?『別れさせ屋』で別れさせて、孤独になった心の隙間をきみが埋めてあげればアフターフォローもバッチリよ」


「お、鬼じゃないですか……。依頼人から根こそぎ搾り取ろうって魂胆ですね」


「それが仕事だからね!」


 こんな美人に笑顔でウインクされたら普通は舞い上がるだろうけど、この話の後では寒気がしてくる。

 しかも美咲さんはまったく嘘をついていないのだから。


「あ、だからきみには当分の間は二刀流で頑張ってもらうわよ」


「ちょ、ちょっと冗談ですよね?俺は―――」


 反論しようとしたところで蛇に睨まれたカエルのように固まってしまった。

 さっきまでの優しいお姉さんのような美咲さんの面影はなく、そこにいたのは冷徹な目をした美咲社長だったからだ。

 親の借金返済の肩代わりを事務所がすべて行ってくれたおかげで、いまは月々事務所へ返済するだけで済むようにしてくれている。はっきり言って返しきれないほどの恩がある。

 そして怖い。はっきり言って怖すぎるのだ。


「わ、分かりました。お世話になっているのにたてつくような真似をしてすいませんでした」


 そんな恩人を本気で怒らせてしまったかもしれない。

 こんなに美人なのにどれだけ壮絶な人生を送ってきたのだろうか。あの冷徹な目で見られただけで呼吸をするのも息苦しくなる。


「分かってくれればいいのよー。じゃあ『別れさせ屋』と『レンタル彼氏』兼任よろしくね」


 ……どうやらなんとか間に合ったようだ。

 噂では以前、美咲社長を激怒させた男が事務所から忽然と姿を消して、その後は誰にも目撃されていないらしい。

 大学も休学しひたすら働きながら親の借金を返す生活に、最初は嫌気がさしていたけど人を信じることが出来ない俺にとって別れさせ屋は唯一の生活手段なのだ。

 それもこれも美咲社長が目をかけてくれているおかげ。だから裏切ることは絶対にしない。家族や元カノのように……


「うちの事務所でレンタル彼氏は初めての試みだからまだルールがないんだけど……。ひとまず1時間単位、半日単位、1日レンタルみたいにレンタカーのようなイメージで行ってもらうわ」


 ……よりによってレンタカーを例にださなくても。

 なんだか乗り捨てされるイメージがあまりいいとは思えない。

 気に入った車(相手)が他に見つかれば購入(恋愛や結婚)するのだろうから。


「それは構わないんですが、レンタル時の報酬はどうなるんですか?時間単位となるとあまり稼げなくなるのはごめんです」


「それは問題ないわよ。今までのきみの報酬を時給換算してそこに報酬を上乗せする仕組みにするからきみ次第で別れさせ屋よりも稼げると思うわよ」


「ほ、ほんとですか!やります!いえ、やらせてください!」


「こ、こっちが引くくらい見事な変わり身ね。きみが信じてるのはお金だけだから仕方ないけど、少しくらいわたしの事も信じなさいよね」


「言われなくても最初からお金と美咲さんしか信じてないっすよ」


「お金の次ってのが気になるけどまあいいわ。それから何度も言ってるけど事務所では美咲社長だから。じゃあ初任務は明日からよ。依頼人が暴力を振るわれた京介さんが心配で少しでも早く会いたいんだって。ほんとは今日って依頼されたけどまだレンタル料金も決めてないから明日にしてもらったの。しかし……別れさせたばかりでどれだけ気に入られてるのよ?」


 金銭の次とはいえ美咲さんを信じてることがちゃんと伝わったらしく、少し微笑を浮かべながら明日の仕事について語り始めた。

 別れさせた顧客にレンタルされるイメージは正直わかないけど、特に感情移入しなくてもかまわないようなので適当に一緒に過ごすだけでお金がもらえるならこんなにおいしいことはない。


 別れさせ屋の仕事の時は、人間の嫉妬や妬み恨みといった負の感情から依頼を受けることがほとんどだったのでいい気はしなかった。

 それでも人に裏切られる気持ちがどんなに辛いことかを知っている俺にしてみれば、少しでも早く別れさせ楽になってもらおうと一生懸命に仕事に取り組んできたのだ。


「気に入られてるかはわかりませんが、別れて孤独を感じてるんでしょうね。そこに事情をすべて知っているから話し相手として気を紛らわすには適任ってことじゃないですか?元カレと別れるための打ち合わせも今までで一番多かったですから」


「ふーん……」


 なぜそんなにジト目で見られているのかまったくわからない。なにか疑われてるような……。

 別れさせ屋の打ち合わせの時だって依頼人の彼女は少しも嘘をついていなかったのに。


 と言われていただけだ。


「ほんときみは不思議な子だよ。鋭いのか鈍感なのかつかみどころがないからね。じゃあ交渉成立ってことでいいわね。レンタル時間や希望についてはこちらで先方に確認してからきみに伝えるわ。先日の依頼で連絡先も分かってるしやり取りするのは問題ないわ。あ、手を繋ぐくらいは構わないけどあまり体に触れたらだめよ?人身売買に引っかかると営業停止になっちゃうから」


「なっ!?手をつなぐことなんてあるんですか?人身売買って大袈裟な……。俺はそんなことしませんから」


「あなたが望まなくても……どうなるかしらね。まあ早急に規約を作るから今回は注意事項はそれだけよ。あ、デート費用はあちらもちだから心配しないで」


 おお、無駄な出費をしなくてもいいならそれは助かる。

 女性におごられるのは抵抗があるけどこちらはレンタルされる側なのだから許されるのだろう。

 あとでレンタル業界について詳しくネットで調べる必要がありそうだ。


「それでは明日の仕事に備えて調べたい事もたくさんあるので失礼します。依頼人から連絡がくるとは思いますが、確認のためレンタル時間だけは事務所からメールをいただけますか?」


「わかったわ。じゃあよろしく頼むわ」


 別れさせ屋の俺がレンタル彼氏か……

 なんだか不思議なものだ。

 業種としては似ているようでまったく相反するものなのだから。


 家に帰り早速レンタル彼氏についていろいろと調べてみることにした。

 請け負った以上はお金をいただくのだから少しでも気晴らしになってくれればと全力で仕事に取り組みたい想いが強くなっている。中途半端に終わる事だけはしたくないからだ。


 ……えっ!?少し調べただけで絶句してしまった。


 軽い気持ちでスマホ検索するだけでたくさんヒットしてずらりと画面に出てきたのだ。

 そんなに需要があるサービスだったとは……


 多くのサイトでは会員登録制が多くレンタル彼氏をタレントとして紹介されていた。

 全員不自然なくらいにこやかな笑顔で爽やかさを演出している。

 嘘を見抜ける俺が相手を騙すような演技をする可能性のサービスを行うことはかなり難しい。

 今回に限っては素のままでいいとの話になっているので心配ないとは思うけど不安は残る。

 

 サイトをよく見るとそこには実際に利用した体験談や感想も出ていた。

 下は学生から上はお年寄りまで様々な年代が利用しているようで、ほとんどの方がデートをするのが目的らしい。

 主婦が浮気は出来ないけど、ときめきを求めたり学生が年上の男性に甘えてみたいなど様々だ。


 今回の依頼者がおばあちゃんのような方でなくて本当に良かった。

 ド素人の俺がお年寄り相手になにを話せばいいか分からないし、年金生活の方からお金を頂くのは多少なりとも気が引ける。

 その点今回の依頼者は前回の別れさせ屋の件で身元も含めすべて調べ上げているので安心なのだ。


 いよいよ明日がある意味では初仕事か。

 緊張しながら明日のお誘いがくるであろうスマホの画面に俺はくぎ付けになっていた。

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