焼き肉食べたい!

舶来おむすび

焼き肉食べたい!

 もう随分昔の話です。

 あるところに、悪魔の3兄弟がいました。上からチョーワル、スゴワル、ワルと言います。見るからに悪そうな名前ですが、残念なことに――人間にとっては幸いなことに――彼らはさほど賢くありませんでした。後先を考えずに動く、非常に刹那的な気性だったのです。常に快楽を追求する悪魔としては100点満点の性格ですが、いつでもそれでうまく行くとは限りません。

「兄ィ、人間が食べたいよう」

「よく焼いた人間が食べたいよう」

 弟たちの訴えに、『兄ィ』のチョーワルは頭を悩ませました。

 彼らが住んでいるのは、月が出ない夜よりもなお暗い、うっそうと生い茂る森の中です。明かりを持っていっても足下しか照らさないような空間、加えて近くに人間がたくさん住んでいる村があるという好立地です。兄弟はこの50年ほど、ずっとそこで暮らしてきました。彼らはずいぶんと年を取っていたので、月に1度くらいのペースで1人の人間をさらって食べられれば、じゅうぶん我慢できたはずでした。

 ところが、ある時に悪魔の気性が顔を出してしまったのです。

 その日、たまたまさらってきた女を仲良く分けたところ、腹から大変おいしそうな赤子が出てきました。赤くって、ぬるぬるとして、思わずよだれが出てきそうなほどの見た目です。思いがけない掘り出し物でしたから、これをどう分けるか、ということで3人は喧嘩に発展してしまいました。殴り合い、取っ組み合い、太陽と月をそれぞれ5回ほど見送った頃、最終的にひとつの勝負でけりをつけることになりました。

『近くの村の奴らを、一番たくさん食べられた奴が勝ちだ! あの赤子はそいつが総取りすればいい!』

 結果は、3人仲良くひきわけでした。その時にはすっかり仲直りしており、兄弟そろって笑いながら森に帰ったのですが、その代償はあまりにも大きすぎたのです。

 そこからちょうど1ヶ月後、いつものように人間をさらってこようと森から出てきた3兄弟の目に映ったのは、人っ子一人いなくなった廃村でした。一晩で30人ほどの住人が消えてしまった村に、誰が住み続けたいと思うでしょう。考えるまでもないことだというのに、彼らが真相に辿り着いたのはさらに2ヶ月ほど経った頃、適当にさらってきた旅人からすべてを聞いた瞬間だったのです。ちなみに彼は情報提供のお礼に骨の髄までおいしく食べられてしまいました。

「兄ィ、お腹空いたよう!」

「よせやい、俺だってずっとひもじいんだ!」

 末っ子のワルがじたばたと暴れるのだって、普段なら力づくで押さえつけています。ですが今では、ぼんやり眺めて叱ることしかできません。

「なあスゴワル、お前何か案はないかな。俺たちの中じゃいっとうお前が賢いだろう」

 チョーワルの言葉に、栄養失調でうんと顔色を悪くした次男はしばらく唸りながら考えてしましたが、ふとはじかれたように立ち上がりました。

「兄ィ、こないだの旅人の服は残ってたっけ」

「ああ、燃えカスと一緒にその辺に捨てたからな。まだ残ってると思うが」

「よかった! じゃあ協力してくれ。うまくやれば、俺たちこの先ずっと食うに困らないぞ!」

 らんらんと目を輝かせるスゴワルに、兄と弟は顔を見合わせます。

「なあ、どうするんだいスゴ兄ィ。僕らにもわかるように話しておくれよ」

「準備しながら説明するよ。ワルは綺麗な箱を準備してくれ。たしか山をみっつくらい行った向こうに金持ちの家があったから、気に入ったのを取ってくるといい。チョー兄ィはもうちょっと頑張ってもらうよ、ここに大きな建物を作るんだ」

 建物。チョーワルはたしかに並外れて強力な悪魔でしたから、魔法でお屋敷を建てるくらい造作もないことです。しかし、この弟は何を作れというのでしょう。

「簡単だよ。教会を建ててほしいんだ」

「ふざけんな! 俺ら燃えちまうぞ」

「大丈夫、聖職者あいつらみたいにお行儀よく測量なんてしなくていい。それっぽければ構わないし、寸法さえ違えば俺らにちっとも効かないよ」

 どうしてそんなことを知っているのか、は後回しにしました。今までこの次男が言ったことで、間違っていたことはひとつもないのです。短慮だったことは何度もありましたが。

「そう、奥まったところに半円を描くような廊下を作っておくれ。床は鉄がいいな。その上に石を敷いて、鉄の板が見えないようにするんだ。その下に穴を掘るのは俺がやるよ」

「穴って、どうして」

「地獄から火を引いて来る。そうすれば、廊下がちょうどいいくらいに熱くなるだろう? ……ああ、廊下の途中には台を作って。ワルが持ち帰った箱が置けるようにね」

 言われるがままに手を動かしながら、チョーワルはなんとなくこの弟がやろうとしていることがわかってきました。件の旅人が、 3人の腹におさまる前にこんな話をしてくれたのです。

『最近はどこに行っても聖遺物、聖遺物! 長々と列を作って皆で手を合わせるのさ。オレはこの旅で“救世主の頭蓋骨”を3回も見ちまったし、“聖母の乳房”なんて10回も拝んじまった! あんたらも気をつけな、あんなのの寄進に全財産出すなんて馬鹿のやることだぜ!』

 じつに馬鹿なのはあの男の方だったのでしょう。くすくすと思い出して笑ったところへ、1匹のコウモリがふらふらと飛んできました。大きな箱を脚で掴む小さな生き物は、宙でくるりと回るとたちまちワルの姿に戻ります。

「スゴ兄ィ! これでいいでしょう? 綺麗なガラスが嵌まってるんだ!」

「上出来だワル! さあ、それじゃあの旅人の服の切れ端を持っておいで」

「うん!」

 駆け出していく弟を目で追いながら、チョーワルは次男に声をかけました。

「廊下は、何人が一度に入れるようにすればいい?」

「ううん、10人くらいがいいかな」

 そうしてにんまりと笑ってみせた顔は、まったく実に悪魔的でした。



 彼らの目論見は、はたして大成功をおさめました。

『火あぶりに処された聖ナンタラ=カン=タラの衣に触れると、罪が炎で浄化される』

 どこからともなく流れてきた噂に、人がどっと押し寄せたのです。まっくらな森は切り開かれ、巡礼者が山と押し掛けるようになり、廃村は宿泊施設の立ち並ぶ一大宿場町になりました。

 3兄弟は、しばらく食うには困らなくなりました。最初のうちこそ噂を広めるのに必死でしたが、今ではあとからあとから食べ物がやって来るのです。

 ですが。

「ねえスゴ兄ィ、今日は何人食べられるかなあ……」

「どうだろうねえ……そろそろ俺もお腹が空いてきたなあ……」

 3兄弟は相も変わらず空腹のままでした。それというのも、巡礼者たちが焼かれた信徒を片端から連れ帰ってしまうからです。最近の彼らはもっぱら、夜こっそりお参りに来る独り身の信徒をこんがり焼いて、泥棒のようにコソコソ連れ帰るのがやっとでした。

 3兄弟は森の住まいを引き払いました。それというのも、巡礼者たちが焼かれた家族を埋め始め、彼らが住む場所がなくなってしまったためです。中にはまた別の教会で祀られている者もいるのだと、人間に化けたスゴワルが情報を集めてきました。

 3兄弟は自分たちのしたことを後悔し始めました。それというのも、訪れる人々の装いがどんどん豪華になっていくからです。この間などはまっさらな白い衣に金糸の刺繍があざやかな老人たちが連れ立ってやってきました。次はこの世で一番偉い人が来るらしい、と最近の宿場町は噂でもちきりらしいのです。

「どうしてこうなった」

 丘の上から森を眺めて、チョーワルは何度とも知れないため息をつきました。

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焼き肉食べたい! 舶来おむすび @Smierch

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