ワンドロ小説

kara

第1話 毒食らわば皿まで (お題 焼き肉)

 僕はイスに座ってもうもうと立ち上る煙を見ていた。向こう側で彼女は次々と肉を網に乗せている。

 彼女は席につくと、メニューをちらりと見ただけで矢継やつばやに店員にオーダーした。

「ロース、タン塩、ハラミ、ホルモン、あとサンチュ……全部2人前で」

 そして、テーブルに来た物から片っ端に焼いて口に運んでいく。

 僕はその一連の動作をまじまじと見ているだけだ。

 淡々とも言ってもいいはしの動きをふと止めて、彼女は聞いた。

「食べないの?」

「……あ、うん。いただきます」

と言って肉を取ろうとするが、網の上にはもう何も残っていない。

「早く取らないと、食べちゃうよ」と言って彼女はまた乗せていく。

 けれども彼女の豪快な食べっぷりについ目を奪われて、食べるのを忘れてしまうのだ。

「……しょうがないな、もう」

と言って彼女は自分の皿に取ったのを分けてくれる。

 そのロースはギラギラと油で光っていて、いかにも重そうだ。

「……」

 僕は1口それをかじる。もうそれだけで、腹がいっぱいになったような気がする。店に入った時はわりと空いていたはずなのに…

 咀嚼そしゃくしてなんとか飲みこんだあと、箸をおく。

「もういいや、ごちそうさま」

「え……? 全然食べてないんじゃない?」

 彼女は首をかしげるが、僕は笑顔をはりつけてうなずく。

 すると、しばらく怪訝けげんそうな顔をしていたがまた箸を動かしはじめた。


 だいたい2人で食事に行くとこんな感じになる。

 そして、僕たちはつきあってはいない。

 食事をしながら異性との交遊関係の話を聞かされるだけだ。

 僕はその話でもう胃が一杯になる。


 彼女に好意はあるような気はするが、肉や食べ物をパクパクと食べている様子を見ていると、その気持ちまで食べられてしまっているような気がするのだ。

 そうすると、僕の手元には何も残らなくなってしまう。食欲も、彼女への何かしらの思いも。


 というわけで肉体関係はいまだにないけれど、最近はこういうのもいいかなと思いはじめている。


***


 焼き肉を食べたらその2人は……という話はウソだ。

 彼とは1回も寝ていない。

 気を引きたくて、ある事ない事を話すけれどうんうんとうなずいているだけだ。

 本当に聞いているかどうかは不明だ。


 今日こそはと思って誘うが、食事をする関係にはなれてもそれ以上はなぜか進まない。

 なぜなんだろう。

 こんな人、もう好きでいるのは止めようか。

 そう思っても、また休みの前の日になると「食べに行こうよ」と彼に電話を入れているのだ。

 自分からそれ以上の関係になるよう誘ってもいいが、なんだか恥ずかしくていまだに誘えていない。

 そして、今日もまた電話をかける。


 僕は、

 私は、

ため息をつく。

「「あーあ。何とかなんないかな、この関係」」


  了

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