最終章・最終決戦

第83話・対魔王④

 魔王が大広間で宙に浮いている。


「おい、汐。ありゃあ、マザードラゴンだぞ?」


 パベルが魔王に視線を向けながら俺に声をかけてくる。それは俺も一目で気づいたことだ。


 魔王は力無く項垂れるマザードラゴンの首を掴んでいるんだ。それもスーパーの鮮魚コーナーの魚を扱うかのように。


「マザードラゴンと戦っていたのか。だからカンナの母親を自分で監視していなかったのか。」


「だからお嬢ちゃんの母ちゃんは、たらい回しにされてたってわけか……。気に入らねえ」


 魔王はゴミのようにマザーを放り投げる。地面に叩きつけたれたマザーはドシンと大きな音を立て、一切の動きを見せない。


 死んでるのか?


「ふざけやがって……、おい。ちょっと待て……、マザーの背中にいる女性は誰だ?」


 俺がマザーの遺体に目を向けると、隠れるように蹲(うずくま)る女性の姿があった。まるでリスのような尻尾に耳、獣人だ。


 俺はカンナとアンドリューの方を向く。その表情の変化で分かった。


 確定だ。


 その女性の正体はカンナの母親だ。


 俺は抑えようのない怒りを覚えて両の拳を力一杯に握りしめる。


「パベル、まだ戦えるか?」


「戦えなくたって戦ってやるよ。……あのクソ野郎だけは許さねえ!!」


 ジョルジョルはスタミナ切れ、アンドリューも俺のカウンター攻撃で精魂尽き果てている。


 この場にいる、まともな戦力は俺とパベルだけだ。


「……餌に食いついたか。待っていたぞ?」


 魔王が静かに口を開く。餌、それはカンナの母親のことだろう。


 やはり魔王は俺たちを誘っていたんだ。カンナの母親の存在をチラつかせれば俺たちがアンドリューの元に来ると。


 そう言うことだろう?


「魔王、あんたは神と戦いたいんだってな? そのために三大獣の力を手に入れ。」


「厳密には違う。マザードラゴンは三大獣の監視役だ。」


「監視役?」


「何も知らんか? ふう……、三大獣はその昔、神に挑んだ王族たちの成れの果て。現在のサウザンディ王国が建国される以前に存在した国家の王族の姿よ。」


「え?」


「人間の反乱に激怒した神は、その王家を悉く獣にした。ドラゴン、聖獣そして幻獣がそれだ。そして、彼らが再び反乱を引き起こさぬように監視役に就いたのがマザードラゴン。」


 俺はガイアの方を向いた。すると彼女は口を静かに開いた。


「汐、この数億年間で神に挑んだ存在を地上に放っておけば復讐を目論むかもしれないから。だからマザーが地上神となって彼らを監視していたの。それと同時にマザーは地上の異変を天界に知らせる役目も授かっていたの。」


「もしかして、その異変が魔王?」


「そうよ。……魔王は過去に神に喧嘩をふっかけた存在。そして、唯一神から逃げ切った存在よ。だから魔王は討伐しないとダメなの。」


「ガイア、もしかして俺は最初から魔王を倒すために?」


「それは分からないわ。私が汐を日本から追放した理由は、あくまで汐が魔族の子孫だから。でも、……私の上司は知っていたかも。」


 ガイアが歯軋りをする。彼女は俺の扱いを悔しがってくれてるんだ。


 結果として実の父親と戦うことになろうと、俺は、あの男を許すことができない。


 俺の親友の仲間だったドラゴンを殺し。仲間の母親を殺し。妹を道具扱いする、あの男を。


「お母さん!! 起きてよ、お母さん!!」


 カンナが母親に寄り添って泣きじゃくる。あの姿を見て何とも思わないほどに俺が朴念仁だと思ったのか?


 お前は俺の何もかもを知らないんだ。


 魔王が静かに地面に着地する。俺たちと地上戦をしようという意思表示か?


 俺の隣でパベルが腰を落として拳を握りしめる。俺も槍を構えて戦闘の意思を伝える。


「……来い」


 魔王が羽織っていたマントを脱ぎ捨てて戦闘の開始を口にした。俺とパベルは、その他イミングに合わせて、地面を蹴る。


 俺たちのファーストコンタクトはパベルの正拳突きだった。魔王は右に避けると、その動きを追撃するためにパベルが回し蹴りを繰り出す。


 その蹴りを回避するため、魔王は浮遊魔法で宙に浮く。そこに俺が槍で連続突きを見舞う。


 魔王は突きを回避しながら冷静に俺の突きを品定めする、そして、塩でも摘むかのように俺の槍の切先を抑えてくる。


 俺の攻撃が止まった。


「……宙に舞え」


 魔王が槍を軽々と持ち上げて俺を宙に舞い上がらせた。俺は瞬時に魔王を見失う。


 あいつは、どこに行った?


「汐!! 魔王は目の前だ!!」


 下からパベルの声が聞こえる。俺は視線を移すと確かに魔王は俺のすぐ目の前にいた。


「バカにしやがって!!」


「……浮いてみせろ。」


「何だと!?」


「お前も浮遊魔法を使ってみせろ。俺の息子だ、使えない道理はない。」


 魔王の言いなりになるのは癪だが、確かに浮遊魔法が使えるのなら戦い方の幅が広がる。


 俺は魔王に習って手探りで浮遊魔法を試みた。


「使えた……。」


「来い、空中戦だ。」


 俺は魔王を睨み付けて空中で槍の連続突きを再開した。不安定な空中で、初の空中戦。


 まるで赤子の駄々のように俺は無心になって槍で突いた。数分が経って空中戦に慣れた頃だろうか。


 魔王が不意に俺を挑発してきた。


「……そろそろ拳で掛かってこい。」


 俺は言われるがままに拳を繰り出す。俺は魔王の意図を図りかねている。


 この男は、まるで俺に訓練をつけるかのように、優しく声をかけてくるんだ。


 お前は何がしたいんだ!?


 マザーを殺しておいて!! カンナの母親を殺しておいて!! パベルの母親の死に悲しみもしないで!!


 俺はアンドリュー戦で習得した技術と共に魔王に格闘戦を挑む。


「うがああああああああああ!! 魔王、お前だけは許せないんだよ!!」


「……感情を剥き出しにして戦うな。集中しろ、……そうだ。それで良い。」


 魔王を倒す。シンプルな目標が俺の集中力を研ぎ澄ましていく。


 気が付けば俺は負の感情を捨てて、魔王を倒す手段だけを考えていた。浮遊魔法にも慣れ、自在に動けるようなった時。


 俺は魔王に回転蹴りを放った。左足での回転蹴りから追撃の右の蹴り。その勢いのまま、魔王の懐に入り込む。


「魔王!! どうして反撃をしないんだ!!」


「……俺は誰の指図も受けん。」


「そうかよ!! だったら、これでも喰らえ!!」


 俺は魔王の衣服を掴んで上空から魔王を投げ飛ばした。魔王が、このまま素直に負けてくれる訳がない。


 そう思っていた。だが事態は俺の思惑と真逆の方向に進んでいくことになる。


 魔王は投げ飛ばされた勢いのまま、地面に叩きつけたれ、大広間に衝撃音が鳴り響いた。


 地面に叩きつけられた魔王は口から血を吐いて項垂れるのだった。

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