第16話・マザードラゴン
「……ガイアの使徒が私と戦うと言うのですね?」
目の前に佇む真っ白なドラゴンの口調は想像していたよりも柔らかかった、……悪い奴ではないのか? 話しかけられたからには、話せるのであれば話しておきたい。運が良ければ戦闘を回避できるかもしれないから。
「使徒って言い方が嫌な響きだけど、もし、そうなら引いてくれるのかな?」
「……いえ、それは不可能です。私は魔王を倒せるものを待っていました。十年、……彼と過ごした年月を上回ってしまいましたが、無駄にはならなかった。」
目を細めながら、過去の思い出に浸る。目の前で佇むドラゴンを見てが感じたこと。やはり悪い奴では無いみたいだな。だが俺の提案は却下されてしまった。避けられる戦いでは無いと断言されたのであれば、やることは一つ。
俺とパベルはマザードラゴンに向かって構えを取りながら、自分たちにバフ効果を纏わせた。すると俺たちの様子を見ていたドラゴンはさらに目を細めてから、小さく呟いてくる。
「……本気で掛かってきなさい。」
マザードラゴンの言葉が合図となって俺たちの戦闘は開始された。
「汐!! 俺が隙を作ってやるから準備しときな!!」
俺はマザードラゴンに対して右に回り込む動きを見せると、それに合わせてくれたのだろう、パベルは左に回り込んでいた。そして彼女得意の接近戦に持ち込もうとしている、パベルはジグザグと的を絞らせないように動きながらマザードラゴンへと近付いていく。
「魔族が使徒に加担するのですか?」
「……何か文句でもあるのかよ!? 『バーニングラッシュ!!』」
パベルが見せた最初の攻撃は彼女が最も得意とするスキルだった。俺もあのラッシュに後退を強いられたんだ。
パベルの戦闘スタイルはとにかく高圧的で攻撃的、回避こそすれ守りに入ることは無い。それ故か彼女の動きは洗練されている、あの流れる様な動きこそが生命線。そして、その勢いにマザードラゴンも少しずつ後退吸う動きを見せている。
「……対光属性に特化してるようですね?」
「さっきから質問ばっかりしやがって!! だったら、これも貰ってくれよ……、『ダークナックル』!!」
あれは俺との戦闘で最後の衝突の際に見せた攻撃。パベルの拳には禍々しいオーラが漂い始めている。パベルは俺に宣言した通り、マザードラゴンに隙を作るつもりだ。あれを喰らったら如何にドラゴンでも表情を歪ませるはずだ、……と俺が思った矢先だった。
後方から大声が聞こえてきた、……カンナだ。
「パベルさん、マザーの攻撃を受けちゃ駄目です!! 回避して!!」
「あ!? 今更避けられるかっての!!」
カンナの言う通り、マザードラゴンは二足歩行の姿勢になると、その手を振り上げてパベルのダークナックルを正面から弾こうとしているのだ。……俺はこの隙にこのドラゴンの背後を取れって事かな?
一瞬だけパベルの視線が俺に向いた、彼女の思考は清々しいほどにシンプル。
それ故に、合わせる側は裏をかく必要が無い。俺は全速力でドラゴンの後方に回り込む。そして、この二人の攻撃が衝突する瞬間を俺は待った。だが俺が目にした、いや耳にしたものはパベルの悲鳴と彼女に対するカンナの助言だった。
「マザーの攻撃は麻痺効果があります!! 触っちゃ駄目ええええええええ!!」
「っ!! だから今更回避出来ないんだよ!! うっ、……うわああああああ!!」
「パベル!? 『DIY』でパベルの周囲に砂の壁を作る!!」
パベルは振り下ろされたあのドラゴンの爪をオーラを纏わせたフルスイングパンチで相殺しようとしていた。だが、その目論見は外れてしまった。彼女は悲鳴を上げながら後方に吹き飛ばされてしまった、カンナの言葉通りに痺れたのだろうか? 彼女の生命線である洗練された動きが停止してしまった。
動き続けて攻め続ける。パベルの基本スタイルが崩されてしまったのだ。パベルの悔しそうな表情がそれをより強調することになる。
「うう……、汐? すまないね。約束を破っちまった。今すぐ立ち上がるから……え? 立ち上がれない? どうして……、痺れたのは一瞬のはずだ!!」
パベルが倒れ込んだまま混乱している? それほどまでにマザードラゴンの攻撃は重かったのだろうか? 俺はこの戦況からスキルの『洞察力』で状況を整理する。だがパベルの状態は正常だった、そして彼女の様子に嘘はない。考えられる答えは一つ。
「あいつのスキルか? だけどスキルを使う素振りなんて見せなかったじゃないか。」
「……あなたは掛かってこないんですか?」
「かかって行きたいけど、君に触れると痺れるんだろ? 魔法で攻撃するしかないね。……『ファイヤーバレット』!!」
半ば強制定期に中距離戦を禁じられた俺は火炎魔法でマザードラゴンと距離を取らざるを得ない、寧ろ、今はパベルの状態異常の正体を把握しない事には攻勢に移せない。この状況に俺は長期戦を覚悟した。すると再びカンナの声が耳に届いた。
「汐さん!! マザーのスキルは影と太陽です!! パベルさんは影を縛られて身動きが取れないんです!!」
「ちょっと、どうしてカンナはマザーのスキルに詳しいのよ!?」
先ほどから聞こえてくるカンナの助言は、まるでマジックショーのネタ晴らしの様なものだ。これにはガイアだけではなく、俺も先ほどから驚いている。
……カンナは自分の事を語らない。いや、語らないのではなく、語るのが怖いのだろうな。語って他人に嫌われることを恐れている。俺の弟妹達にどこまでもそっくりなんだ。
「いつまでも魔法だけでこのマザードラゴンを捌けると思っているのですか?」
「そんなわけ無いでしょ。俺ってそこまで頭が悪いように見えるのかな?」
先ほどのカンナの助言を聞いて俺は動きを止めずにマザードラゴンに向かってファイヤーバレットを撃ち続けている。それは少しでも動きを止めたら、俺もパベルと同様に影を縛られるから。
……そして、どうにかしてパベルを戦線に復帰させたいと考えている。このドラゴンは単身で攻撃を仕掛けると麻痺攻撃でカウンターを貰ってしまう。逆にこっちがカウンターの対策に動きを止めていると、影を縛られる。
一人よりも二人で攻めた方が都合は良い。何より、パベルの悔しそうな表情を見ると、俺も悔しくなってしまうのだから。
「これならどうだ!!」
「……器用な人間ですね。スキルで作成した板を空中に出現させるとは。」
マザードラゴンが目を細めながら俺を見つめている。だが、あの目は決して睨んでいるのではない。彼女の視線は子供の成長を喜ぶ母親の様な……、俺は何を言っているんだ? 初対面も、しかも相手はドラゴンだぞ?
だが現状の俺には優先すべきことがある、それはマザードラゴンに重い一撃を入れること。彼女に隙を作らない事にはパベルに近寄ることも出来ないのだから。
俺はスキル『DIY』で空中に幾つもの板を出現させて、それを足場にマザードラゴンに向いながら槍で突撃した。だが、いかにジグザクに動こうとも、このドラゴンは俺の動きに追いついてくる。厄介な奴だ。
……だけど、これを待ってたんだよ!!
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