僕と握手

農場の夫

僕と握手

 まずい、まずいまずいまずいまずい!


 手の、足の、身体の震えが止まらない。


 おかしい。緊張を止めるツボは鉄を歪めるくらいの強さで押し続けているし、さっき売店で買った推しカラーのマスクだってつけた。


 だってのに、身体は心臓を押さえつけるみたいにガチガチになり、ツボを押す力よりもマスクと一緒に買ったペンライトを握る手の力の方がはるかに強い。


 はぁ! 遂に私の順番が来てしまった。

 

 あ、危なかった......。検温装置に表示された表面温度は規定ラインスレスレだ。


 ガチガチの手を無理やり開いて消毒を済ませる。


 中へ入るとホールに満ちるオレンジ色の光が私の緊張をほぐそうとしてくれるが、自分の席が目に入った途端私の身体は一瞬でガチガチになってしまった。


 出来損ないの機械みたいな動きで席に座ると、そこからステージ全体を一望できる。


 ああ、この日をどれほど待ちわびたことか。


 ついに、ついに会えるんだ......!


 感慨に浸っているうちにオレンジ色の光は漆黒の世界に様変わりしていく。


 かつて、小さかった身体に抱いた大きな憧れと同じものが私を満たしていく。


 ホールに弾けた色とりどりの光が、私をあの頃へと導いていく......。



 


 

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僕と握手 農場の夫 @nojonootto

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