第十七話 人との関わり(ゲラルド視点)
人との関わりは大事。
それをかつての仲間が聞いたら笑うだろうか。
「いいえ。笑いませんよ。ただ、貴方らしいな、と」
草木のざわめきと動物の僅かな鳴き声やさえずりで出来た森という空間で、そいつは変わらず穏やかで落ち着いた声で答えた。
貴方らしい。もし僕が仲間思いでみんなと協力出来たならばあんな事にはならなかっただろう。
孤高の魔王。
それが僕の呼ばれていた魔王としての二つ名みたいなものだ。聞こえはいいが、そんな良いものでない。
デルドルフ帝国は数千年以上前より長きに渡り栄華を極めていた。それを僕の代で終わらせたのだ。
いつのまにか魔王になっていて、実感がないからと周りを気にする事が少ないことで勇者に倒される事になる。
聞けば僕が魔王である時以上に、デルドルフ帝国の領地は穏やかで安心出来る暮らしをしているという。もちろん魔王として復活なんて考えていなかったが、それを聞いて僕は思った。
あぁ、やっぱり僕は何も見えていなかったんだな。
別に落胆はしない。それが真実なのだから。だが、いざ魔王という座を失って、手のひらに残ったものを数えてみて、僕は愕然とした。
何も、残っていない。
富も名声も領地も居場所も仲間も。何もかも無くなっていた。
ただのゲラルドになって、残るものなんて有り余った魔力だけ。自分以外、全て無くなってしまった。
城から出た事があまり無かった僕は、初めて外に放り出される。予想するよりも苦難との立ち向かいだった。
ぼったくりなんて本当に現実にある話だと分かった。
大きな魔法を使って人助けをすれば、感謝ではなく畏怖の眼差しを向けられた。
食べ物を買うにはその国の通貨が必要だった。
ゲラルド、という名前はデルドルフ帝国以外でも有名なものだった。
僕の名前は、僕が思うほどに忌み嫌われていた名前だった。
噂というのはある事ない事はもちろん。あった事すらも捻じ曲げられて伝えられることもある。僕は外に出て、何度も感じた事だった。
娘に人との関わりについて力説しておきながら、何度も自分に言い聞かせていた。もう遅いと分かっているのに。
「従者、なぜお前は娘に付き従う」
従者は僕の質問に、なぜそんな事を聞く、と言いたげに顔を顰めた。だが数秒してあからさまにため息をついて「恩人だからだ」と端的に答えてくれる。
娘は今日行う実験とやらのことで朝から外で何かやっている。娘の実験に付き合わされて従者は食べ物から出た油をせかせかと取っていた。僕は何かする事はないかと聞いたら、鍋を冷ますように任された。
「某にとってソフィア殿は恩人だ。エルリック殿は某の願いを叶えてくれるために協力してくれた。だからこちらも恩を返すだけ」
「あの娘がお前を助けたのか?」
にわかに信じがたい。慈善活動をするように見えない。
僕が暗に言いたい事が分かっているのだろう。従者はジト目で「無礼な奴め」と呟いた。だがそれだけ。反論はない。
やはり娘は従者だからといって、特別扱いをしているわけではないようだ。
「ソフィア殿が某を助けたのは、その時には世界に住む様々な人種に興味があったから。だから当初はなかなか不し……驚くような質問はされたし、試された」
今、たしかに不躾と言おうとしたな。
「逆にその方が有り難かったかもしれないと今では思う。ソフィア殿は教会に居るような慈愛に満ちた優しさはない」
「だろな」
従者の言葉に共感したのに、何故か睨まれた。面倒な奴だ。
「でもたしかにソフィア殿なりの優しさがある。ただあの行き過ぎた好奇心で隠れているだけだ」
「……僕をここに住まわせてくれる事に対して優しさはある。ただそれは交渉故。それは僕と従者しか知らない事だ。娘がもっと協調することがあれば、きっと生きやすいと思うのだが」
「随分とソフィア殿に肩入れするんだな」
従者が愉快そうに唇と片眉を持ち上げて僕を見つめる。何度か上手い言葉を探そうとするが、見つからない。僕は森に居るあいつのように口が回るほうではない。
仕方なく思っている事を口に出した。この真面目の塊のような従者ならば、きっと笑わないだろうと。
「全てを無くしてから、何も残らないのは辛い。何も知らなかったからこそ、希望から絶望への落差が激しい。誰かがそばに居れば、緩和されるはずだ」
「……そなたはソフィア殿がそうなると」
「僕は今の娘を見て思っただけだ」
「そうか」
従者は僕の言葉を聞くと、怒りもなく落ち着きの払った声で一言返した。そしてまた煮物へと目線を戻して僕に背中を向ける。
グツグツ、と煮物の鍋から聞こえてくる。さっき僕が冷やし始めた鍋は段々と油が白くなってきていた。
「笑止千万」
「は……?」
鼻で笑う音がした。だが従者がこちらを向く事はない。
「そなたのように何もかもが中途半端のように思えたのか。なるほど。自分と同じ境遇に見えていたから、同情という下らない気持ちを抱いていたのか」
「……お前」
「お前はソフィア殿を分かっていない。自分と重ねているだけで、あの方を理解しようなんてちっとも思っていないじゃないか」
従者の言葉に僕は言葉を詰まらせる。それが分かっていたかのように「まあ全て失くしてから人の気持ちを理解しようとするなんて無理な話だが」と付け加えた。
僕は自分と同じようになって欲しくない、と願った。曲がりなりにも娘は僕を助けてくれたから。
娘が自分と同じ末路になる、と全く疑いもしなかった。
「ナタリア大食堂に行って、一日手伝ってくるといい」
「なんのことだ」
「ソフィア殿の事が知りたいならば、そこに行くのが一番いい。百聞は一見にしかず。リモングラスにこだわる理由も分かるだろう」
「……もし僕の幻覚魔法が見破られてたらお前も咎められるぞ」
幻覚魔法は展開するのは難しいとされているが、魔法としては強いものではない。人に影響が少ないため、意志が強い者や魔法士として強い者にはかかりづらい。
破れるとしても大きな王国の騎士団長くらいでないと難しいだろうが、僅かなリスクはないには越した事はない。
僕は今、娘の恋人として紹介されている。だからこそそんなリスキーな提案を従者からされると思っていなかった。
「歴代きっての魔王がそんなヘマをするのか。それはそれは、エルリック殿はきっと笑ってくれるだろう」
「行ってくる」
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