第十六話 強者と弱者の自由
ゲラルドが居ないのは少しだけ心細い。でも今までだってそう変わらなかった。
一人で家で本を読んで知識を蓄えていく日々。その日常に、ちょっとした嬉しいことが起きただけ。それは誰か頼る人が居るから、という気持ちからではなくて、実験をするにあたって稀有な存在に出会えたから。
外に出て、切った木を庭の何も植えていないとのろに置いていく。木の次は倉庫にあるレンガで周りを囲みながら粘土で接着させていく。
さすがに大々的に火を使う実験は何が起こるか分からないから外で行う方がいい。チエリにも怒られてしまう。
「……よし、出来た」
簡易的な窯のようなもの。これで実験をしよう。今は粘土が乾くのを待つだけ。決行は明日だ。
一仕事を終えて、ふう、と息を吐いていると森から見知った顔がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。ゲラルドだ。
ゲラルドは私が庭に居るのに気付くと、あからさまに動きを止めて、目線を彷徨わせた。でも私がゲラルドに手を振っている事から、逃げるには遅すぎたと思ったのか仕方なそうにこちらへ歩いてくる。
心なしかさっきよりも歩くスピードが落ちている気がする。
「おはよ、ゲラルド」
「おはよう。……娘、何をしてる」
「釜を作ってた。文献ではこうやって作れる、って書いてあったんだよね」
「手作業でなのか」
「当たり前じゃん」
ほら、と手を見せるとしかめっ面になって、自分の指を軽く振るった。するとみるみる汚れた手が綺麗になって、家を出た時と同じような状態になる。
汚れていたせいで気付かなかったけど、指の先を手で切っていたようだ。
「わー、ありがと」
「……僕は汚れを取って傷を治す魔法をかけたんだがな」
「まあ私、魔法が効きづらいし。あ、今日も虫に刺されてない。私なんて釜を作ってただけなのに、沢山刺されたんだよね」
「なぁ娘よ」
自分の刺された箇所を数えるために、肌が見えている場所を探していると、ゲラルドは呟くように私に話しかけてくる。
その表情はやっぱりどこか面白くなさそうな、苦しそうなものだ。きっとゲラルドのことだ。昨日の私の言葉を考えてくれてるのだろう。
「お前は怪我が治りにくい。魔法が使えないだけでなく、さらにだ」
「そうだね。だから私は教会行ったことないよ」
「……良い言い方が見つからないが、言わせてもらう。娘は立場上、社会的に弱者だ」
「まあそうだね。否定はしない」
「弱者というものはそれ相応に生きていく術を見つける。それが人との協調性だと思っている。なのになぜお前は弱者で居る。そこに重きを置いていないとしても、手段として取っておけるだろう」
「へぇ」
私はまだゲラルドと一緒に居る時間は長くはない。だからどんな人間かなんてもちろん分からないし、知らない。
ただ私の印象ではゲラルドは真面目で人との関わりを大切にする、ちょっと感情論なところがあると思っている。
だからこそ、そのゲラルドから人との関わりを手段として考えているなんて、少しだけ意外だと思った。
申し訳ないような表情で私を時折伺ってくる。まるで本心の言葉ではなく、私が興味をひきそうな言葉を並べるように。
その言葉はまるで誰かが言ったものをなぞるような気さえした。
「ゲラルド、森の中で誰かと話したの?」
「な――なんでそうなるんだ! 質問しているのは僕だろう?」
「あぁ、ゲラルドの質問ね。手段、としては考えないかな。人の気持ちは何よりも見えないし、博打に近い。私はそんなものに自分の人生を預けられない」
「そんな大げさな事ではなくて」
「大げさだよ。だって弱者だもん」
自覚はある。私のしたい事は果たして叶う事なのか、それすら怪しい。でも人生は一度きり。知りたいと思って、それが抑えられなかった。
自分の人生を賭けている、と言っても過言ではない。
強者には選ぶ自由がある。弱者には無いに等しい。だからこそ賭けるしかない。それが間違いであっても。
「ゲラルド、私に付き合うのが嫌になったらいつでも何処へでも自由にしてね。ゲラルドには自分で選択する自由がある」
強さと自由はイコール関係だ。
ゲラルドの強さならば色んなことが出来るだろう。
そういうつもりで言ったのに、ゲラルドは目を丸くした後に酷く傷付いた表情で私を見つめてきた。
「……娘にとって僕はなんなんだ」
「――協力者かな。稀有な存在の」
何も間違えてない。それなのにゲラルドは唇を噛んで、何かに耐えるような表情をした。目を閉じてゆっくりと息を吐いていく。
数秒して鮮やかな青紫色の瞳が私を映した。
「そうか」
力無く笑うゲラルドはそれだけ言うと、私の横を通って家の玄関の方へと歩いて行ってしまった。
ゲラルドは何でも手に入る力をもっている。なのにとても寂しそうに見えた。
私はゲラルドをまた傷付けてしまったのだろうか。仲直りというのは難しいようだ。
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