第三話 こうして彼は拾われた

 とある村外れの山の麓。草木が生い茂る中にそれはあった。

 二階建てのどこにでもあるような二階建ての一軒家。

 ただ森の中でも目立つように作られた赤い屋根煤けていて、クリーム色のレンガは僅かにしか見えないほどにツタが絡まっていた。もちろん内装は綺麗――というわけではないだろう。

 この家を譲ってくれた城下町の人は「何年も手をつけていない」と言っていたのは嘘ではないというほどに荒れていた。


「わぁ……素敵……」


 だけど私にとっては花がたくさん植えられている貴族の家よりも、人が沢山の土産物を置いていく商家よりも、世話役や自分で動くことなく欲しいものが手に入る王家よりも魅力的だった。

 そんなものよりも価値があった。


「まずは質屋ね。行こう、チエリ」


 気合を入れるように腰辺りまである髪を一纏めにして、白のブラウスと淡い緑色のカーディガンをまくる。

 服はこの間チエリと買い物に行った時に選んでもらったもの。髪の毛の色と同じベージュのスカートが膝下でふわりとわずかに広がって、それが面白くていつもより勢いよく振り返った。

 振り返った先には金銀財宝がたんまりと乗せられている馬車と、袴を纏い馬に身体をもたれている、ぐったりとした表情のチエリ。


「ソフィア殿、ちょっとあの、休みません?」


「チエリ、なに言ってるの? もう野宿しなくてもいいために今日のうちに住めるようにしないと」


 チエリは私の言葉に「嘘でしょ」とこぼし、真っ直ぐな黒い髪からのぞく赤い瞳を丸くして顔を青くした。


「質屋に売って、あとは掃除用具も買わないと。あ、食料も。あとは寝具に服に――」


「そんなに!?」


 指を一つ一つ折りたたんでいけば、チエリは情けない声をあげた。こんな事でへこたれるような子ではない事は知っているから、あえて気にしない。

 行きたいところはある? と聞こうとした。

 でもそれは口から出ることはなかった。


 チエリが子供が泣きそうな表情から戦士としての表情となっていたから。

 私とチエリの距離が数メートルあった。それをチエリは一瞬にして距離を詰める。自分よりも身長の高い私の前に出て、腰にさしている刀の柄に手を乗せた。


「何奴」


 チエリが鋭く睨みつける方。これから私とチエリが住む家。別におかしいところはどこもないように私には見える。

 でもそれは違った。

 数秒して、ギィ、と音を立てる。扉がゆっくりと開き、チエリが柄を握ったのと同時。


 出てきたのは大柄な身長に、長い白髪をボサボサに伸ばした人だった。あれ?


「えっ、ここって空き家だよね?」


「……居着いていたのでしょう。少し退がっていてください」


 チエリとボサボサ男の間で緊迫した空気はそう長く続かなかった。ボサボサ男先に動い――いや、倒れた。

 私はそれを見て、チエリの横をすり抜けてボサボサ男へ駆け寄る。


「ソフィア殿! 近付いては――」


「やっぱり。チエリ、今すぐに処置をしよう。この人、薬草中毒になりかけてる」


 薬草中毒で匂う独特のもの。それは吐息でなくても近付けば分かる。

 裏はすぐに山。もしかしなくても、この人は山の草木を分別なく食べていたのかもしれない。


「ですが、そいつは敵かもしれません!」


「そしたらチエリが守ってくれるんでしょう?」


 抗議をするチエリに笑って返せば、口を噤んで目線をうろうろさせた。照れている時の仕草だ。でも複雑、という表情。

 何度か口を開けたり閉めたりするチエリはきっと言葉を探している。私をどうにか出来ないか、って。

 確かに不審者だし何があるか分からない。でもそんな事を気にしていたら、私はなれない。

 魔法薬師になる事は出来ない。


「それに私は魔法薬師になるの。こんなところであたふたしていられない」


「ですがよく分からぬ奴を助けるようなことはしなくても……」


「チエリ、こんなんでへこたれてたら、勇者一行の名折れになっちゃうんじゃないの?」


 チエリを煽るように言えば、目を丸くした後に唇をキュッと結んだ。

 チエリ・ウオズミは勇者一行のパーティーの一人。困難に仲間と立ち向かい、魔王を倒した伝説の一行だ。

 私の言葉を聞いて、チエリは眉毛を吊り上げる。「へこたれてなんかいません!」と声を大きくして抗議しながら、私の元へ駆け寄ってくれた。なんだかんだチエリは優しい。だからこそ苦労が絶えないのだろうけど。


「そもそもソフィア殿は助けたいというよりも、実験をしたいという気持ちが……は?」


 突然、チエリは言葉を失う。

 私の隣にしゃがみ込み、致し方なく倒れている人物を抱えようと思ったのだろう。もし相手が起きて戦闘になったとしたら、私は使い物にならない。戦闘はからっきしなのだから。


「チエリ? どうしたの?」


 倒れている人物の顔を見ようと覗き込んだまま固まるチエリ。目を丸くして、口はぽかんと開いたまま。試しにチエリが見つめている先を見ても、倒れている人の顔があるだけ。

 まつ毛まで真っ白でとても綺麗。瞳はどんな色をしているんだろう。

 声は? 魔力は? どんな表情をする人?

 気になる事が沢山あって、好奇心を刺激する。

 そうだ、と名案が思い付いたのでチエリに提案しようと思った。それと同時くらいだろう。

 チエリが私の方へ向く。穏やかな笑みで。


「捨て置きましょう」


「えっ。どうしたのチエリ。何か呪いとか悪いものでもかかっていたの?」


「そうです。呪いがかかってます。もう手遅れです。教会に渡しましょう。それか魔獣の巣に捨てて餌にするのでもいいと思います」


「唐突にバイオレンスね?」


 チエリは極めて穏やかに語りかけてきた。

 呪い、というものは魔法によってかかるものだ。つまりはこの人物はそれがかけられるような事をしたというのだろう。

 私は魔法が使えない。だから使える人の瞳は持っていないから、そういうのが見えることはない。


「悪い人なの?」


「ええとても。だから関わらないでおきましょう?」


 まるで教会の聖母様のように穏やかな声と表情のチエリ。

 いつものチエリは表情が豊かでリアクションもとても面白い。つまりは――。


「……チエリがそう言うなら」


 チエリは何か誤魔化している。

 試しに私の言葉を聞いた後に、パァァアと効果音がつきそうなほどに表情を明るくさせたと思ったら、上機嫌な笑顔になった。

 本当に分かりやすいなぁ。


 きっと私の事を案じての誤魔化しなのだろう。安全にスローライフを送ってほしい、と願ってそうだ。

 でも私はそれを望んでないし、そんな日々は御免だ。


 チエリは私に嘘はつかない。

 つまりこの人が悪い人というのは嘘ではないのだろう。

 ならばやる事は決まっている。


 ポケットから手のひらサイズの小瓶を取り出す。

 そして倒れている人物の隣の白髪の前髪を避けて――口の中に液体を流し込んだ。


「ちょ、ちょちょちょっとー!?!? ソフィア殿!?」


「もうどうせ尽きかけている命なら、せめて私の夢の礎になってもらってもいいじゃない?」


「なんてこと言ってるんですか!? 教会にバレたらどうするんですか!? これは御法度ですよ!?」


「もー、チエリは心配性なんだから。そんなのバレなければ――え」


 小瓶ほどの大きさのものはすぐに中身が無くなって、倒れている人物の口の端からこぼれ落ちる。でも確かに飲み込んだ。

 直後、倒れている人物の身体は淡く光り霧散する。その光景を見て、私はチエリの肩を勢いよく掴んだ。


「オート魔法! すごい! 意識がないのにこんなすぐに発動するなんて!」


 オート魔法、というのは無意識や意識がないなかでも使う魔法の総称。これを使える人は本当に少ないし、魔力コントロールはもちろん、膨大な魔力の持ち主でなければ出来ない。

 私が見たことあるのはたった一人だけ。それくらい珍しいスキル。


「偶然偶然。偶然ですよソフィア殿」


「じゃあこれは!?」


「あー……もー……」


 こんな出会い、これから絶対にない!!

 腰についていたポーチの中から小瓶をいくつか取り出して、倒れている人物の口に入れていく。淡く光ったり光らなかったり。

 もしかして光る時は回復をしている? でも今のは痺れるくらいの微量な毒があった。それも解毒してるの? 回復もして解毒も? え、すごい。


 これは運命的な出会いだ!


「チエリ! この人、なんとか生かそう! それで協力してもらおう!」


「ダメです。元居た場所に返して来てください」


「じゃあ私の家じゃない。決定ね!」


「そうじゃなくて……」


「よろしくね、ボサボサ髪のイケメンさん」


 倒れている人物――ゲラルドを見て、私は嬉しくて笑った。

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