異形家族 ~不死の到達点に達した少年には、妹以外の家族なんていらない~
月詠 夜空
プロローグ:二番目のハートは、一番目の手の中に二番目のハートは、一番目の手の中に
男の死体を担いで少年は国道一号線沿いを歩いていた。東京湾に面した道で、いつもは真夜中に車が通ることはほとんどなく、静かな場所だ。
けれど今は事情が違った。銃声と爆発音が絶え間なく轟く。
うだるような夏の夜でも冷たい海風が吹くのだが、今は代わりに熱風が吹き荒れている。コンクリートは抉れ、内房線の線路も損壊していた。火種もろくにないはずなのに、炎が辺りで燃え盛る。
そこを歩いていた少年の名前は、
彼の進む先に、いくつもの影が現れる。フルフェイスのヘルメットに、防弾チョッキを着ている。日本で武器を持って立つ者がいるとすれば自衛隊か警察、はたまたヤクザくらいであるが、その影達はいずれにも該当しないようだ。
けれど、明らかに手練れの戦闘部隊で、各々が手にした機関銃を流れるような動作で最上に照準を合わせた。
照準を合わせて発砲までわずか一秒。
バララララ、と火薬が無数に弾ける音がする。両手の指を使ってもまるで足りない数の弾丸が最上に命中した。
「M60だっけ。大口径の機関銃で、確かアメリカ軍が使っていた物だよね」
機関銃について語ったのは、M60に撃たれた最上自身だった。傷は一つもない。ただ衣服に空いた穴が増えただけ。
次に武装した兵士達が放ったのはロケットランチャーの砲弾だ。
爆発が最上の歩いていた地面を粉砕する。轟音と共に上がった火と煙が引いた後に、変わらず彼は立っていた。
兵士達の間に動揺が走る。
「あれが人間かよ!」
「化物プロジェクトのデータで見ただろ! あんなの人間じゃねえよ!」
「僕を作ったのは君たちだろう」
慌てふためく敵を見ながら最上は呆れてため息をつく。
最上は研究所に嫌気がさし、脱走して逃走生活を送っている。虚構科学研究所からの追手は珍しくない。
兵士の一人が無線を取り出し、それに怒鳴りつけるように指示を送った。兵士達が最上から距離を取る。すると、間髪入れずに東京湾の海上でいくつかの光が瞬いた。
また最上を中心に爆発が起こる。ロケットランチャーとは比べものにならない。隕石が落ちてきたかのような破壊力だ。
あの砲撃を受ければ、常識的に考えて木端微塵になる。
だが、その場にいる誰もが予想をしていた。
あの化物は死なない。
「艦対地ミサイルか。威力はたいしたものだね。どうしてくれるの? 妹と食べるはずのお肉がなくなっちゃったけど」
当然のごとく両の足で地面に立ち、使われた兵器を認知する最上。ただ、さっきまでと違い赤い瞳に怒りが見て取れた。
「せっかく樹海で自殺していた人見つけたのにさ。余計なことしてくれるよ、ほんと。君たちのうち一人、僕達のご飯になってもらうから」
蛇に睨まれた蛙のように兵士たちが凍り付く。数では勝っているのだが、本能の方が悟っているように見えた。
勝てないと。
「そこの君、ご飯役ね」
適当に選んだ一人の兵士に向かって、化物がまさに超人的な瞬発力で踏み出した。弾丸にも匹敵する速さで、兵士の中に視認できた者はいないだろう。
一瞬後、手榴弾でも爆発したかのような音が辺りに響き渡った。
防弾装備をしていようが、兵士が最上の拳を受ければ胴体を貫かれて死んでいた。
攻撃を受けたのは狙われた兵士ではなかった。
「これはこれは、大物がやってきたね」
最上の拳を素手で受けたのは少女だった。砲弾にも劣らない一撃を、手のひらでぴたりと止めている。兵士にはこの少女も沸いて現れたように見えただろう。人間離れした動体視力を持った最上だけが、彼女が視界外から飛び込んで兵士と最上の間に割って入ってくるのを視認していた。
身長は最上より高く、すらっとしていた。最上と同じように束ねた髪がちらつく。刃のような瞳をはじめ、全体的にシャープな印象を与える顔つきだ。白いコートを羽織ってはおり、手首だけしか見えないが最上の一撃を受けたにしては華奢だった。
「第三次世界大戦をたった一人で収束させた……
新神定理。
最上と同じ虚構科学研究所に関わる人間だ。最上と新神は不老不死のテーマの下で生み出されているが、二人の場合は不老より不死に重点が置かれている。不死を完成させ、不老を完成させる。そして最後に二つ合わせた不老不死の完成を目指す。今は不死に重点を置いて虚構科学研究所は研究しているのだ。
虚構科学研究所の不死性の定義は、『地球上のどの生き物よりも強い』こと。そこには兵器を操る人間も含まれる。
「けど、邪魔しないでほしいな。痛い目見ることになるよ?」
「プロトタイプが私に勝てるとでも?」
虚構科学研究所で産まれてはいるが、産まれたプロジェクトの名が少しずつ違っていた。
『化物プロジェクト』で産まれたのが最上。
『化物化プロジェクト』で産まれたのが新神。
前者は先天的に、後者は後天的に不死性を付与する研究だ。遺伝子に手を加えて先天的に不死性を与えるよりも、人体をいじり、後天的に不死性を与える方が圧倒的に難しい。だから、『化物化プロジェクト』の元が『化物プロジェクト』であり、新神にとって最上はプロトタイプなのだ。
「古い型、か。けどさ、古いからって別に君に劣るってわけじゃないしね」
「私は人類最強だ」
新神には実績がある。
彼女は一人で第三次世界大戦を収束させた。その言葉は奢りでなく、根拠ありき言葉だ。
それに異を唱えられる者が存在し得るのか?
「その言葉、今のうちに撤回しておくことをおすすめするよ」
いる。
それが最上彼方だ。彼もまた絶対の自信を持って新神に言葉を放つ。が、彼の場合自信の根拠となる材料はないに等しい。それにも関わらず最上は言い切った。
「なぜだ?」と、新神が問う。
二人とも同じ虚構科学研究所にいながら、顔を合わせるのはこれが初めてだ。虚構科学研究所が意図的に隔離していた。
二人ともどちらがより強いかは知らない。けれど、互いに自身が最強であるのを疑っていなかった。
「そんなの決まっているよ。人類で一番強いのは、間違いなく僕だからさ」
最上の足がコンクリートを離れ、新神の頭めがけて放たれた。速さも力も無影脚を極めた達人を超える。
新神はそれを平然と左手で受け止め、返すようにして最上の頭部に蹴りを放った。
それから最上と新神の打ち合いがはじまった。人同士の殴り合い。ただの喧嘩じみた光景でありながら、辺り一帯に重火器にも勝る破壊をまき散らす。兵士達は身の危険を感じてとっくに撤退していた。
数十秒間、拮抗状態が続いた。けれど、人類の頂点を決める戦いの幕切れはあっという間で、あっけないものだった。
拮抗していたはずが、乱打される最上の拳が新神の一センチ前まで迫る。新神の反応が間に合わなくなってきているのだ。
「ッッ!」
「ほらほら、さっさと人類最強を撤回しないと。今ならまだ恥をかかずに済むよ?」
「うるさい! 私は人類最強だ!」
「なるほど、君はちょっと強いだけの虚構科学研究所の操り人形だね。強さがなければ、中身は空っぽか」
新神の両手を最上が無理やり弾き上げ、隙を作る。
「ばいばい。次はもう少し強くなって産まれてきなよ」
新神の背中に赤い花が咲く。体の反対方向に抜けた最上の手が持っていたのは、新神の心臓だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます