EXstory 5 ディアボロス戦2
「あちょーさん頑張って――!」
お腹がしびれるほどに、叫んだ。
「『チームロザリオ』なめんなよ、化け物めえぇ!」
ゴッドフィードくんが援護とばかりに矢を放つ。
矢はディアボロスの
直後、ディアボロスが口を開けたまま、伸ばしていた手をだらりと下ろした。
詠唱が途切れた。
――キャンセルさせたのだ。
「お見事です!」
最高のタイミングで、ゴッドフィードくんの【スタンショット】が入った。
「魅せるね!」
じゃばさんが言いながら、ディアボロスの腹部を剣で横に切りつける。
「急げあちょー! 時間ねぇぞ!」
ゴッドフィードくんのスタンは3秒だ。
「おまかせを」
のどかな調子で答えると、ポッケちゃんを抱きかかえるあちょーさん。
一方で、回復したディアボロスは怒りの形相を浮かべると、印を切るようにして詠唱を始めた。
(別な詠唱だわ……!)
さっきとは違う、また新たな魔法。
広間に満ち渡る魔力。
直後、床の黒大理石の全ての隙間から、ずるずると音を立てて現れる、緑の貝型の花をつけた蔦。
それが意思をもって、わさわさとみんなの足に絡みついた。
「おおぁ!?」
「きゃっ、〈
一番離れていた亜沙子ちゃんまでもが巻き込まれて悲鳴をあげる。
(広範囲だわ。エリアルーツ……? いや、なによこれ――)
「くっ!」
「うがっ!?」
周りから悲鳴が聞こえ始める。
なんと貝型の花が鋭い牙の並んだあぎとを見せて、足に噛みつき始めたのだ。
「……!」
矢創もあって、自分の足元に血だまりができ始める。
たかが花と思えば、HPの削り方が尋常ではない。
残していた第五位階HP
「……この忙しい時に」
あちょーさんがポッケちゃんの身体を高めに持ち上げながら、首だけをディアボロスに向けるのが見えた。
ひとりも逃れられた人はいない。
ディアボロスは満足そうな笑みを浮かべると、右手を前に伸ばし、先ほどと同じ詠唱に入った。
(……あたしだって)
あたしだって、なにかしてやるわ。
杖を構えて眼を閉じ、力を眉間に集中させる。
「マリエル・ズ・カイウェン・クライス 地を割りて現れしは万物を焼く力……」
つむぎ慣れた言葉が、口をついて出て行く。
気にならない。
――脚を食い散らかす飢えた花も。
――刺さったままの矢も。
ふわりと広がる、足元の紅い円陣。
杖をディアボロスへ向ける。
「〈
詠唱は完成し、悪魔の足元に地獄の釜があるかのごとく、猛る業火が噴き上げる。
第八位階にある、お気に入りの魔法。
火力が大きいからヘイトを気にして控えていたけれど、もうそんなことどうでもいい。
命を洗う炎に覆われ、一時悪魔の姿が見えなくなる。
しかし再び目の前に現れた時には、ディアボロスは意に介さずに詠唱を続けていた。
「え……うそ……」
杖を落としていた。
あたしの十八番はどういうわけか、ひとつも効いていなかった。
視界が霞み、意識が朦朧としてくる。
自分のHPはもう1割を切っている事に気づき、慌てて再使用時間の過ぎたHP
どうして? どうして効かないの? 詠唱が悪かった?
どうしてだろう。
失血のせいだろうか、思考がループに陥って抜けられない。
でもひとつだけわかっていた。
自分も同じ。
――もはや動けない上に、次の攻撃は耐えられない。
今、魔法を詠唱しているディアボロスの目の前には
そこから20歩ほど離れたところに、ゴッドフィードくん、亜沙子ちゃん、そしてあたし。
みんな人喰い花を持つ蔦に足元を拘束されて、逃げることすら叶わない状況だった。
ディアボロスの詠唱を遮ろうとじゃばさんのスタンやゴッドフィードくんの矢が打ち乱れたけれど、今度は無理だった。
魔法を完成させたディアボロスがこちらを見て嗤うと、石畳の上を4ヶ所指差す。
反応して黒大理石に浮かび上がる、4つの紫色の魔法陣。
嫌な予感がする。
「ま、まさか……」
背筋を戦慄が駆け抜けていく。
間もなく魔法陣が真上に向けてぱあぁっと紫光を放つ。
それと同時に、そこに生き物の気配。
やがて見え始めたのは、鋭い牙。
はっと息を呑む。
ディアボロスが唱えた魔法は、確実に自分たちを死に至らしめる、最悪の魔法だった。
唸り声をあげながら4つの魔方陣から這い出てきたのは、体長2メートル強の獣。
「ぶ、部下……召喚だ……4匹も」
ゴッドフィードくんの、喉からしぼりだすような声。
黒大理石に降り立った獣の脚が、炎に包まれている。
全身が黒々しい毛に覆われながら、紅の双眸が不気味に光る。
その口からは、漏れ出る炎。
それが、4匹。
「これは……無理……」
だらりと力が抜けて、座り込んだ。
あたしの肩にも新たに花が喰いついて激痛が走ったが、もうどうでもよくなるくらいの絶望。
杖を拾い直すことすら、しなかった。
文献では
この一匹すら、あたしたち全員でかからないと難しい相手だろう。
ディアボロス一体ですら敵わないのに、手に負えない魔物が4匹も追加された。
つきつけられた現実は、死への一本道。
「アハ、アハハハハ……!」
すぐ後ろで亜沙子ちゃんが、聞いたことのないような高笑いを始めた。
ウルフカットの髪を振り乱し、笑いは一向に止まらない。
「あ、亜沙子……?」
ゴッドフィードくんが言葉を失う。
脚を喰われたまま、亜沙子ちゃんが発狂していた。
でもそうなる気持ちはわかった。
あたしももう、これ以上考えたくなかった。
知れば知るほどに、この悪魔は格上。
「私の判断ミスです……」
ポッケちゃんを抱えたまま、あちょーさんが呟く。
下肢からの出血で、その浅黒い顔はひどい土気色をしていた。
花の
「グルルル……」
生まれ出て完全に姿を現した
さっきの〈
自分を最初の獲物に決めたようだった。
「いや……!」
逃げようにも、人喰い花が離さない。
近寄ってきた、獣の生臭い息。
唾液で閃く牙。
予見される確固たる未来。
――あたしは生きたまま、喰われる。
「いや……嫌ぁ……死にたくない……死にたくないの!」
目を閉じ、天井に向かって叫んだ。
そんな時。
「――ああ、任せろ」
「………」
誰かの声がした。
「……え?」
続けてキャイーン、という犬のような泣き声がすぐそばで3つあがった。
恐る恐る目を開けた時、ちょうど4つ目の犬の声が聞こえた。
「なに……これ……」
今度は開いた口が塞がらない。
目の前では、見知らぬ黒ずくめの人が
他の3匹の
訳がわからず、瞬きをしていた。
「アガァァァ!?」
ふいに離れたところから聞こえる、痛々しい悲鳴。
そちらを見ると、ディアボロスが翼を乱雑にはためかせながら、目を両手で押さえて身をよじっていた。
盾を下ろし、呆けたじゃばさんの隣に、人がいた。
その人は、赤茶けたローブを着てこちらに背を向けている。
驚くべきことに、その肩からは6本の腕。
(ろ、6本腕……? まさか)
「ほう。――ディアボロスか。どこにいるのかと思えば、こんなところで中ボスやってたんだな」
もう一度聞こえた、声。
今度は、はっきりと。
「あ……」
急に目の前が潤んで、喉の奥が熱くなってくる。
愛しい、あの人の声だった。
アル――。
「……あの野郎だ!」
ゴッドフィードくんの歓喜の声が、あたしの声にならない言葉を遮る。
「ヒュー。やってくれるね!」
じゃばさんが口笛を吹く。
「ふむぅ……なんとこの人が味方ですか。これは助かったと見て良さそうですね」
あちょーさんがほっと安堵の溜息をついたようだった。
「……アルマぁ! アルマぁぁ――!」
やっと言葉にできたあたしは、涙が止まらなかった。
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