EXstory 4 ディアボロス戦1

 作者より)


EXstory 4~12 はかつてアップしておりました旧第四部、旧第五部からの抜粋になります。現在アップ中のものとはストーリー自体が異なりますが、よければお楽しみくださいませ。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 歩きながら、本当にアルカナダンジョンなのかもしれない、くらいには思っていた。

 強い雑魚モンスターが随所に配置されているダンジョンは初めてだったから。


 ダンジョンとは思えないほどの豪華な内装にも、もしや……と思っていたし、噂通り地下4階に中ボスらしき存在を見つけたときは、踊り出したい気分だった。


 その存在は黒大理石で上品に覆われた部屋の中央に、荘厳に立っていた。

 3メートルはあろうかと言う悪魔。


 裂けたような口からは尖った犬歯が上下に突き出し、頭部にある黒い4本の角は極めて禍々しい。

 その背中には巨大な蝙蝠型の翼が生えている。


 赤々しい肌をした悪魔の名は、ディアボロス。

 レベル不明。


 一見して【遺物級】以上の重鎧プレートアーマーに身を包み、魔剣と思われる歪んだ剣を持っている。


 普通は2-3パーティで挑むらしい。

 でも小人数で挑めば、上級技の発動率が下がる設定も知っていた。


 せっかくだし、最初はちょっと感触を見て帰ろうか、なんて話していた。

 なのに、タゲ安定後のあたしの吹雪の魔法がクリティカルヒットして、ゴッドフィードくんの【上位毒】が入って。


 ディアボロスの3連続の斬撃を、じゃばさんがものともせずに受け切ったあたりで、みんなのテンションがぐっと上がった。


 いけるんじゃねーかこれ、というゴッドフィードくんにつられるように、みんな同じことを考えたと思う。


 恐ろしかったのはたまにくる範囲攻撃。

 でも即座に入るポッケちゃんの回復魔法ヒールの威力はそのダメージを大きく上回っていた。


 ポッケちゃんが第十位階まで覚醒している回復職ヒーラーだと聞いて、開いた口が塞がらなかったけれど、じゃばさんのHPはおかげで常に9割以上をキープしていた。


 ゴッドフィードくんの矢が右翼の根元を貫いて、いよいよ浮上できなくなるディアボロス。

 自分達はなんだかいい感じに敵を追い詰めていた。


 亜沙子ちゃんはさらに退避用のダンジョンリコールを1分おきに設置する気の回しようだ。


 もう少し、戦ってみましょうかというあちょーさんの声に、皆が頷いた。

 ボスモンスターはHPが減少すると、1-2種類の新規の攻撃を追加してくることが多い。


 知ってはいたが、ポッケちゃんがいれば多少意表を突かれても対処できそうな気がしていた。

 火力で強引に押し切る選択肢もとれると思っていた。


 いける。


 自分たちは強い。

 そう錯覚するに十分な流れだった。


 汗で頬にはりついた銀色の髪を、指で耳にかけ直した。

 そんなさっきのあたしは、まだ気付かずに笑っていた。


 皆の顔から余裕が抜け落ちたのは、そのすぐ後だった。

 さっきまで定型的だったディアボロスが剣をしまい、魔法を詠唱し始めた。


 完成し放たれた光の範囲魔法〈降りそそぐ遺物フォーリングスター〉は、一目でわかるほどの桁違いな魔法だった。


 広範囲に次々と降り注ぐ光の槍は味方全体のHPを大幅に削った。


【詠唱保持】していたのだろう。

 ポッケちゃんがその魔法を身に受けながらも強引に完成させた〈領域生体回復エリアヒール〉がなければ。


 ――あたしは死んでいた。


 勢いを削がれた上に、背筋が凍りついて動けなかった。

 もちろん言葉なんか、出なかった。


 しかし、それで終わりではなかった。


 ディアボロスは怯んだあたし達を嘲笑うかのように、1メートル近くもある角笛を取り出すと、寒気のするような低音とともに緑の靄を吹き出した。


 靄は生き物のようにあたしたちの周りに広がると、仲間同士が戦う悪夢のような光景が始まった。


 結果的には、一度味方を攻撃するとそれで正気に戻る【一過性混乱】だったのだけど、あちょーさんとゴッドフィードくん、ポッケちゃんがその魔法に支配された。


 ポッケちゃんが光の魔法でぼろぼろになったまま、たたたっと走り出し、メイスでじゃばさんに背後から殴りかかった。


 あたしの近くまで来た亜沙子ちゃんが、手を震わせながら初級の回復魔法ヒールを詠唱し、ポッケちゃんを癒やす。


 だがMP消費の少ない初級魔法とはいえ、限界まで仲間に支援魔法バフを入れてくれた亜沙子ちゃんのMPは、すぐに枯渇した。


 HP回復薬ポーション投与は、ある程度近づかなければできない。

 ボス前に立つじゃばさんに接近したポッケちゃんとは、それなりの距離がある。


 あそこに行くということは、じゃばさんへの範囲攻撃を身に受けるということだった。

 自分達後衛職の土俵ではない。


 その直後にポッケちゃんはあちょ―さんの炎の魔法を受けて、倒れ伏した。

 亜沙子ちゃんのおかげでわずかにHPは残っているが、意識を失い行動不能に陥っている。


 あの冷静なあちょーさんが自分の手を見て、無言で立ち尽くしていたのを覚えている。


 そしてあたしは矢を受けた。


 刺さったままのあたしの肩と左脚は、少し動かすだけでも激痛が走る。

 特に脚は矢創からの血が止まらないし、大きな音がしたからたぶん骨も折れてしまっているのだろう。


 ゴッドフィードくんの放った矢はミスリル製で、折るとか絶対無理だった。

 それでもポッケちゃんにこの攻撃が重ならなくてよかったと思う。


 済まねぇシルエラさん、と言いながら真っ青になったゴッドフィードくんがHP回復薬ポーションを投げてくる。

 傷が癒えるが、矢は刺さったままで完治とまではいかない。


 痛みをこらえて、いいの、それよりポッケちゃんを、と皮一枚の笑みを浮かべた。

 ポッケちゃんのすぐそばにいるのはじゃばさんだけれど、彼はタンクで振り返る余裕がない。


 ポッケちゃんは蒼い髪とローブが無残に焼けたまま横たわっていて、まるで火事になった家に残された、人形のようだった。

 その白い額には、べっとりとした血が貼りついている。


 唇を噛んだ。

 あの蒼い少女が動けるかどうかが、この戦いの分かれ目だったのだ。


 逆に言えば、ポッケちゃんの行動不能が、相手に揺るがない優位を渡した一手になった。


「――起動まではあと何秒ですか!」


 あちょーさんが声を荒げているのを初めて聞いた。

 退避用ダンジョンリコールのことだ。


「今消え去ったばかりよ! まだ50秒くらいかかるわ!」


 亜沙子ちゃんの声に、皆が死を間近に感じたと思う。


 ここでディアボロスは片手をゆらりと前に出した。

 その姿勢のまま、口だけが動いている。


「――まずい! なにか来るぞ!」


「また初見の技だわ! もういや!」


 動揺しやすい亜沙子ちゃんが、ヒステリックに叫ぶ。


 あちょーさんが催眠スリープ、あたしは鋭い氷柱弾アイシーニードルで詠唱妨害を謀るが、失敗に終わった。


「これ以上はいけませんね」


 あちょーさんが手の汗をぬぐい、緑水晶の入った杖を持ち直している。

 自分の使っているものと同じ、A級では魔力上昇効果の高い『グンドローラの杖』だ。


「タゲは僕だ! 置いていってくれ!」


 覚悟を決めたじゃばさんが盾を構えて叫ぶ。


「なに言ってんだよ、じゃば……!」


 ゴッドフィードくんの責める声。


 しかし、じゃばさんは気づいていたのだと思う。

 時すでに事実となりつつあることに。


 ――この戦いは、最低でも2人を失ねばならない負け戦であること。

 ――ポッケちゃんを助けに行く者がいたら、もう一人増えること。


「くそっ! 冗談じゃないぜ! 何か方法あるだろ!」


 二人と付き合いの長いらしいゴッドフィードくんは、受け入れられない。


「ええい仕方ありません! じゃばさんお願いします。皆さんもう危険です! 退避!」


 あちょーさんの指示がとぶ。


 視界が滲んだ。

 自分達のせいだとわかっていても、どうしてこんなことに、と思ってしまう。


 いつだろう。

 いつ自分達は、越えてはいけない線を越えてしまったのだろう。

 急に鳥肌が立って、あたりの空気が冷たく感じた。


 杖を握りしめた。


(――逃げるならみんな一緒に)


 今までポッケちゃんの回復魔法ヒールにどれだけ助けられたか知れない。

 それにポッケちゃんがいなければ、さっきの〈降りそそぐ遺物フォーリングスター〉 で、間違いなく死んでいた。


 自分にできることを見つけるのだ。


「――いや、だから、早く逃げろってば!」


 じゃばが来るだろう攻撃に備えながら再び急かす。

 やっぱり、誰も下がらなかった。


「みんな早く逃げろってー」


 ゴッドフィードがディアボロスに矢を向けながら、棒読みで言う。

 ポッケちゃんを拾うタイミングを伺っているのだ。


 ふっと笑った。


 足を引きずってでもポッケちゃんを拾いに行こうと、なんとか立ち上がった時。

 あたしの横を走り過ぎて行く人がいた。


「――ただいま参りますよ」


 同じ後衛職の、あちょーさんだった。


「馬鹿! 自分で言っておきながらなにやってんのよ! ペラペラアーマーのくせに突っ込まないでよ!」


 濡れた声で叫ぶ亜沙子ちゃん。


 走る背中を見て、昨日の会話を思い出す。


 あちょーさんは小さいころから机に座ってばかりだったから、運動が苦手だと言っていた。


 逆上がりもできなかったと、自分で笑っていた。

 色白が嫌で、それだけの理由でダークエルフにしたそうだ。


 言う通り、その走る姿は走り慣れた男子のそれとは違って、なよなよしていて、マジカッコ悪い。

 鼻で笑っちゃうくらいダサい。


 ――でも。

 その一生懸命走る姿に、あたしは涙があふれてきた。

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