第130話 シルエラの驚き1
小さめの広間に、軽く50人を超える人たちが3列に横並びして整列させられている。
こうやって並んでいると、高校生活を送っていたあの場所を思い出す。
あたしの学校の体育館は暖房がすぐ不調になるとかで、夏以外はいつも寒かった。
そんな場所でも、人が倒れても話し続ける校長がいたから、ピンクの手袋とストッキングが必須だった。
でもここはあの体育館とはまた違う、鬱陶しさを感じる。
空気が滞っているくせに寒くて、男子のにおいが強い。
時刻は22時。夜になってからの『百武将』緊急招集。
自分が一番勉強しやすい時間帯なだけに、さっさと終わらせて欲しいと思う。
だが招集をかけた当の本人はまだ姿を現していない。
「……一体、何者なんだ? ひとりでリフィテル守ってる奴ってよ。結局第4陣まで出て戦ったんだろ?」
自分の左側の男子が、向こう隣と話し始めた。
なお、第3陣が『チームロザリオ』、第4陣が『調教・召喚部隊』だ。
「こうやって緊急招集がかかる時点で、皇女奪還戦の雲行き、怪しいけどな……」
サカキハヤテ皇国降伏後の戦いは「皇女奪還戦」と呼ばれるようになった。
つい最近になってついた名前。
この戦いが始まってから、すでに11日が経とうとしている。
名が付くほどに長引くなど、誰も予想していなかったと思う。
「百武将の名をかざして出陣しているのに、情けないことこの上ないな。……さて意識の戻った第2陣の連中は何か思い出したか?」
マウントした言い方が、会話に混ざってくる。
髪を耳にかけながら目だけをちらりと向けると、やっぱりピエールという、百武将のエルフの男だ。
ふん、と鼻を鳴らす音が、今日も嫌味っぽく聞こえた。
私の彼とはまた方向の違った、自信家。
「巨人を盾にしていて奴には近づけなかった。武器は持っていなかったのは見えたが」
苦々しい表情で言うのは、『爆炎の魔術師』を名乗るスタフィーロくんだ。
自分とは違う魔術師系最終職業、
第二陣でグラフェリア城に向かい、発狂して帰された人でもある。
ちなみに、その発狂の理由が【呪い】のせいだとわかるまでに、丸一日かかった。
ほとんどが第一段階の【不道徳】から第三段階の【不浄】であり、
しかしたったひとり、源治という人だけが【
あの人は目をひんむいて、今も休むことなく叫び続けている。
「きらきらしたものが見えたかと思うと、突然相手がものすごく恐ろしく見えて……もう覚えていません。まさか【呪い】とは……」
ダークエルフの
種族が違えど、この人のしっとりとした美しさは自分にもわかる。
負ける気はしないけれど。
「どんな武器かすら、わからなかったのかい?」
皇女奪還戦に参加していなかった別の男子が訊ねる。
「巨人の背後からやってくるから、見えねぇんだよ」
「男は調教師なんだろう? 調教師がそんな遠距離攻撃、できるわけなかろうが」
ピエールがよれた髪をかき上げながら、再び災いの口を開いて割り込む。
「……のんきに街にいた奴が、偉そうに上から物言ってんじゃねぇ!」
やっぱり剣呑とし始めた。
はーぁ、とため息が出る。
あの自信家、空気を乱すことで絶対喜びを感じているわね……。
「まぁまぁ、仲間同士でやめるっけさ。そういやポッケたちの第3陣『チームロザリオ』、どうしたんだで? 音沙汰ないっけさ」
達夫くんが割って入っている。
「そういや……」
「いやまさかあいつらに限って、死にはしねぇだろうけどな」
皆がキョロキョロし始める。
確かに、蒼髪のポッケちゃんやエロゴッドフィードくんは、招集なのにここにいない。
いや正確には、『第3陣』としてグラフェリア城に向かってから、誰も一度も見ていないという噂だ。
「ところで今日は何の招集なんだよ。誰か知らねぇのか?」
「『第4陣』がさっき戻ったらしいぞ。敗戦だったらしい。今、司馬様と話してる」
前の方にいた背の高い
「マジで?」
「『第3陣』と、『第4陣』もやられたってことかよ!?」
「おいおい、相手はたったひとりなんだろ? こんなに百武将集めて戦ってんのにまだ勝てねぇの?」
「何者なんだよ、いったい……」
広間がざわめき始める。
「私も『何者』か知りたいです。あれから知り合いを当たりましたが、あの戦い方、誰もわからないと言うのですよ……」
「一人のくせに、囲まれても全然怖気づいてなかったんだよな。雰囲気からして、並のアビリティ覚醒じゃない気がした。『何者』なんだろうな」
『第2陣』で参加した人たちが、腕を組みながら言葉を交わしている。
何者、何者、何者……。
誰もわからない、不思議なひとりの男の人。
そんな折、扉を開ける重厚な音がした。
NPCの従者を5人ほど連れた司馬王が入ってくる。
背後には、『第4陣』に参加したサブリーダーのエディーニくんと、リーダーだったガーベラさんを従えていた。
司馬王がこういった緊急会議にNPCを連れてきたのは初めてだ。
皆に『ご苦労』と声をかけた後、司馬王は上座に置かれた玉座に腰かけて、ゆっくりと話を始めた。
「緊急招集は御覧の通り、『第4陣』が帰還し、情報共有を行うためです。すでに知っている方も多いと思いますが、『第3陣』、『第4陣』ともに我らの敗北です」
周りが、ざわっとした。
それでも司馬王は淡々と話している。
いつもと気分が違うのか、今日はあの歴史っぽい扇子を扇がないけれど。
「『第3陣』で派遣した『チームロザリオ』の面々は敗北したことと敵の情報を私に伝えた後、ピーチメルバ王国への勤仕を終えたいとの意向を伝えてきました。それゆえ」
司馬王がそこで言葉を切った。
「――反逆とみなし、行方を追っています。見かけた者は即刻連絡するように」
予想もしない言葉に、場が水を打ったように静まり返った。
(えっ? ポッケちゃんたちが、反逆……?)
司馬王がすぐさま言葉を続けたので、誰も、何も口を挟めなかった。
「『第4陣』は、ほとんどのプレイヤーが生き残りましたが、調教・召喚獣はすべて粉砕された模様です」
「えっ……!」
驚きの声の後、ふたたび、ざわり、とする。
「……まさか、キーピーズのワイバーンもか」
最前列の百武将男子の問いかけに、司馬王は無言で頷いた。
「うそだろ、おい……」
「二体いたんじゃないのかよ」
「二体ともやられましたよ」
「…………」
司馬王の冷ややかな答えに、百武将のみんなは絶句する。
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