第129話 破格


 この世界のボス級モンスターは、戦闘中に配下を召喚する【複数部下召喚】の能力を与えられている。

 その能力で多角的にプレイヤーを攻めて圧倒し、追い詰めるのである。


 しかし、窮奇はこれほどの高位の魔物でありながら、【複数部下召喚】の能力がない。

 その理由がこれである。


 敵1人を戦闘終了まで味方につけてしまうという、極悪な能力、【絶対服従】。

 この強力な能力を与えられているゆえのことなのだ。


「………」


 ガーベラの目が、色を失う。

 そのまますっくと立ち上がると、下位魔人レッサーデーモンを連れたまま歩き、窮奇の横に並んだ。


「が、ガーベラさん!?」


「くそ! うちのリーダーが【魅惑】されちまったぞ!」


下位魔人レッサーデーモンも、敵に……!」


「状態異常回復! 状態異常回復薬でもいい! 早くしろ」


 エディーニが叫ぶ。

 それに応じて、すぐさまガーベラにその魔法や薬がかけられて、ガーベラの衣服が薬まみれになる。


 しかし、ガーベラには変化がない。


 四凶が放つ【魅了】はそんなに甘いものではない。

 いったんかかれば最後、戦闘が終わるまで、今は敵軍が全滅するまで解除できないのである。


「………」


 ガーベラが無表情のまま、従者に指示を出す。

 下位魔人レッサーデーモンが、前に出てきていた吸血蟻ブラッディアントに〈炎の矢ファイアアロー〉を飛ばし始めた。


「だめだ、薬が効かねぇ!」


「誰か牛を、本体を叩け!」


「いや、ガーベラを止めろ!」


 選りすぐりの百武将でありながら、彼らは完全に正気を失ってしまっていた。


「……あ……」


 その様子を目の当たりにして、リフィテルは今更ながら理解していた。

 自分を守ると誓ってくれた存在の強さを。


「ここで俺様登場! ――調子には乗らせねぇ!」


 そこで、一人の百武将が名乗りを上げるように前に出てくると、窮奇にジャイアントクロコダイルをけしかけた。

 平治である。


 他の百武将たちのように、動転していなかったことだけは称賛に値しよう。

 調子に乗らせないほどの魔物かは別として。


「シャアアー!」


 ジャイアントクロコダイルが地を這ってやってくると、窮奇の前足に噛みつこうと大口を開けた。


 しかし窮奇は、むしろその口に前足を突っ込んで、口の中から下顎を押さえるように踏みつける。

 上顎の牙が窮奇の前足を幾度も引っ掻くが、せいぜいかすり傷が増える程度であった。


「つまらぬ」


 窮奇は口の中を踏みつけたまま、ジャイアントクロコダイルの上顎に噛み付いた。

 首の筋肉を盛り上がらせて、噛んだまま大きく頭を振り上げる。


「………!」


 ベリベリベリ、という激しい音とともに、ジャイアントクロコダイルは、口角から腹まで2枚に裂けて、痙攣していた。

 即死である。


「ああぁ!? 俺のクロコダイルが!」 


 平治はそれが最後の言葉になった。

 直後、突進してきた窮奇に轢かれ、堀へと吹き飛ばされていたのだ。


 「何やってる、デーモンで牛を始末しろ! 急げ!」


 エディーニが血相を変えて叫ぶ。


「ま……まかせろ!」


 大召喚師アークサモナー2人が、下位魔人レッサーデーモン2体を窮奇に差し向けた。


 その顔にあった嘲笑いは、跡形もなく消えている。


 下位魔人レッサーデーモン2体は指示された通り、古代語魔法を詠唱し始める。


「この忘恩の徒め。下級すぎて我がわからぬか」


 窮奇が低い声を発して、下位魔人レッサーデーモン2体をじろり、と見る。


「…………!」


 睨まれた下位魔人レッサーデーモンはぎょっとして、詠唱を忘れ、立ちすくむ。


「――トフヌ・ワーヨ・ニュベリエウ・スラスタ 盟約に応じよ、全てを食い尽くす者。永久とこしえの牢獄より、我は汝を解き放てり」


「……おい……」


 窮奇の詠唱を聞くなり、見ていた仮面の男が顔をしかめた。


 刹那、石畳の足元に開いた黒穴。

 その上には、不気味に赤い靄が漂っている。


「ヒヒヒ……」


 穴の中から響く、奇声。


 まもなくして、穴の辺縁にひとつ、しわがれた手がかかる。


「………!」


 見ていた者たちが、後ずさる。


 ひょい、と姿を現した者。


 それは大鎌デスサイズを持った、赤茶けた肌の、腰巻きだけの男。

 髪は頭頂が禿げ上がり、落ち武者のように側頭部の黒髪が肩までのびている。


 やせ細り、腹だけが異様に突き出ている姿は、逸話の通りの餓鬼。


「な、な……」


 現れた異形の味方に、リフィテルは言葉を失う。


 餓鬼貴公子ガキ・プリンスである。

「ザ・ディスティニー」では魔界の中にあるとされる、餓鬼界の王子である。


 見ての通り防御力はないに等しいが、特筆すべきはその手にある大鎌デスサイズ

 これが高率で【即死】を生むのである。


「お、おい……またヤバそうな奴が出てきたぞ……!」


「び、びびるな! まだ数は圧倒的にこちらに分がある」


 そう叫ぶエディーニの顎からは、大粒の汗が落ちた。


「ヒヒヒ……!」


 餓鬼貴公子ガキ・プリンスが、大鎌を持ち上げる。


 それに応じるように、いきなり下位魔人レッサーデーモン2体が、ひれ伏した。


 首を刎ねてくださいと言わんばかりの姿勢を取る。


「なっ……おい! なにを」


 唖然とする大召喚師アークサモナー2名。

 下位魔人レッサーデーモン の首をやすやすと刎ねていく餓鬼貴公子ガキ・プリンス


「…………」


 リフィテルは鳥肌の立った腕をさする。


「ヒヒヒ……!」


「あ、うあぁ……!?」


 餓鬼貴公子ガキ・プリンスは引き続き、大召喚師アークサモナーに大鎌を振るい始める。


「洛花、殺させるな」


「はて」


 窮奇は見えてませんとばかりに、鼻歌的なものを歌っていた。


「――まだわい、いる!」


 その時、百武将の中から力強い声が上がった。

 キーピーズである。


 このオーガが、これみよがしに劣種レッサー ワイバーンをもう一体呼び出した。


「おおぉ!」


「そうだ、俺達にはキーピーズがいる!」


「いけぇワイバーン!」


 力強く羽ばたき、威嚇を始めるワイバーンに、百武将たちからぞくぞくと期待の声が上がる。


「――いけ!」


 キーピーズが、2体の劣種レッサー ワイバーンを同時に仕向け、頭上から窮奇に襲いかからせた。


「つまらぬ」


 窮奇は鼻を鳴らし、体勢低く構える。


 刹那、その体躯が二重にぶれた。


「おあぁ!?」


 直後の光景に、キーピーズは度肝を抜かれる。


 窮奇が弾丸のように飛び、宙にいた劣種レッサーワイバーンを轢いたのだ。


 それは角で引き裂かれ、一瞬でズタズタになっていた。


「ギャアオォォ」


 轢かれた劣種レッサーワイバーンが力を失い、森の中に墜落していく。


「……嘘だ……」


 百武将たちが、目を見開く。


 確かに、空中の猛禽が、狙っていた地の獲物に逆にやられるなど、想像もできなかったに違いない。

 窮奇はその翼をはためかせ、身を翻すと、宙でもう1体の劣種レッサーワイバーンに体当たりをかまし、そのままワイバーンを連れて濠に突っ込んだ。


 ギャアオォォー、という鳥類的な悲鳴は、ザブン、という水面を割る音がした直後に途絶えた。

 続けてドォォン、という衝撃とともに、橋が縦に揺れた。


「歯ごたえすらなし」


 やがて窮奇だけが、水を滴らせながら、悠々と橋の上に戻ってきた。


「お、おい………」


 調教師の一人が、指をさす。


 ボロボロになった劣種レッサーワイバーンがぷかり、と浮かんでいた。

 当然のように、ぴくりとも動かない。


「こ、この一瞬で……やられた!?」


「2体もいたのに……!」


 百武将たちは我が目を疑っている。


「つ、強い……」


 リフィテルは破格の召喚獣と、その召喚者を交互に見ながら、ただ息を漏らす。

 まさに格の違いを見せつける召喚獣戦であった。


「……わ、わいの、もう、死んだ?」


 疑うべくもない現実に、キーピーズが崩れ落ちるように、座り込んだ。


 窮奇はなおも、残っていた召喚獣を次々と蹴散らしていく。


「……て、撤退!」


 エディーニがそう叫びながら、一番に走り去っていく。


「こんなの、絶対無理だろ!」


「逃げろ!」


 百武将たちが仮面の男に背を向け、次々と橋から逃げ去っていった。



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