エピソード51-44

インベントリ内 休憩所 VIP席――


 ソファーのあるVIP用休憩所に静流たちはいた。

 壁際の三人掛けソファーには、静流を中央に薫子と忍が両脇に座っている。

 当の静流は、青ざめた顔で額にうっすら冷や汗をかいていた。

 薫子が静流の額をハンカチで拭いながら、不安げに聞いた。


「静流? また顔色が悪くなってない?」

「う……多分レプリカの誰かが何かやらかしたんだと……思う」


 静流の言葉に反応したのか、ノートPCの画面にいたメルクが、話しかけて来た。


〈ふむ。この状況で良く持ちこたえとるな。末恐ろしいわい〉

「何だよそれ、メルクの旦那?」


 メルクの言い草に、達也が聞いた。


〈良いか? 静流の今の状況は、一言で言うと『疑似的に静流を四人生み出した』ようなもんじゃ〉

「つまり、『劣化コピー』では無い、ちゅう事やな? メルクはん?」

〈左様じゃ〉

 

 メルクの見解にをカナメが補足した。


「つまりや。魔法で製造したレプリカ4体は、それぞれが自我を保ち、魔法まで使えるバケモンだった、って事や」

〈そして個々の存在の維持や魔法は、全てオリジンである静流の魔力でまかなっておるのじゃよ〉


 二人の説明で、色々と腑に落ちた静流。

 

「ハハハ。成程ね。それで魔力の消耗が激しいのか……」

「すると、個体と常時リンクしていた時は、むちゃむちゃな負荷が掛かってたのと違うか?」

「ええ、恐らく。それでメルクが止めてくれたのか……」

〈うむ。あのままだったら、とっくにぶっ倒れておるわい〉


 メルクは画面の中で腕を組んだ。


「私の魔力、分けてあげられたら良かったのに……」

 

 姉たちが心配して顔を覗き込むと、静流は苦笑いした。


「だ、大丈夫だよ。まだドクポもあるし……あれ?……空だ」


 テーブルにあったドクポの缶を持ち上げると、既に空になっていた。


「お前、それで4本目だぞ? 大丈夫なのか?」 

「静流? 本当に大丈夫なの?」


 達也と真琴にまで心配されている静流。


「う、うん。達也、ドクポ、取ってくれない?」


 静流は苦笑いしながら達也に頼んだ。


「これがココに在る最後のドクポだ。大事に飲めよ?」

「サンキュ」プシュッ


 達也から奪い取るようにドクポを手にすると、栓を開け、一口あおった。 


「ゴクゴク……ぷはぁ、生き返ったぁ……」


 ドクポを飲んだ事で、一時的に顔色が良くなった静流。

 蘭子が少し離れた長テーブルで休憩している部員に聞いた。


「おい! お客さんって、あと何人いるんだ?」

「えと、ちょっと待って下さい」テテテテ


 部員が状況を確認しに行き、数分後に戻って来た。


「あと、3組で終わります!」

「3組? 4部屋だから12人か……」


 静流の様子を見て、薫子は立ち上がろうとした。


「もうひと働きするか。ブラムちゃんとシズムちゃんはどこ?」

「シズムは白黒ミサ先輩に連れて行かれた。ブラムは多分食堂だろうね……」


 立ち上がろうとした薫子を、静流は制した。


「大丈夫だよ。あと3組でしょ? 余裕余裕」


 静流は精一杯強がった。


「静流を馬車馬扱いするなんて……睦美め、タダじゃ置かない!」


 今度は怒りが頂点に達した忍が立ち上がろうとした。


「忍ちゃん、ホントに大丈夫だから……落ち着いて、どうどう」

「くふぅん」


 忍を座らせ、頭を優しく撫でてやると、丸くなった忍は目を細め、静流にもたれかかった。


「ふぁぅぅ。怒りの炎が鎮火していくぅ……」

「あ、コラ忍! ドサクサに紛れて……もう! 介抱するのは静流でしょう?」




              ◆ ◆ ◆ ◆




インベントリ内 プレイルーム――


 ルームCでは、リクエストにより七本木ジンに扮したレプリカが接客していた。

 ベッドに横座りし、ユーザーの頭を腿に乗せている。


「あぁっ……ジンさまぁ」

「じゃ、始めるよ。力を抜いて、楽にしてて」

「ふぁ、ふぁい。お願いしまふ」


 ジンによる耳掃除が始まった。


「痛かったら言ってね?」

「き、気持ちイイ……れす」


 ユーザーにとっては、至福の時なのだろう。


「ん? これは大物だぞ? イイかい? そのまま動かないでね」

「はわわわ……脳が……溶けるぅぅぅ♡♡」


 ジンは慎重に耳垢をとった。


「と、取れた……スゴいね……ピンセットで取るレベルだよ?」

「は、恥ずかしい……」


 ユーザーは、目の前の特大耳垢を見て、両手で顔を覆ってしまった。


「今日イチってやつだね。キミが暫定1位だよ♪」

「嬉しいけど、やっぱり恥ずかしぃ~♡」


 ジンは耳元に優しく息をかけた。


【ほら、キレイになったよ♡】フゥ……


「ふぁららららぁん♡♡」ビクン、ビクン


 ユーザーは、心地よい絶頂を迎えた。 


「はい、お終い。楽しんでくれたかな?」

「ふぁい。あぁ……長生きして良かったぁ……」


 ユーザーは天井の方を見ながら、出口用ドアを出て行った。

 笑顔でユーザーを見送ると、ジンは溜息をついた。


「ふぅ。次の方、どうぞー」


 返事が無い代わりに、部員の声が帰って来た。


「ルームC、完了しましたっ! これにて今日のイベント、全て完了でーす!」

「お、終わった……のか?」


 完了の言葉を聞いて、ベッドに突っ伏したジン。


「ぷはぁー、もうダメ」


 すると隣の部屋からシズミが顔を出した。


「お疲れ、オリジンの所に行くよ! ほら起きて!」

「そうか……これで楽になれるな」


 ジンとシズミがルームを出ると、静流とシズルーが待っていた。


「よぉ、お疲れさん」 

「いやー、参ったねこりゃ……」

「ねぇねぇ、このイベント、明日もやるの?」

「そうみたい……だね」


 四人のアクターが揃って談笑していると、睦美が奥から歩いて来た。


「やあ諸君! ご苦労だったね」


「「「「睦美先輩!」」」」パァァァ


 睦美を見つけると、四人が綺麗にハモった。


「うほぉ……レプリカとは言え、四人同時だと効くなぁ……ん? 何だ?」


 睦美が四人に近付こうとした時、睦美の横を物凄い速さの影が通り過ぎた。


「ジー、ンー、さまぁ~♡♡」ガシッ

「うぐぇ!?」


 物凄い速さで近寄って来た影は、迷う事なくジンに危険タックルをかました。


「ほ、本物だわ。今度こそ本物……見間違う事なんかない!」

「カ、カチュア先生!?」


 カチュアはジンに抱き付き、胸に頬ズリしている。


「この時を何十年夢見てた事か……もう離さない! どこまでも付いて行く!」フー、フー

「違います! コスプレです! 変装です! 化装術です!!」


 無理矢理抱き付いて来るカチュアを、必死に引きはがそうとするジン。

 それを見ている他のアクターが、呆れて言った。


「先生、そう言うの後にしてもらえます? ボクたち疲れてるんで……」

「早く本体と融合して、一つの細胞に戻りたいです……」

「な! ちょっとみんな、先生を何とかしてくれよ」


 しびれを切らせたシズミが、他のレプリカに声をかけた。


「ほら、オリジンの所に行くよ。多分エライ事になってると思うから。行きましょう先輩!」


 シズミがそう言って睦美の手を握り、ぐいぐい引っ張った。


「むはぁ、ちっちゃい静流キュンも乙ですなぁ……ショタ万歳!」


 一行は静流たちのいるVIP席の方に歩いて行った。

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