エピソード51-11

個人サークル 五十嵐出版ブース 11:30時――


 五十嵐出版のブースは、開始時から長蛇の列を築いていた。


「ありがとうございました!」

「こちらこそ、素敵な時間をありがとう……ムフ」


 購入を済ませた一般参加者が、ホクホク顔でブースを去って行く。


「次の方、どうぞ!」


 並んでいた一般参加者が呼ばれた。


「いらっしゃいませ!」

「ぜ、全部下さい! ハァハァ」

「ありがとうございまーすっ! こちら、クーポン券でございます!」

「ク、クーポン券?」


 一般参加者は聞き慣れない言葉に首を傾げた。

 部員がブースに貼ってあるポスターの特典が描いてある部分を指し、説明を始めた。


「当サークルでご購入されたもの全てについて、このクーポン券が発行されます。こちらの点数を集めると、それはもう素晴らしい特典が得られます。特典については、クーポン券の裏をご覧ください!」


 説明を聞き、購入者がクーポン券の裏を見ると、驚きの余り飛び跳ねた。


「な、何ぃ!? こ、こんな事があってイイのでござるか?」

「ええ。イイのです! 午後からのイベントを、お楽しみに♪」


 頒布品を受け取った一般参加者が、ほとんど放心状態でゆっくりとブースを去って行く。


「あ、見て、トリさんだ……ふひぃ」




              ◆ ◆ ◆ ◆




 サラはブースの端っこで、頒布品にサインを書いていた。


「先生、あとこれだけお願いしますっ」ドサッ

「はひぃ、まだこんなに?」

「これは今日の分です。明日の分はまた後程」

「は、はい……うへぇ」


 目の前にうず高く積まれた薄い本に、サラはがっくりしていた。

 すると、何やら周りが騒がしくなった。


「きゃあ! 静流様のコスプレよ♡ クオリティ高過ぎ!?」ざわ…

「レイヤーはシズムンのお兄様らしいわよ♡ 素敵ね~♡」ざわ…


 部員がサラに声をかけた。


「サラ先生、ユズル様がお見えですよ♪」

「へ? あわわ、どうしよう……」


 先ほど頼まれたサインが、まだ数十冊残っている事にサラは慌てた。


「先生、残りは後で構いません。ユズル様との想い出づくり、楽しんで来て下さい!」

「ご武運を、祈っております」

「あ、ありがとう」


 そんなやり取りをしていると、ブースにユズルが到着した。


「「「きゃぁぁ! 静流様ぁぁ♡♡」」」


 並んでいる一般参加者たちが、ユズルを見た瞬間に一斉に黄色い声を上げた。


「お疲れ様です、皆さん!」

「ユズル様! ようこそ、お越し下さいました!」

 

 部員たちがユズルを確認すると、全員で最敬礼した。

 ユズルがサラの方に歩いて行き、うやうやしく頭を下げた。


「サラ先生、お迎えに上がりました」

「ふぇ、あわわわ」

(メガネ、かけてない静流様だ……どうしよう、直視出来ないよぉ……)


 突然現れたユズルに、緊張がMAXのサラ。


「じゃあ、行こっか?」

「は、はい……」


 ユズルの横に、やや遅れてサラが付いて行く。

 後ろから部員たちがサラに声をかけた。


「先生! ガンバってくださぁい♪」

「……はい、ガンバります」


 サラは振り向き、部員たちに親指を立てた。

 歩き出すと直ぐ、ユズルはサラに聞いた。


「さて、先ずは何処から行く?」

「遠い方から行きたいので、企業ブースでお願いします」

「了解。って言っても僕わかんないし。サラ、ナビ頼むね?」

「は、はい!」

 

 サラは自分が頼られている事に喜びを感じていた。

 ポシェットから例のマップを出し、何度も確認しながらユズルを先導する。


「いやぁゴメン、ちょっと時間が押しちゃって。何だったら明日の自由時間も付き合おっか?」

「だ、大丈夫です。さっきの寸劇、小さい画面で見てました。素敵でした」ポォ

「ええっ!? 見てたの? 恥ずかしいなぁ……」


 先ほどのシズムとのコントを見られていたと知って、ユズルは照れながら後頭部を搔いた。

 二人並んで和気あいあいと歩いていると、周囲の人々が騒ぎ始めた。


「見て見て、静流様よ♡ 素敵ね♡」ざわ…

「デートかしら? 羨ましい♡」ざわ…


 腕輪の効果は表れているが、それでも注目を浴びているユズルたち。


「はわわ。見られてる」

「これだけ人が密集してると、やっぱ一個じゃダメか。そしたらこうしてっと」

「ユズル、様?」


 ユズルはおもむろにもう一個『サチウスの腕輪』を取り出し、腕に装着した。

 すると、直ぐに効果が表れた。


「お、ザワつかなくなったぞ? 成功だ!」

「す、スゴい。視線が気にならなくなりました」


 さっきまで視線を感じ、小さくなっていたサラに余裕が生まれた。

 それを見たユズルは、嬉しくなりサラに手を差し出した。


「もう平気だね? さぁ行こう♪」

「はいっ! ユズル様」


 サラは満面の笑みでユズルの手を取った。


「やっと僕の顔、見てくれたね?」

「あぅ、多分、腕輪のお陰、ですね」ポォォ


 ここまでサラは、静流のコスプレをしたユズルの顔を、まともに見る事が出来なかった。

 何故なら、コスプレの静流は、普段はお目にかかれない、防護メガネをしていない状態だからだ。


「えと、ココです」


 最初の目的地がある、企業ブースに着いた。


「へぇ。ココが企業ブースか。やっぱ気合が違うね」


 企業ブースには、等身大フィギュアやパネルが並び、各ブースのキャラにコスプレしているコンパニオンもいた。

 ブースコンパニオンたちがユズルを見つけ、あっという間に囲まれてしまった。


「わぁ、静流様だ♪ 超似合ってるね?」

「そ、それはどうも……」

「きゃは♡ テレちゃて、カワイイ~」

「アタシ仕事中なんだけど、内緒で写真、一緒にお願いしてもイイかな?」

「え? ええ。ちょっとだけ、ですよ?」

「わぁい♪ やったぁ♡」


 自分も宣伝を兼ねている以上、無下に出来ないユズルは、仕方なく写真に付き合った。


「素敵。ありがとうね♡」

「よかったら、五十嵐出版も覗いてみて下さい」

「モチ! 自由時間に行くつもりだったよぉ。じゃあね♡」


 ユズルは少し引きつりながらブースコンパニオンたちを見送った。

 するとサラがユズルの袖を引っ張った。


「サラ? どしたの?」

「むぅ。少しムカつきました!」

「いやぁ、この腕輪、プロの人には効かないのかな? グイグイ来るから参ったよ」


 見られる事が仕事である彼女らには、人を寄せる何かが働き、腕輪の効果を相殺してしまったのだろうか?


「早く行きましょう! コッチです!」

「ちょっと、わかったから、そんなに引っ張らないでよ」


 サラには珍しく、ユズルをグイグイ引っ張っていく。

 サラの目的のブースは、静流も知っているホビー誌のブースだった。


「『ホビージャポン』のブースじゃないか? ココに来たかったの?」

「ええ。モビル・トルーパー関係の設定資料集が欲しかったので」

「MTの? サラが?」


 SFものを描く際、サラはキャラ中心で、メカについては荒木・姫野コンビに任せている。

 それを知っていたユズルには、サラの行動は意外だった。


「私も、静流様が好きなメカを描ける様になりたいんです」

「そうなんだ。それは意外だったな」

「荒木・姫野コンビに任せてばっかりじゃ、ダメだと思うんですっ」

「やる気ビンビンなのはイイ事だけど、あの子たちの仕事も残しておいてね?」

(思ったより真面目に取り組んでるんだな……尊敬しちゃうな)

「は、はいっ」パァァ


 サラはユズルに褒められ、満面の笑みを浮かべた。

 同人誌なんて、てっきりいかがわしい物ばかりだと思っていたユズルは、心の中でサラに謝った。

 そんな事を考えていると、サラがコンパニオンに声をかけられた。


「あ! サラ先生! 丁度良かった!」

「え? あ、あわわ……」

「ウチの新作、バッチリ取り置きしてますよ♪ 持って来ましょうか?」


 コンパニオンが話しかけると、サラの顔がみるみる青くなっていった。


「あ、あ、あとで取りに行きます! 重いし……」

「そ、そうですか?……わかりましたぁ」

(話しかけたの、ヤバかったかな……)


 サラの様子を見たコンパニオンは、気まずそうに自分のブースである『COMIC怒髪天ビースト』の方に去って行った。

 以前、表紙のイラストを頼まれた事があり、そのツテで取り置きを頼んだのだろう。

 今のやり取りを見て、ユズルは首を傾げた。


「今受け取ればイイのに、何で? 荷物なら僕が持つのに」

「イイんです! 今は、そんな気分なんです!」

(今は受け取れない。バレたら静流様に軽蔑されちゃう……)

「そんなに怒らなくても……」

「はぅ、ご、ごめんなさい……次、次行きましょう!」

「う、うん……」


 益々挙動不審なサラに、ユズルは怪訝そうな顔をした。

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