エピソード51-12

献血カー 11:45時――


 献血カー内の面々は、相変わらずユズルの行動をモニターで見ていた。


「やっぱ腕輪二個持たせて正解だった」

「グッジョブよ忍! アンタもたまには役に立つのね♪」

「失礼な。常に役に立ってるし」


 『サチウスの腕輪』を二個着けさせる事を提案したのは、忍だったようだ。


「しかし、二個装着してんのに、アイツら難なく近付いて来たよね?」

「企業ブースにいるコンパニオンたちはプロのレイヤーです。人を集めてナンボですから」チャ

「つまり、『人寄せ』と『人払い』が相殺されたって事?」

「どうやら、その様です」チャ


 リリィの疑問には、鳴海が回答した。


「もう一個着けさせようか? 心配だわ……」

「ご勘弁を。少しも注目されなくなってしまっては困ります」チャ


 薫子の提案を一蹴した鳴海。

 カチュアが物音に反応した。


「ん? 誰か来たみたいよ?」

「もうそんな時間か。昼食の用意をしないとね」


 献血カーに誰かが到着したようだ。

 リリィが立ち上がって奥の方に行った。


「何だ? この車、献血の車か?」

「ほぉ。ムっちゃんもオモロい事思い付くなぁ」

「アタイたちは献血しに来たわけじゃねぇぞ?」

「イイからイイから。ささ、乗ってちょ」

「待ち合わせ場所、合ってますよね? ブラム氏?」

「モチのロンだよ」


 ブラムが『ポケクリバトル』の参加メンバーである、達也、蘭子、素子と、技術スタッフとしてカナメを引率して来たようだ。

 

「お邪魔しまぁす……」

「へぇ……スゲェな。車の中に部屋があるぞ?」

「お静はココにいるのか?」

「いるよ。はいどうもぉ。睦美サマ、みんなを連れて来たよ♪」

「お疲れ様ですブラム氏。もうすぐ昼食のご用意が出来ますので」

「うわぁい、お昼ご飯だ♪」


 達也たちは、休憩用のテーブルセットに座った。

 座るなり蘭子はキョロキョロ見回したあと、真琴に聞いた。


「おい真琴、お静は?」

「アイツなら、サラ先生とデート中よ」

「何ぃ!? デ、デートだとぉ?」


 真琴がつまらなそうにそう言うと、蘭子は動揺した。


「真琴!? 余裕かましてる場合じゃねえだろ?」

「ブース内を見て回ってるの。それ以上の事は無い、と思う」

「あんだよ、おどかすなよ……」


 平静を装っているつもりの真琴だが、顔が引きつっていた。


「そういやあ、前にそんな約束してたっけな……」


 達也がそう言うと、蘭子は達也たちに聞いた。


「サラって、内気そうな子だろ? 先生って呼ばれてんのか?」

「ええ。今回の頒布品は、ほとんどサラ先生の作品ですよ。ウチの稼ぎ頭ですから」

「そうなのか? 人は見かけによらないって事か……」


 キョトンとしている蘭子に、達也はからかい半分に言った。


「刺激が強いから、お蘭は見ない方がイイぜ。なんせ『18禁』だからな」

「見るかそんなもん! 大体なぁ、そう言うモンは影に隠れてコソコソ見るもんだろ?」

「プッ。オヤジみたいな事言うなよ」

「蘭ちゃんカワイイ。そう言う思考、今どきはある意味希少ですよ? フフフ」

「おい、今、子供扱いされたのか?」


 達也たちにからかわれ、蘭子はむくれた。


「お、早速可愛がってくれとるんやね?『ぶいすりゃあホッパー』」 


 モニターを見たカナメが、睦美に話しかけた。

 睦美はカナメを右京に紹介した。


「右京氏、ソイツの制作者のカナメです」

「ども。おお、器用に回してまんな?」


 超小型監視衛星を巧みに扱う右京に感心したカナメ。


「アナタがコレを? 天才ですか?」

「いやぁ、それほどでも、あります。なんてな♪」

「素晴らしい。ここまで盗撮に特化した代物は他に無いと思います。むふぅ」

「量産の目途が付いたら、格安でお譲りしまひょか?」

「是非! お願いします。ムフ」


 ニヤついている二人は、固い握手を交わした。





              ◆ ◆ ◆ ◆




個人サークル 11:50時――


 企業ブースを見終わったユズルたちは、個人サークルのブースに帰って来た。


「よいしょ……結構買ったね?」

「す、すいません、重いですよね……」

「大丈夫。何のこれしき、フンッ」


 ユズルは薄い本が入ったトートバッグを両肩に掛け、サラの一歩後ろを歩いていた。


「あとは……ココで終わり、です」


 サラがブースの前に立つと、売り子が威勢の良い声を上げた。


「らっしゃい!」

「えと、コレを下さい」

「かしこまりぃ!」


 少し後ろでそのやり取りを見ていたユズルは、その売り子に見覚えがあった。


「あ、朝はどうも! 『ナンシー関サバ』さん、でしたっけ?」


 この売り子は、開場前に取り置きを依頼して来た最初の客であった。

 睦美がこの売り子にネットで呟かせ、取り置き分を完売させた経緯があった。


「ふぇ? 何故私の名を? って、し、しし、静流……様!?」


 トートバッグを両肩に掛け、軽く会釈したユズルに、驚愕した売り子はフリーズ寸前だった。


「今朝は助かりました。お陰でトラブルも無く、スムーズに事が済みました」ニコ

「え? あ、いえいえ、お役に立てて光栄でございまする」


 柔和な笑みを浮かべたユズルに礼を言われ、売り子はテンパりながら返答した。 


「ありがとうござい、ます」


 売り子から頒布品を受け取ったサラに、ユズルが声をかける。


「サラ、じゃ、行こっか?」

「はい! ユズル様!」


 すると売り子が声を張り上げた。


「お、お待ち下さいませ、静流様!」

「え? 何です?」

「しゃしゃしゃ、写真、お願いしたいのですが……」


 潤んだ瞳で懇願する売り子に、ユズルは快諾した。


「イイですよ。どんな感じで撮ります?」

「では、お言葉に甘えて……ふひぃ」


 俯いて影になった売り子の顔に、目だけがギラギラと光っていた。 

 売り子はゴソゴソと何かを探し、おもむろにユズルの前に出した。


「この感じでお願いします!」バシッ

「フム。じゃあ、失礼します」


 ユズルは、ブースの椅子にカチカチに座っている売り子の後ろに立った。

 ユズルは売り子の横後ろに自分の顔が来るように位置を決め、売り子の肩上に腕を通すと、アゴ下辺りで手を交差させた。


「えと……コレでイイですか?」

「ひゃうぅ。は、はい。それでお願い……します。はふぅ、鼻腔をくすぐる甘美な香り……」


 売り子が希望したポーズは、いわゆる『あすなろ抱き』と呼ばれる、『壁ドン』の様に某ドラマで流行ったものだった。

 二個装着した腕輪の効果か、周りの者の反応は希薄であった。


「あぁ……夢なら覚めないで……」

「サラ、シャッターお願い」

「わ、わかりました。撮りますっ」パシャ


 無事に写真を撮り終え、売り子はうっすら涙を浮かべ、お礼を言った。


「ありがとうごじゃります! 家宝にしますっ!」 

「そんな大袈裟な。じゃあ失礼します」


 軽く会釈して、五十嵐出版のブースに向かうユズルに、サラが不機嫌そうに話しかけた。


「ユズル様! あのポーズ、後で私にもお願いしますっ」

「サラさん? もしかして、怒ってます?」


 二人並んで歩いている後姿を眺めていた売り子は、ふとある事に気付いた。

 

「サラさん……? もしかして、サラ・リーマン先生!? まさかね……」


 五十嵐出版のブースに戻ると、部員から『休憩所』で昼食を用意してあることを聞き、献血カーに向かった。

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