エピソード51-7

膜張メッセ 偽装献血カー内 10:05時――


 開場の時間となり、正門から一般参加者が次々となだれ込んでくるのを、室内のモニターで見ているユズルたち。

 少し離れた所で、リリィと誰かが話しているが、上手く聞き取れない。


「ち、ちょっと待って下さいよ、先生!」

「そうやって隠そうとするって事は、やっぱり何かあるのね?」


 リリィの制止を振り切り、先生と呼ばれた者が、ユズルたちの所に辿り着いた。


「何? 誰か来たの? って、え?」

「ア、アナタ、何て格好してるの!?」


 薫子と忍は、目の前に現れた者の出で立ちに、度肝を抜かれた。

 度肝を抜かれていたのは、相手も同じだった。

 震える手でユズルを指さし、絞るような声をあげた。


「ア、アナタ……ジン様?」

「カ、カチュア先生!?」


「ジン様ぁぁぁ~♡♡♡」


 そう叫んだカチュアは両手を上げて、ユズルに突進して来た。


「う、うわぁぁ!」


 ユズルは危険を感じ、ソファーから立ち上がった瞬間、カチュアがユズルに飛び付き、自身の胸をユズルの顔に押し付けた。


「逃がすもんですかっ!」ガシッ

「ふぐぅっ」むにゅぅ


 一瞬の出来事で、周りの者も目の前の光景に目を疑っていた。


「……カチュア先生に、サラ?」

「へ? 真琴、さん?」


 先に我に返った真琴が、カチュアとサラの名を呼ぶ。

 サラはパジャマ姿で、ユズルに抱き付いているカチュアは、何とベビードール姿で、下はパンティ一丁であった。


「ジン様、お会いしとうございました……ハァハァ」 

「や、止めて下さい、僕……です」

「あぁ……思えば遠い昔、アナタのマネージャーに騙され、手術の成功報酬だったアナタとの叶わなかった謁見、やっと実現したのですね?……嬉しい♡♡」


 カチュアはユズルの声はガン無視で、自分の遠い記憶を思い起こし、涙を浮かべている。


「ユズル様、この方はもしや……」


 今のカチュアの呟きに、鳴海は反応した。


「この淫乱教師、ユズルから離れなさい!」

「ダメだ、完全にラリってる」


 薫子が怒鳴っても、カチュアは正気を失っていた。

 カチュアに物凄い力で抱きしめられているユズルは、何とか動かせる右腕をカチュアの後頭部に置き、魔力を流した。


「ごめんなさい先生、『気持ちよくなぁ~れ』」ポゥ


 ユズルの手に紫色の霧が掛かると、カチュアの様子に異変が起こった。



「あっ、ああっ、ジン、さまぁ♡♡ うぐっ、イ、イグゥゥゥ♡♡」シュゥゥゥ


 

 カチュアの身体が大きくのけ反り、両目がハートマークのまま意識を失い、ピクピクと痙攣している。

 ユズルがカチュアの腰を抱き、そっとソファーに寝かせた。


「ふぅ、危なかったぁ……」

「ユズル、大丈夫? 何もされてない?」

「う、うん、何とか」


 薫子が心配そうにユズルをチェックする。

 拘束から解き放たれ、首をコキコキと鳴らしたユズルに、サラが不安げに話しかけた。


「あの……静流様、ですよね?」

「サラ? あ、そうか、この格好だった」シュン


 サラを安心させる為、素に戻った静流。


「静流様ぁ。良かった。いなくなってしまったのかと思いました」

「事前に説明しておけば良かった。ゴメン」

「い、いえ。私と先生も、早めに乗り込んでサプライズを仕掛けるつもりだったので……」




              ◆ ◆ ◆ ◆




 気絶したカチュアは、リリィたちが担いで浴場に連行していった。

 浴場から帰って来たカチュアは、頭にバスタオルを巻き、バスローブ姿になっていた。

 ソファーにどかっと座り、アイスティーを飲みながら、一同に問うた。


「ふぅ。さっきは取り乱して悪かったわね。で、説明してもらってもイイかしら? 静流クゥ~ン?」

「はい。では、僕から説明します」


 一時的に素に戻っている静流は、主な経緯を説明した。 

 

  ・静流がシズムの兄『ユズル』として芸能事務所に所属している事

  ・その事務所の代表は、七本木ジンの元マネージャーの三船シレーヌだという事 

  ・事務所のオーダーで、ユズルの容姿が七本木ジンに酷似している事

  ・今回のイベントは、ユズルとして参加している事


「んもう、それならそうと言ってくれればイイじゃないの!」

「す、すいません、カチュア先生」


 静流の説明に、すんなり納得したカチュア。


「まぁイイわ。さっきイッたからかしら、身体の調子がすこぶるイイのよね~」

「は、はぁ」

「それで静流クン、私をイカせたの、どう言う術式なの?」

「手に魔力を流して念じるんです、『気持ちよくなぁれ』って……朔也さんが夢で教えてくれました」

「夢で会ったの? ジン様に?」

「ええ。どこかで生きてるのは、間違いありません」

「良かったわぁ。いつか本物に会わせてね? 静流クン」

「はい、お約束します」


 続いて睦美が、今回のオファーについて説明を始めた。


「すいませんでした先生。配慮が足りませんで」

「もうイイわよ。で、私の仕事は?」

「こちらで待機して頂き、急病人が出た際に対応して頂きたいのです」

「わかった。あ、そうそう。作って来たわよ? 例のブツ」

「ありがとうございます。助かります」


 仕事の打ち合わせを終えたカチュアに、鳴海が話しかけた。


「失礼ですが、如月ドクターは、伝説の闇医者『黒孔雀』なのですか?」

「ん? かなり前にそう名乗ってた事もあったけど?」

「では、代表、三船シレーヌを魔法で性転換させたのは……」

「私よ。報酬にジン様に会わせてくれるって言ったのに、バックレやがって……」

「代表に聞きました。その少しあとに行方不明になったと……」

「そうだったの……しかしあんにゃろめ、随分エラくなったのね」


 静流は続いて、サラとこの後について確認した。

 サラはカチュアがノビている間にパジャマから着替え、軽い朝食も済ませていた。


「サラ、このあとお昼まで、僕とブースを見て回る事になってるんだけど……」

「はい! 静流様、今日はよろしくお願いしますっ!」

「それで、行きたい所とか、見て回る所は決めてる?」

「はい! ええとですね……」ゴソゴソ

 

 サラはポシェットからコミマケのパンフレットを出した。


「商業ブースのココとココは外せません! あと個人ブースですと……」


 サラはパンフレットの、マーカーでグリグリに染まっている個所を一つ一つ説明した。

 いつものおどおどしている雰囲気は無く、充実感に溢れていた。


「フフフ。サラ、イキイキしてるね?」

「はぅっ!? 私、一方的にしゃべってますね……すいません」カァァァ

「いや、イイんじゃないかな? 僕に聞かれても、よくわからないし」


 直ぐに顔が赤くなるサラを、微笑ましく眺めている静流。

 二人のやり取りを見て、二ヤついた右京と左京が真琴に話しかけた。 


「あの二人、何かイイ雰囲気ですよね? 真琴さん?」

「サラ先生には刺激が必要です。これで創作意欲倍増、間違い無しですっ!」

「くっ、仕事の打ち合わせですよ。所詮」


 すると、お姉様たちがサラにちょっかいを出して来た。

 薫子たちが学園に短期留学している際、当時中等部にいたサラは、絵が上手だった事から薫子たちに気に入られ、可愛がられていた。


「久しぶりね? サラ」

「薫子、お姉様……」

「アナタの描いた絵、最高だった」

「忍お姉様……」


 サラは、お姉様たちの自分を見る目が、さしずめ【ギラ】を使った時の様な攻撃的な視線にひるんだ。

 

「で? 静流とこれからナニをしようって言うワケ?」ズイ

「返答次第では、妹同然のアナタでも許さない」ズイ

「え? ええと……怒ってます?」 


 サラとの距離を、じりじりと詰めて来るお姉様たち。


「まぁまぁ、そうとんがらずに……」


「「静流は黙ってて!」」


 たまらず口を挟んだ静流に、思わずシンクロしたお姉様たち。

 サラは少し黙っていたが、真剣な顔になって姉二人に告げた。


「今後の活動に必要な資料を集めるんです! 静流様にも手伝ってもらいたいんです!」 


 いつもおどおどしているサラとは違い、きっぱりと言い切ったサラに、普段のサラを知っている者は意表を突かれた。


「そ、そうなの? それは熱心ね」

「それだったら許す」


 サラから発したオーラの様なものを感じ取り、お姉様たちは簡単に引き下がった。

 今までのやり取りを見て、睦美がサラに話しかけた。


「サラ先生、お姉様たちの許可が降りたようだね。何よりだ」

「ありがとうございますGM、はい! これで大手を振って静流様と……はっ」


 うっかり口を滑らせ、口元を抑えるサラに、お姉様たちの視線が突き刺さる。

 すかさず睦美がフォローを入れた。

 

「お姉様方、先生の引き出しを増やす為です。なにとぞお目こぼしを……」

「わかってるわよ、もう」

「モチベーションの維持は大事」

「わかってくれましたか。恩に着ます」


 あっさりと引き下がった睦美は、胸を撫で下ろした。

 しかし、すかさず忍はポーズを決め、睦美に言い放った。


「ただし、条件がある!」ビシィ

「じ、条件、ですか?」


 忍が提示した条件は、至極真っ当な条件だった。

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