エピソード51-2

国分尼寺魔導高校 桃魔術研究会 第一部室 08:30時――


「静流キュンは、『井川ユズル』として我がサークルのゲストと言う立場だからね?」

「おっと、そうでした」シュン


 睦美にそう言われ、静流は操作パネルをいじり、ユズルに変身する。

 服装は自分が今着て来たパーカーの色を、白から黒に変えた位であった。


「むほぉ、素の静流様も素敵ですが、ユズル様も捨て難いですねぇ……ムフ」

「結局、『僕』にコスプレするんで、わけわかんなくなってますよ……」


 と、複雑な気持ちを吐露する静流。


「私たちには極上フルコースで御飯何杯でもイケます!」フー、フー

「そのフレーズは、ルリさんも使うなぁ……僕をオカズにするって、一体……」


 ユズルの顔が若干青みがかった所で、右京はある事に気付いた。


「そう言えば、同朋たちの姿が見えませんが、 現地集合なのですか?」

「同朋? レヴィさん達ですか? 特に誘ってないから、来ないんじゃないですかね? 遠いし」


 ユズルがそんな事を言うので、右京は興奮気味に食い下がった。


「そんなワケありませんよ! 絶対来ますって!」フー、フー

「まぁまぁ、落ち着いて」

 

 興奮している右京をなだめ、睦美がフォローを入れた。


「恐らく一般参加者として来るつもりなのだろう。キミに悟られぬように、ね」

「僕に? 何でですか?」

「キミが『薄い本』に嫌悪感を抱いているから、だろうね」

「それは……そうですけど」

「あの方たちは、放置されている事も『ご褒美』なのだから、気付いても気付いていないフリをしてあげる方が喜ぶと思うね」

「ホントにもう、面倒な方たちだな……」


 【ゲート】の前に立ち、睦美が一同に告げた。


「それでは行きましょう、いざ、膜張へ、ゴー!」




              ◆ ◆ ◆ ◆




膜張メッセ 08:35時――


 第一部室に設置された【ゲート】をくぐると、そこは広大なホールであった。

 ブースの設営に、スタッフたちがせわしなく動いている。

 いきなり広がった空間に圧倒されるユズルたち。


「ほえ? 一瞬で着いちゃった……」

「右京姉さん、口が開いたまま。よだれ、よだれ」

「う、うん。やっぱ便利だよね?【ゲート】って」

「ええ。遠くから来て、早朝から並んでいる参加者様の事を考えると、申し訳ない気がしますね……」


 左京は、自分の周囲がかなり恵まれた環境にある事を実感した。


「うわぁ、広いなぁ。僕、現場には初めて来たんですよ」

「ユズル様の……初めて? ふぐぅっ! 差し込みが……」


 右京は突然右胸を押さえ、前かがみになった。


「右京さん?」

「大丈夫ですよ。ほら、しっかりして! この位でダメージ受けていたら、後が大変ですよ?」

「おっふぅ……失礼、取り乱しました」


 ユズルが心配そうにして見ているので、左京が声をかけると右京は直ぐに立ち上がった。


「うわぁ、コレ全部『薄い本』を売る人たち? 予想以上の規模ね?」


 キョロキョロと辺りを見渡している真琴に、睦美が言った。


「真琴クン、少なくともココでは『売る』のではなく、あくまでも仲間に本を配る時に印刷代をもらう、という体裁で『頒布』と呼んでいるのだよ」

「ちなみに真琴ちゃん、ココでは『お客様』の事を、親しみを込めて『参加者』と呼ぶのです!」ビシィ


 睦美の説明に、左京が付け加えた。


「そこ、こだわる所ですか?」

「勿論だとも」


 真琴の疑問に、睦美はそう答えた。


「そうです! ココで手に入れるのと、マロンブックスで手に入れるのとではワケが違うのです!」ハァハァ

「当然ココでしか買えない装丁だったりはするがね。 苦労して手に入れたものほど、愛着がわくと言うものだよ」

「はぁ、そんなもんですかね……」

 

 右京が言う事に、真琴は今一つ理解に欠けていた。


「ウチのブースはコッチだ。来たまえ」


 個人サークルのブースを見回しながら、睦美に付いて行くユズルたち。

 ユズルの腕には、いつの間にかシズムがべったりと抱き付いていた。


「ちょっとシズムちゃん!? 周りの目もあるんだから、わきまえなさい」

「イイじゃん、兄妹なんだから♪」

「こらこら」


 真琴が周りを見渡すと、さっきまで作業していたスタッフたちが手を止め、ユズルたちに注目している。


「ちょっとアレ、噂の?」ざわ…

「うわぁ、シズムンよ、カワイー」ざわ…


 すれ違う度に二度見される噂の兄妹。


「むほぉ。宣伝効果は抜群だ!」

「効果あり過ぎです! GM、これでは行く先々でもみくちゃにされてしまうのでは?」

「大丈夫だ。策は練ってある。おっと、ココだ。皆の者、ご苦労!」


「「「お疲れ様です! GM!!」」」


 桃魔のブースに辿り着くと、部員たちが一斉に挨拶した。

 長机4本を並べ、頒布品が見栄えよく陳列されている。


「ふむ。流石『五十嵐出版』ですね。常にシャッター前を確保している」


 特に人気のある個人サークルは、ホールの壁側を占拠する傾向があり、さらに出入口の前は、購入者の列をホールの外に作る事が出来る為、大手のサークルが利用する。


「そう言えば右京氏は、常連様でしたね?」

「ええ。陳列方法も洗練されていて、非の打ち所がありませんよ」


 右京の評価に満足した睦美が付け加えた。


「今年の五十嵐出版は、ひと味違いますのでお楽しみに」ニタァ

「くわぁぁ……仕事を忘れて凸してしまいそうです、ムフゥ」

「右京氏には特別に、『お取り置き』がありますから、ご安心を」

「ぐふぅ、かたじけない」


 そんなやり取りをしていると、奥からコツコツとヒールを鳴らしながら、スーツ姿の女性がこちらに向かって来た。


「お疲れ様です。皆様」チャ

「鳴海さん! お疲れ様です!」

「鳴海マネ、乙です!」


 その女性は、シズムたちのマネージャー、鳴海ショウコであった。

 鳴海はユズルに、今朝の騒動を詫びた。


「ユズル様、今朝は失礼致しました」

「いえいえ、こうして時間通りに来られたんですから、結果オーライですよ」


 鳴海は今朝四時ごろ、何を勘違いしたのか、鬼気迫る勢いでロディに連絡を入れた。

 その結果、静流が二度寝して目が覚めた時間が丁度良かったのだ。


「でも、あれって作戦だったんですよね?」

「いえ……単純に寝ぼけていました」ポォ


 鳴海は、自分の失敗に頬を赤くした。


「え? そうだったんだ……」

「なるちゃん、ドンマイ♪」

「コホン。よろしいですか? お二人共」チャ


 鳴海は気を取り直してメガネの位置を直した。


「今回のお二人の仕事は、この会場をランダムに周り、お楽しみの所を小松様に映像に残して頂きます」チャ

「そんなのでイイんですか? 仕事ですよね?」

「イイのです。この祭典は今や、世界中の人が注目しているのです!」チャ


 そこまで言い切った鳴海に、右京が付け加えた。 


「編集後は同時翻訳で『ニャンニャン動画』に公式で配信するんですよぉ~!」

「え? これって海外でも注目されてるの?」

「勿論だとも。 全世界が注目しているよ」


 驚いているユズルに、睦美は大きく頷いた。

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