エピソード49-9

ミフネ・エンタープライゼス本社 重役室――


 代表である三船シレーヌの所に来ているユズルたち。

 シレーヌから『浮気防止ネックレス』なるものを渡され、ユズルの発する【魅了】に似た特性のオーラを、ある程度中和出来る事がテストでわかった。

 首に掛けたネックレスをいじりながら、ユズルがシレーヌに聞いた。


「シレーヌさん、何でこんなものを作ったんです?」

「決まってるじゃない。アノ人、尋常じゃなくモテるからよ!」


 ユズルの問いに、右手で握りこぶしを作って真っ直ぐにユズルを見た。


「アノ人に、悪い虫が付かない様にって作ったんだけど、『そんなの必要無い』って。少しむくれてたわね……」

「そりゃあ朔也さん、怒りますよ。パートナーに信頼されてないみたいですもんね……」

「だから封印して、机の奥に入れといたの。ソレが今頃役に立つとはね……」


 そう言ったシレーヌは、手をポンと叩き、ユズルに聞いた。


「それはそうと、今日来たのは、アノ人の情報があるのね?」

「ええ。あります」


 ユズルは最近たまに夢枕に朔也が立つ事、母親のミミもユズルの夢の中で、朔也に会った事を説明した。


「……そんな事があったの?」

「ええ。どうも、どこかの場所で監禁されているようです。眠らされてるのかもしれませんね」

「……生きてる事がわかっただけでも大収穫よ!」


 シレーヌは、静流の説明を聞き、安堵の溜息を漏らした。


「それで、先日撮影所で下屋敷Pに頂いた物があるんです」

「うん? 下ちゃんから? 何かしら?」

「これなんですけど……」ゴソ


 ユズルはメッセンジャーバッグをまさぐり、一本のDVDケースを出した。


「朔也さんが主演した『幻』の特撮ヒーローものです」

「ん? こ、これって……そんな、バカな……」


 そのDVDのタイトルは、『翠玉すいぎょくの戦士 エメラルド・アイ』であった。


 シレーヌはDVDケースを手に取り、眉をひそめた。

 それは七本木ジンこと荻原朔也が数話分主演した、幻の特撮ヒーロー物であった。


「おかしいわね? この作品は確か三話分しかオンエアしてないハズ……」

「ええ。何でも下屋敷Pが、マスターからコピーしたもので、ワンオフらしいです」

「ふぅん。なるほどね……」


 そこで右京が口を挟んで来た。


「はいはい! あの後、ネットで調べたんですけど、一部のマニアには覚えている人もいるみたいで、駄作か名作か物議をかもし出してるとか」

「駄作よ! 決まってるじゃない、あんなの!」


 シレーヌは、この作品にあまり良い印象が無いようだ。


「実は今日、こちらで観ようと思って、まだ観てないんですよね……」

「観ましょう! 私だって、気なってしょうがなかったんですから!」 


 懇願する右京の熱量に、シレーヌは折れた。


「イイけど、あまり期待しない方がイイわよ? 鳴海、再生して」

「はい。只今」


 鳴海がDVDをセットしている間、ユズルはシレーヌに聞いた。


「時代的には、ライダーで言う『X』と『アマゾン』の間、ですかね?」

「もうちょっと前かもね。下ちゃんが助監って事は」

「代表、打ち切りの理由って、スポンサーとのトラブルだって本当ですか?」

「確かにそれもあるけど……」


 そう言っている間に、スタンバイが完了した様だ。

 モニターにはチャプターが表示され、第一話から五話までが収録されていた。


「どうします? 第一話から観ますか?」

「第三話。打ち切りの理由は、そこにあるわ」


 シレーヌは顎に手をやり、モニターを見つめている。


「では、第三話を再生します」

「ワクワクしますね? ユズル様」

「はい」

「ツッコミは、最後まで見てからにしてね?」


 再生が始まり、オープニングのあと、アバンタイトルが流れた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――  



翠玉すいぎょくの戦士 エメラルド・アイ』



麻薬捜査官 柳丈一 は、ある事件の捜査中、仕組まれた爆発事故に巻き込まれ、瀕死の所を古代エジプトのファラオに助けられた。

その際にファラオから授かった指輪『エメラルド・リング』により、『エメラルド・アイ』に変身するのだ!


戦え! エメラルド・アイ! 世界征服を目論む『秘密結社G』と戦うのだ!




       提供 銀座 じゅわいよ・くちゅーる マギ




          ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 街中を一台の小型自動車が疾走している。メッサーシュミットである。

 大戦後に、ドイツの戦闘機メーカーが製造した三輪の小型自動車で、排気量は200CCだった。

 運転しているのは、紫色のスーツを着た、眉目秀麗な黒髪の青年だった。


 ブォォォォ……ン


 ある一角に差しかかかった時、何かの異変に気付いた青年。

 若い女性が倒れている。

 あわてて車を停め、青年は女性の方に駆けよった。


「どうしたんだ君! しっかりするんだ!」


 青年が女性を揺り起こすと、女性はゆっくりと目を開いた。

 女性は、青年の顔を見るなり抱き付いた。


「あ……あぁん、五郎さぁん……素敵♡」ガバッ

「離してくれ! 俺は五郎じゃない!」

「五郎さぁん、私を忘れたのぉ? 夕べ、あんなに愛し合ったのにぃ……」

「何を言っている! 人違いだ!」 


 青年は女性の頬を二、三回平手ではたいた。


「君ぃ! 頼むから正気に戻ってくれ!」バシッ

「ああっ! もっと、もっと叩いて!」

「仕方ない、御免」トスッ

「はぅ!……ん」ガク


 青年は、言う事を聞かない女性の首筋に手刀を入れ、気絶させた。




          ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




喫茶店 ガブラッチョ 事務所――


 喫茶店の奥にある事務所のソファーに、先ほどの女性が寝かされている。


「マスター、その人の容体は?」  

「丈一か。大丈夫だ。今は薬で眠っている」


 喫茶店のマスターは、青年の協力者の様だ。


「どう思います? マスター」

「う~ん、どうも『媚薬』の様なものを嗅がされたようだな……」

「薬物、ですか?」

「テレビ、見て見ろ」

「えっ? はい」


 丈一はテレビをつけた。

 画面の中では、男性レポーターが生中継をしていた。


『大変です! デパートの下着売り場にいた女性客や店員たちが、一斉に男性客に襲い掛かっています!』


 画面では、あられもない姿の女性客が男性客に飛びつき、身ぐるみを剥がしている場面が映し出された。

 カメラの視点がレポーターに変わると、丁度レポーターに半裸の女性客が近付いて来た所であった。


『御覧の通り、周囲は阿鼻叫喚に……な、何だキミは!?』

『ねぇ? アタシとイイ事しない?』

『違うでしょ? わたしよ、わ・た・し♡』

『え? う、うわぁぁぁ』ザー


 レポーターが数人の女性客に襲われ、『しばらくお待ちください』という画面に変わった。

 テレビを消した丈一は、顎に手をやり、眉をひそめた。


「マスター、『奴ら』の仕業で間違いないですね?」

「ああ。その様だ」


 その時、事務所のドアが開き、一人の女性が入って来た。


「じょういち……さん」ガク

「サチ子! しっかりしろ!」


 サチ子と呼ばれた女性は、倒れ込むところを丈一に抱き留められた。


「何があった! サッちゃん!?」

「マスター、デパートの化粧品売り場で、試供品の香水を……」ガク


 サチ子は途中で気を失ってしまった。

 丈一がサチ子の所持品の中から、不審なものを発見した。


「マスター、これを見て下さい!」

「ん? 例の香水か?」


 丈一が見つけたのは、試供品の香水の小瓶だった。


「フフッ、丈一、ご丁寧に製造元の住所が載ってるぜ?」 

「マスター、俺、行きます。 サチ子をお願いします」

「任せろ!」


 事務所を出た丈一は、メッサーシュミットに飛び乗り、スロットルを全開にした。



 ブロロロォ……ン



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――  


 Aパートが終わり、アイキャッチが表示された。

 

「鳴海、一旦止めて」

「はい」ピッ


 シレーヌの指示で、鳴海がリモコンの一時停止ボタンを押した。


「どう?今までの所で、何かおかしい点は無かった?」


 シレーヌは、みんなの意見を求めた。


「いえ、特には。エメラルドだけに、スポンサーは宝石を扱っている所だったんですね? 納得です」

「黒髪のジン様も素敵です……はっ、すみません、代表」

「まぁ、ちょっと露出が多くて、お子様には刺激が強め、かも知れませんね ヌフ」


 それぞれの意見を聞き、シレーヌは頷いた。


「確かにここまでは問題無さそうね。じゃあBパート、お願い」

「はい」ピッ


 鳴海は、リモコンの一時停止ボタンを解除した。

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