エピソード49-6
Bスタジオ 『メス豚。をプロデュース』 教室のセット――
ユズルたちはその後、数カット分のリハーサルを終え、いよいよ本番となった。
本番は、カメリハでやったシーンの少し前からのスタートだった。
緊張で静まったセットに、監督の合図が響き渡った。
「はい本番、よーい、スタート!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕日が差し込む教室に、二人の生徒がいた。
一人は、背は180cmを優に超え、毛束感のある赤い髪に、薄緑色の瞳をした、茶色のブレザーを着ている、一見強面の男子生徒。
もう一人は、背は160cmあるかないか、茶色のブレザーに髪は薄い藍色を三つ編みお下げにしている、メガネをかけた女子生徒だった。
〔矢吹先輩、お話って何でしょうか?〕
〔朝倉ヒナ子クン、俺と、てっぺん目指さないか?〕
そう言いながら、矢吹はヒナ子をじりじりと教室の隅っこに追い詰めていく。
〔何の話ですか? 私には矢吹先輩の言っている事が、さっぱりわかりません〕
〔キミも聞いた事があるだろう?『プロジェクト・ミネルバ』って言う、我が校の最大のイベント〕
『プロジェクト・ミネルバ』とは、三年生の『特待クラス』の男子生徒30人が、一年生の女子生徒をそれぞれ無作為に選び、勉強は勿論、武術や礼儀作法等の『調教』を施したのち、その成長を競う、と言う企画である。
〔その企画と、私がどう結びつくんですか?〕
〔キミは運がイイ。厳選な抽選の末、キミに白羽の矢が立ったのさ♪〕
〔抽選?〕
〔方法は言えないケド、一応真面目にやったつもりだから〕
いつの間にか、背中に壁を感じ、逃げ場を失っている事に気付くヒナ子。
そして逃げ場を失ったシズムの顔の横に手を突ついた。 ドンッ
〔いや……止めて、下さい〕
〔ちょっと失礼?〕チャ
〔ひゃん!〕
矢吹は息がかかるくらいまでヒナ子に接近し、メガネをひょいと取り上げた。
〔ふぅん……メガネ取ったら、けっこう可愛いじゃん?〕
〔はわわわ、か、返して下さい、矢吹先輩〕
〔よっしゃぁ大当たり! イイねぇ、実にイイ。俺にうってつけの、超ウブな子じゃん♪〕
顔を真っ赤にしてうつむいたヒナ子の反応に、矢吹は思わず右手を強く握り、某助っ人外人がホームランを打った時のポーズを取った。
〔私が……カワイイ? そんな事、誰にも言われた事、無かった。 身内以外で〕
〔みんなは気付いてないケド、俺は上位ランク狙えると思うよ?〕
〔でも、そう言うの、興味無いです……〕
ヒナ子はうつむいたまま、そう矢吹に呟いた。
それを聞いた矢吹は、優しく微笑んでヒナ子に言った。
〔上位ランカーの特典、何だか知ってる?〕
〔いえ……見当もつきません〕
〔まず、卒業まで授業料免除に……〕
〔えっ?〕
〔学食はタダで……〕
〔ええっ?〕
〔送り迎えはリムジンで……〕
〔ええっ!?〕
矢吹は指を折りながら、上位ランカーに入った時の特典を思い出していた。
〔極めつけは、一位になれば『庭付き一戸建ての家』がもらえちゃう♪〕
〔え? えええーっ!?〕
ヒナ子は、矢吹の言う事にいちいちオーバーに驚いていた。
それを見た矢吹は、もう一押しと見たか、ヒナ子に右手を差し出した。
〔だから……俺に、プロデュースされてみない?〕
矢吹が挙げた特典は、どれもヒナ子の叶いそうに無かった『夢』であった。
〔私が……もし、万が一、あわよくば、そういったランクになれたとしたら……家計が安定して、お母さんも、お兄ちゃんも楽になる。さらに『戸建て』……〕ブツブツブツ…
矢吹に聞き取れない位の小さい声で、念仏の様にブツブツと呟いているヒナ子に、矢吹が声をかけた。
〔どうしたの? ヒナ子クン? 大丈夫?〕
矢吹がヒナ子を覗き込むと、ヒナ子はゆっくりと口を開いた。
〔……ります〕
〔え? 何だって?〕
〔やります! 矢吹先輩……私を、プロデュースして下さい!〕
覚悟を決めたヒナ子は、矢吹に堂々と言い放った。
〔そう来なくちゃ。よし! じゃあ契約成立って事で♪〕
矢吹は右手を出し、ヒナ子に握手を求めた。
〔あの……いい加減メガネ、返してくれませんか? よく前が見えないんです〕
〔あ、ゴメンゴメン、忘れてた。 はい〕
矢吹は胸ポケットに差していたメガネを、ヒナ子に渡した。
返って来たメガネを掛けると、矢吹が右手を出していた。
〔では改めて、契約成立だ〕
ヒナ子は手を出し、矢吹の手を握ると、矢吹はその手を自分の顔に寄せ、ヒナ子の手の甲にキスをした。
むちゅ〔ひゃん!〕
不意打ち気味に手にキスをされたヒナ子は、気が動転して状況がつかめなかった。
〔イイね、そのリアクション。でも、公の場ではもっと堂々としないとね♪〕
〔はわ、はわわわ〕
〔さてヒナ子クン、これからの話だけど……〕
矢吹は腕を組み、天井の方を見ながら、思いついた事をヒナ子に告げた。
〔う~ん、そうだなぁ……先ずメガネは止めて、コンタクトにしようね。 あと三つ編みもダサいから無しって事で〕
〔ええっ? コンタクトにするお金、ありません。それに、この長さだと、三つ編みにしないと校則違反だし……〕
ヒナ子は下を向き、弱々しく矢吹に言った。
〔お金の事は気にしないで。資金は運営から出させる。 うん、 イイ髪質だね。 髪の長さはそうだな……校則ギリの所でカットしよう♪〕サワサワ
矢吹はヒナ子の髪を優しく触り、もてあそんだ。
〔きゃ! や、止めて下さい、先輩〕
〔もうちょっとこのままで。 今、イメージを固めてる所だから……〕
矢吹がヒナ子の髪に、顔をうずめようとしたその時、教室の扉が勢いよく開いた。
ガラガラッ!
〔ん? 何?〕
扉の音に反応した矢吹が見た者は、身長は矢吹と同じ位の、薄藍色の緩いウェーブが掛かった、ざぁますメガネを掛けた男子生徒だった。
ただし、制服は紺色のボタン無し詰襟の学ランで、通称『海軍服』と呼ばれる制服であった。
〔何を、やっているんだ!?〕
〔何だあんた? ん? その制服、まさか『快晴』か?」
ヒナ子から距離を取った矢吹は、他校の制服を見て驚きの表情を浮かべた。
〔お兄、ちゃん?〕
〔ヒナ子、無事か?〕
ヒナ子が兄と呼んだ男子生徒は、瞬歩を使ってヒナ子の前に立った。
〔嫌な予感がして、もしやと思いヒナ子の教室に来てみれば……〕
〔お兄ちゃん、違うの! これにはワケがあるの!〕
〔お兄さんか……しかし、他校の生徒には関係ないね!〕
〔無関係なワケがあるか! 俺はコイツの兄だ!〕
矢吹は、『プロジェクト・ミネルバ』についての概略を兄に説明した。
〔……と言うワケだ朝倉兄。参加の意思は、ヒナ子クンから直に聞いている〕
〔そうなのか? ヒナ子?〕
〔うん。私が決めた!〕
兄は眉間にしわを寄せ、ヒナ子に聞いたが、ヒナ子の意思は固かった。
〔ついさっき決まったんでね。父兄には追って説明があると思うから〕
前振りのあと、矢吹はポーズ付きで朝倉兄に言い放った。
〔賽は投げられた! 俺は、ヒナ子クンをプロデュースする!〕ビシィ
少し間があり、朝倉兄はゆっくりと口を開いた。
〔他校の方針に口出しするつもりは無い。ましてやヒナ子の意思によるものであれば、俺が反対する理由は無い……〕
〔物分かりのイイお兄さんで、助かったよ〕
〔イイの? お兄ちゃん?〕
朝倉兄の言葉に、矢吹はホッとした。朝倉兄が続ける。
〔面白い。やれるものならやって見ろ。その結果、万が一妹が傷付く様な事があったら……〕
【お前を、全力で叩き潰す!!】ズビシィ
今度は朝倉兄が、ポーズ付きで矢吹に言い放った。
「あ、ああ。期待してくれ、朝倉兄。 絶対に失望はさせない!」
「その言葉、覚えておく……帰るぞ、ヒナ子」
「あ、待って、お兄ちゃん」
朝倉兄は、そう吐き捨てる様に言い、教室を出て行った。
ヒナ子は矢吹に一礼し、パタパタと足を鳴らして兄を追った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はい! カーット!」
監督の合図で、今までの緊迫した空気が和らいだ。
「よし! 今撮ったシーン、直ぐにチェックするぞ!」
「「「はい!」」」
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