エピソード49-7

Bスタジオ 『メス豚。をプロデュース』 教室のセット――


 本番を取り終わった直後であり、撮った映像をチェックすべく、スタッフたちがバタバタと動き回っている。

 緊張から解放された演者の三人は、安堵の溜息をついた。


「ふぅ、終わったぁ……」

「お疲れユズル。ほとんどぶっつけだったけど、かなりイイの、撮れてると思うよ?」

「そうですか? 無我夢中だったんで、自分じゃあイイ出来かどうかはちょっと……」

「スゴいなぁ、完璧だったよアニキ♪」


 監督がモニターの前にユズルたちを呼び、今撮ったシーンをプレビューする。

 野次馬の女優たちが、モニターを覗き込み、感想を述べた。


「安定のトシちゃんは当然だけど、ユズル君、抜群の存在感ね。素敵♡」

「新人らしからぬ堂々とした演技、たまんないわぁ♡」

「さっきの決めゼリフ、シビレたわぁ♡」


 一通りシーンを見た監督が、うんうんと頷き、ユズルに聞いた。


「どうだユズル、これを見た感想は?」

「いやぁ、照れますね、自分の演技を見るのって」


「お疲れさん。 一発OKだ!」


「ありがとうございます!」パァァ



「「「きゃっふぅぅん♡」」」



 監督からOKをもらい、満面の笑顔でお礼を言うユズル。

 女優たちはユズルのニパを食らい、両手を頬にあて、『乙女ポーズ』を取った。


「アノ監督の一発OKをもらうとは、大したもんだぜユズル」

「あまり持ち上げないで下さいよ。調子に乗っちゃいますよ?」


 歳三に褒められ、後頭部を搔くユズル。

 先程のシーンを見た女優たちが、監督に聞いた。


「ねぇ監督ぅ、ヒナ子のお兄さんキャラ、今後の展開はどう考えてるんですぅ? 原作には無いキャラですよね?」

「まだ白紙だ。オンエア後の視聴者の反応を見て見ないとな」

「ええ~? それじゃあ遅くないですか? このドラマ、来年の四月からオンエアですよね?」ざわざわ…


 監督の反応に、不満たらたらの女優陣。


「問題無い。年明けに予告PVを公開する時に、『ちょっとした仕掛け』をやる予定だ」


 監督の含みのある言い方に、右京が反応した。  


「なぁるほど。予告PVに、謎のキャラとして、ユズル様を『チラ見せ』するのですね? ムフゥ」

「おいコラ、はっきり口に出す奴がいるか! サプライズにもならんだろうが!」

「てへ。すいません」


 監督は、ユズルの今後の出演を、その時の反応を見てから決めたいようだ。


「時期が来たら種は捲く。どんな芽が出るかは、その時のお楽しみだ。 フフフ」


 そう言った監督の顔は、悪戯を思いついた少年の様だった。

 その後も、女優たちは食い下がった。


「ちょっと鈴木P! アタシの出番、遅らせて! ユズル君とマッチングお願ぁい!」

「私にも、チャンスが巡って来たわ! バーターでユズ様ゲットよ!」

「こう言う時は外堀からよね? ミフネにコネ、無かったかしら?」


 女優たちがやいのやいのやっているのを見て、監督は鼻で笑った。


「ふん、現金なヤツらめ。ユズルを青田買いするつもりか?」

「賢明な判断だと思いますよ? なんたってユズル様は、『有望株』ですから」


 そんな監督に、右京はドヤ顔でそう言った。


「ま、ユズル様のお眼鏡にかなう女性など、いるわけ無いと思いますがね」




              ◆ ◆ ◆ ◆




 シズムにはまだ残りの撮影があり、ユズルはそれを、右京たちと見学していた。


「学園ラブコメですか。それはそれでエモエモですわぁ」 

「やるなぁシズム。本当の女優さんみたいだ」

「でしょでしょ? スタッフからはシズムンを『ミス・ノーミス』とか『パーフェクト・アクトレス』などと呼ぶ位ですから」

「何かそれ、褒められてるのかな……」


 ユズルが難しい顔をしたのを、シズムは見逃さなかった。


〔千葉県の県庁しょじゃいちは……〕

「カーット! どうしたシズム、お前が噛むなんて、珍しいな?」


「てへ、失敗しちゃった。 しょざいちだったね♪」パァァ


「「「おっふぅ」」」


 NGを出し、照れながら弁解するシズムを見て、男性スタッフたちが硬直した。


「アニキに見られてると、どうも調子狂っちゃうなぁ……」


 シズムは奥の方で見学しているユズルの方をチラ見して、頬を搔く仕草をした。


「ポカやって照れてるシズムン、超カワイイ。 お兄さん、グッジョブ!」

「シズムンがトチるなんて、滅多にない事だぞ? NG集には必ず入れろ!」


 スタッフたちがワイワイやっているのを見て、ユズルは安堵した。


「楽しそうにやってるじゃないですか。 職場環境は申し分ないです!」

「ええ。 ネガティブの方に考えすぎだったみたい。 良かったぁ」 


 そんなこんなで、シズムの撮影は無事に終わった。


「お疲れ様でした!」


 予定していたシズムの全シーンを撮り終え、Bスタジオを出たシズムたち。

 鳴海は、帰宅用の車を端末で呼んでいる。


「あ、そうだ! 帰る時にCスタに顔出す様に言われてたんだった!」

「そう言えば。下屋敷Pがそんな事言ってましたね……」


 ユズルは鳴海に声をかけた。


「鳴海さんすいません、ちょっとCスタに顔出す様に言われてまして」

「わかりました。こちらでお持ちしています」


 ユズルと右京は、早足でCスタジオに向かった。




              ◆ ◆ ◆ ◆



Cスタジオ 事務所――


 Cスタジオに戻って来たユズルたちは、事務所の下屋敷Pの元へ向かった。


「お! 来たな?」

「すいません、別件が立て込んでまして……」

「丁度良かった。待たせる事になったら悪いと思ってた所だ」


 下屋敷Pは机の上にあった紙袋を、ユズルに渡した。


「ほらよ。持ってけ」

「何だろう? 中身、見ても?」

「イイぞ。探すのにちぃとばかし手こずったがね」


 ユズルが紙袋の中を出すと、それはDVDだった。


「『翠玉すいぎょくの戦士 エメラルド・アイ』ってまさか!」

「マスターからコピーしといた。超レアモノだぞ?」


 それは七本木ジンが数話分主演した、幻の特撮ヒーロー物であった。


「若いのに頼んだら、ご丁寧にジャケットまで作りやがって。 悪乗りが過ぎるぞ? オイ」

 

 そう言って下屋敷Pが見た先にいたスタッフが、ユズルに親指を立てた。


「今日の報酬とは別に、俺からのちょっとしたお土産だ」

「こんな貴重なもの、イイんですか?」

「それをみりゃあ、決して駄作では無い事がわかるさ」

「ありがとうございます! 下屋敷P」

「この世で一枚のDVDだ。 基本的に門外不出だからな? 内緒だぞ?」


 そう言って下屋敷Pは、ユズルに下手なウィンクをやった。


「はい! 厳重に扱います!」




              ◆ ◆ ◆ ◆




 Cスタジオを出て、駐車場の方に向かう二人。


「よかったですね? ユズル様」

「ええ。右京さん、一緒に見ますか?」

「ふぇ? イイんですか?」

「イイも何も。右京さんも気になるでしょう? 中身」

「た、確かに気になりますが。フー、フー」


 右京は、正直DVD鑑賞など、どうでも良かった。

 静流に誘われた事が、何よりも嬉しかったのだ。 


「レア物ですし、僕だけで満喫するのは、如何なものかと」

「そ、それでしたら是非是非、おっほぉ~」


 右京は興奮し、もみ手をしながらうんうんと頷いた。


「ミフネの事務所で観ましょう。代表にも見せたいし……」

「はひぃ? ユズル様のお部屋で二人っきり、1対1、ワンオンワン、サシではないのですか?」

「ジンさんがらみですからね。代表にお見せするのが先だと思うんです」

「……デスヨネー」


 最高潮だった右京のテンションが、一気に下がった。

 駐車場に着くと、送迎用のワゴンが待っていた。

 車にはシズムと鳴海が乗り込んでいた。


「アニキ、早く帰ろー♪」

「お疲れ様でした、ユズル様」


 ユズルは右京に言った。


「じゃあ、日取りが決まったらメールしますね?」

「はい! お待ちしてます、 ずぅーっと。 ぬふぅ」


 ユズルが車に乗り込むと、ドアを閉め、車が動き出した。

 窓を開け、右京に手を振る。


「右京さん! お疲れ様でした!」

「ユズル様ぁー! お休みなさぁい!」


 車が見えなくなるまで、右京は暫く手を振っていた。


「よーし! 久々にネットにダイブするかぁ!」


 右京にとっては、静流に会う口実が出来ただけでも十分幸せだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る