エピソード47-54

五十嵐宅――


 ラプロスに乗り、遊覧飛行から帰って来た静流。

 窪西公園でココナと別れた静流は、徒歩で五十嵐宅に着いた。

 ドアを開け、玄関に入る。ガチャ


「ただいまぁ!」


 少しの沈黙があり、ドドドドと廊下を駆ける音がする。

 十中八九、美千留であろう。


「しーずー兄ィー!!」フーフー


 美千留は何やら怒っている様だ。


「み、美千留、ただいま。ロディも」

「お帰りなさいませ、静流様」


 美千留に続いて、デフォルトの豹の姿で静流を迎えたロディ。


「オークションの件、ロディと真琴ちゃんに聞いた」

「ああ、詳しくは母さんと一緒に後で説明する。ちょっと横にならせてくれ」


 静流は美千留の横を通り過ぎ、居間に行く。


「母さん、ただいま……ふぅ」


 そう言って静流は、ソファーに倒れ込み、ごろんと仰向けになった。

 それを見た母親のミミは、スタスタと静流に寄って来た。


「お帰りぃ。静流ちゅわん♡」

「なぁに? 気持ち悪い」


 ミミはもみ手をしながら、ニコニコと微笑んだ。


「聞いたわよぉ。臨時収入の事♡」

「あ、そ。僕、疲れてるの。少し横にならせて」

「マッサージ、しよっか?」

「イイから、ほっといて」


 静流は右手でシッシと母親を追い払い、目を閉じた。


「はぁ、怒涛の三日間だったな……」スゥ…


 やがて、静流は眠りに落ちた。




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 静流は夢を見ているようだ。


「……づる……静流」


 誰かに揺り起こされ、静流は目を覚ました。


「う、うぅん。 ん? あ、アナタは、朔也さん?」

「やぁ静流。また会えたね」


 光に目が慣れて来ると、すぐ目の前に男性の顔があった。

 髪は桃色であり、顔付も静流や薫に似て、美形である。

 ただ、瞳が紫色だった事を除いて。


 荻原朔也は、静流の母親であるミミとは従兄にあたる。

 『七本木ジン』という芸名の有名な俳優であったが、ある時、忽然と姿を消した。

 静流の父親であるしずかや、薫の父親のいおりがそうであった様に。


「それで、宇宙でも稼働出来るMTが手に入ったんですよ? スゴいでしょ?」


 静流はここ最近の事を簡潔に朔也に説明した。

 朔也は顔をほころばせ、時には関心していた。


「へぇ……それはスゴいな。いずれ僕たちを迎えに来てくれるとありがたいな……」

「そんなSFヒーローものみたいに、上手く行くかなぁ……?」


 静流が目を輝かせ、想像を膨らませているのを見て、朔也が言った。


「僕も昔、特撮ヒーローものに出た事あるんだよ?」

「え? 本当!? ちなみに何てやつ?」

「確か『エメラルド・アイ』って言うのだったね。知らないのも無理は無いよ。フフ。大コケしたからなぁ」

「右京さんなら知ってるかも。今度聞いてみよっと」

「フフフ。僕の黒歴史なんだから、あまり掘り返さないでくれよ」


 朔也ははっと思い出したように話題を変えた。


「そう言えば静流、『痴女』の撃退法、試してみたかい?」


 朔也が言っているのは、以前静流に相談された、相手を無力化する方法であり、相手のオデコに手をあて、魔力を流し、『気持ちよくなーれ』と念じると、相手は確実に昇天してしまうというものであった。


「一度試してみたんですけど、ガチでイッてました。あれじゃあえげつなくて、使うのに躊躇しちゃいますね」

「……そうか。じゃあもっと簡単で軽いのを教えよう」

「そんなのがあるんですか? 是非教えて下さい!」


 静流は目を輝かせ、朔也に聞いた。


「言葉に魔力を注ぐんだ」

「僕の知り合いに、歌う事で回復魔法を発動させる人がいますね」

「似たようなものだけど、ソッチの方が高等技術がいるね。レアなスキルだよ。 まぁキミなら簡単に使えるんじゃないかな?」

「ダメですよ。僕、音痴だし……」

「まぁ、ソッチはおいおいやるとして、先ずは言葉に魔力を乗せる事だね」

「具体的には、どうやるんです?」

「簡単だよ。先ず頭の中にワードを思い浮かべ、念じた後、言葉を発するだけ」

「それだけでイイんですか?」

「うん、それだけ。話す内容は相手に効きそうなワードならさらに効果アップ。ヒットすると相手にダメージが入る」

「ダメージ? 精神操作系の魔法ですか?」

「ジャンルはそうだけど、もっとカジュアルなものだよ。 気軽に使ってイイ」


 朔也はウィンクをして、小悪魔的な笑みを浮かべた。

 その時、不意に割り込む者が現れた。


「静流ちゅわん、お休みの所申し訳ないんだけど、そろそろ大事なお話、聞きたいなぁ♡」


 夢に割り込んで来たのは、母親のミミだった。


「ん?近くにミミちゃんがいるのかい?」

「母さん? いますよ。 母さぁん、コッチ来て」  


 声だけだったミミが、静流の夢に入り込むと、目の前の朔也に絶句した。


「ん? まぁ! 朔也兄様!?」

「やぁミミちゃん、久しぶり」


 ミミは両手を口に当て、目を見開いている。


「やはり、どこかに幽閉されてるのね? もしかして、アノ人もそちらに?」

「静クンと庵クンは、僕とは別の空間にいる、と思う」

「そう……ですか……」

「気を落とさないで、こうしてまた会えたんだから……クッ、ノイズが……」


 突然【夢通信】が途絶えそうになり、朔也の姿が消えかかっている。


「朔也さん、僕がきっと助け出します。父さんたちも探し出しますから、待っていて下さい」

「ありがとう静流、待ってるよ……」

「朔也兄様!」


 画面がホワイトアウトした。




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




「……静流、起きなさい!」 

 

 ミミに揺さぶられ、静流は覚醒した。

 目を開けると、ミミの横には美千留とロディが、心配そうな顔をしていた。


「しず兄、大丈夫?」

「う、うん。大丈夫。 それより母さん!」

「私も見た。確かに、朔也兄様だった……」


 静流は少し前にも朔也と夢で交信した事をミミに説明した。


「……っていう事があったんだ」

「そうなのね。でも、生きてるって事がわかっただけでも、収穫よね」

「父さんたちとも、ダメ元だけど交信を続けてるって言ってたよ?」

「わかった。 真実にまた一歩、近づいたわね……」 


 そんな事を話していると、居間に真琴が突撃して来た。

 ソファーに横になっている静流を見て、真琴は気遣わしげな表情で言った。


「静流! 大丈夫なの?」

「真琴? 何だよ騒がしい 僕は大丈夫だ」

「心配しちゃ悪いの? もう」


 よっこらせ、と起き上がった静流の言い草に、真琴は口をとんがらせた。


「静流ちゅわん、いい加減、絵の話が聞きたいなぁ?」


 ミミはもみ手で、静流に迫った。


「わかったから、その気持ち悪いの、止めてよ」


 静流は、『国尼祭』の件を簡単にミミに説明した。

 テーブルには静流、ミミ、美千留、真琴が座り、豹モードのロディは床で寝そべっている。


「何ですって!? 静流の絵が文科省に?」

「『国宝審査会』とかっていうのにかけるって」

「それで認められれば、『国宝』になるの?」

「そうみたい」

「そうみたいって、アンタねぇ……」


 淡々と話す静流を見て、ミミは呆れていた。


「静流の絵の客入り、凄かったですよ。 整理券まで配るはめになって」

「他校同士でトラブル起こしたって聞いた」


 真琴と美千留が、その時の様子をミミに伝えた。


「そうなの? 静流に絵の才能があったなんて、知らなかったわ……」

「静流が言うには、筆のせいだって。ね? そうなんでしょ?」


 真琴は静流に真相を確かめた。


「うん。美千留に借りた『あの筆』を使ったせいで、絵に魔力が付与されたみたい」

「まさか、美千留にあげた『霊毛筆』で絵を描いたの?」

「え? マズかった? 絵の道具、学校に忘れて来たから、美千留に借りたんだ」


 ミミと美千留が首を左右に振り、「無いわー」と言うと、静流は焦った。


「しず兄、あれはお化粧に使うの。バカ」

「そうなの? 道理でぼやけた様なタッチになるなぁ、って思ってたんだ」

「ぷっ、化粧筆で絵を描いたの? 本当にバカね」

「そうバカバカ言うなよ。イイじゃないか、結果的に評価されたんだから」


 次に、オークションの件を話し始めた。


「先ずはシズムが描いた絵が、85万円で売れた」

「まぁ! 素晴らしい! イイ子イイ子しちゃう♡」


 それを聞いたミミは、横にいたロディの頭を撫でまわした。 


「あと、僕のダミーで用意してもらった絵も売れたんだよ」

「ふぅん。ちなみに、おいくら?」


 ロディを撫でながら、軽い口調で静流に聞いたミミ。


「一千万円」


「そう。一千万……円!? うげぇぇぇ!?」


 ミミは首を180度近く回し、静流をガン見した。


「参ったよ。こんなに高額になっちゃうなんて……」

「で、そのお金は、静流の懐に入るの?」

「そこなんだよ。実際に描いたサラにお金の事聞いたら、お金はイイって」

「んまぁ!? 何てイイ子なんでしょう? 今度ウチに連れて来なさい! うっはぁ、アレももう古いし、そうだ、ついでにアレも新調しちゃおうかしらん?」


 ミミは勝手に盛り上がり、天井の方を見ながら左右に揺れている。


「ほらな。こうなるから、母さんには話したくなかったんだ……」

「でも、実際にどうするのよ? そんな大金」

「とりあえず『モデル料』として受け取っとけ、って睦美先輩に言われたよ」

「しず兄、期待してる」

「何だよ唐突に?」

「クリストマスのプレゼント」

「しまった、そんなイベントが控えてたんだった……」

「当然私にもくれるんだよね? プレゼント♪」

「は、はは。はははは……」

「「くれるもんね?」」


 二人に言い寄られ、苦笑いしている静流。


「ちゃんと企画書出して、プレゼンやってくれよ? プレゼンだけに」

「何? それ?」

「笑えない事、言わないでよ」


 静流は、母親に対してはその方式を採用しようと心に誓った。

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